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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第四章:悪化(三月一三日)
19/84

019: おにぎりパーティー


いつの間にか外は、すっかり暗くなってしまった。

母親達によると、今夜は隣の鯨岡くじらおか家と合同での「おにぎりパーティ-」なのだそうだ。

と言っても、両家共に父親はいない。二人とも日曜なのに出勤で、まだ帰って来てないからだ。

ちなみに菜摘なつみ愛奈あいなの父親の鯨岡栄太くじらおかえいたさんは、地元の信用金庫の本店に努めていて、管理職なのだそうだ。その信用金庫では、建物の被害こそ少なかったものの、オフィース内に書類が散乱してしまい、今日は、その片付けに駆り出されているのだという。


「さあ、準備ができたわよ。梅ぼし、おかか、ゆかりごはん、それに、ごま塩もあるから、好きなのを選んで頂戴!」


母さんが、何故か得意げに言った。


「あ、海苔があるー。すっごーい! うちのおにぎりなんて、最初から海苔無しだよ」


歓声を挙げたのは、菜摘なつみだった。


「そうなの?」

「実は、ちょうど買わなきゃって思った所だったのよね」

「それは、運が悪かったわね。良かったら朱美あけみさん、ちょっと持ってく?」

「えっ、良いの、あおいさん?」

「大丈夫。うちは、まだ買い溜めしたのがあるから」

「そうなの? どうもありがとう」

「うわあ、葵さん、ありがとう!」


菜摘は海苔が好物なので、素直に喜んでいる。隣で愛奈が、「豪華おにぎりだあ!」とはしゃぎながら、大きな口を開けてそれを頬張る。


「美味しいね、お姉ちゃん」


満面の笑みを浮かべて愛奈に言われてしまうと、ひねくれ者の菜摘ですら、「うん」と頷くしかない。やっぱり、大勢で食べるからだろうか、同じおにぎりが妙に美味しく感じられる。今日なんか三食おにぎりだったというのに、実に不思議だ。

いや、それ以上に不思議な事がある。こんな普通のおにぎりなんかを御馳走だと感じてしまう僕らって、何者なんだろう? ここは、いったい何処どこなんだ? 本当にニホンなんだろうか? 知らない間に、僕らは別の世界に迷い込んでしまったんじゃないんだろうか?


突然、僕の脳裏に、昨夜の公園で見た緑川瑞希みどりかわみずきの顔が浮かんだ。


「私達、昨日とは違う世界に来ちゃったのかもしんない」


昨夜の瑞希は、そう言ったのだ。


僕はやっと気が付いた。あの時、あの瞬間だ。あの大きな地震が来た瞬間から、僕らがいるこの世界が、別のものにすり変わってしまったんだ!

それとも、僕らの方が別の世界に迷い込んでしまったのかもしれない。


この世界は、地震が起きてしまった方の世界だ。

僕らは、もう前の世界には戻れないんだろうか? ず-っと、この世界で生きて行くしかないんだろうか?


僕は、無償に瑞希に会いたくなった。

そう言えば、昨夜、瑞希と約束してたんだよな。瑞希は、ずっと僕を待っているに違いない。

僕は、この時間まで瑞希に会いに行かなかった事を、急に後悔し始めた。さっきまでは退屈してたくらいなんだから、もっと早く会いに行くべきだったんだ。


「母さん、ちょっと出掛けてくる」


僕は、そっと母さんだけに声を掛け、菜摘達に見付からないようにして家を出た。そして、すぐに後悔する事になった。

ううっ、寒い! 慌てて出たから、ダウンコートを持って来なかった。いや、それどころか、昨夜のパーカーすら羽織っておらず、コーデュロイのシャツの上にトレーナーを着ただけの状態だ。

だけど、戻る訳にはいかない。走って行こう。


二分で公園に着くと、僕はその一角にある電話ボックスに飛び込んで、そこから瑞希の家に電話した。ワンコールで瑞希が出た。


いつきくん、ずっと待ってたよ』

「ごめん。今、公園にいるんだけど、出て来れる?」

『長くは無理。お父さんが帰って来てるから。でも、少しだけなら良いかも。ちょっと、待ってて』


結局、僕は十分じゅっぷんくらい待たされた。その間、ずっと電話ボックスの中にいた。風が凌げて外よりはましだからだ。

瑞希は、部屋着のジャージ姿だった。きっと、急いで来てくれたんだろう。だけど、僕と同じくらいに寒そうだ。

僕は、彼女を電話ボックスの中に連れ込んだ。二人だと狭いけど、瑞希とだったら逆にご褒美だ。


「ごめん。お父さんがずっと私のこと見てて、今まで出て来れなかったの」


瑞希はそう言って、僕の手を取った。


「冷たい手……」


瑞希の手は暖かかった。でも、この寒さだ。すぐに冷たくなってしまうだろう。


そうだ。時間が無いんだった。

僕は、何を話そうかと必死に考えてみる。なのに、何も浮かんでこない。頭の中が空っぽだ。たぶん、脳味噌を家に置いて来てしまったんじゃないか……。


僕がそんな風に焦っていると、いきなり瑞希が僕に抱き着いてきた。彼女の細い腕で、必死に僕の胴体にしがみ付いている。そして顔を僕の肩に押し当てて、じっとしているようだった。

僕は、『女の子の身体からだって、何でこんなに柔らかいのだろう?』と思った。


そういや、こうやって瑞希と抱き合うのは、もう何度目だろうか? 

地震の時は、彼女の身体の感触を味わっている余裕なんて無かったし、昨夜は瑞希がダッフルコートを着てたから、抱き合ってても彼女の身体の感触までは伝わってこなかった。ただ愛おしい生き物が、僕の腕の中に飛び込んで来たって事だけで満足していたんだ。だけど、それだって瑞希の匂いとかで、僕はいっぱいいっぱいだったんだけど……。


それらと比べると、今夜は特別だ。今の瑞希はジャージ姿で僕も上着を着ていないから、彼女の身体との密着度が高い。それに、電話ボックスの中という閉鎖空間のせいで、彼女の存在が更に生々しく感じられる気がする。

僕は、さっきまでの寒さが一気に吹っ飛んで、身体が熱くなるのを感じた。心臓が普通の倍のスピードで、身体中に激しく血液を送り出しているせいだ。


「樹くんっ!」


瑞希が、小さく僕の名前を呼んだ。僕は、そっと「どうしたの?」と囁く。だけど、瑞希は何も答えない。

静かに、時間ときが流れて行く。


僕は、瑞希から少しだけ身体を外した。瑞希が、「何故」と問いたげな表情で僕を見た。

目が合った。瑞希が、真摯な目で僕を見詰めてくる。何の穢れも無いその純真な瞳に、つい僕は圧倒されてしまいそうになる。耐えきれず僅かに視線を逸らすと、そこに瑞希のふっくらとした唇が目に飛び込んで来た。

その瞬間、僕の頭の中で何かが弾け飛んだ。気が付くと、僕は瑞希の唇に自分の唇を重ねていた。


柔らかだった。そして幸せな味がした。


その後、僕らは、目を合わせられなかった。


「もう行かなくちゃ。お父さん、うるさいから」


そう言うと瑞希は電話ボックスのドアを押して外に出ると、クルっと身体の向きを変えて、そのまま走り出そうとする。

僕は、慌てて外に出て彼女の名前を呼んだ。


「瑞希!」


僕の声で、彼女の足が止まった。


「明日また会える?」

「うん」


瑞希は、振り返らずにそう答えた。


「電話して」


それだけの短い言葉を残して、今度こそ瑞希は、勢い良く走り去ってしまった。



★★★



瑞希が去った後、僕は急に寒さを覚えて身を震わせた。

それでも、十秒以上の間、僕は彼女の去った方を見て立ち続けていた。そうして、ついに寒さに耐えられなくなった僕は、身体を反転させて走り出した。


ところが、公園から出て十メートルも行かない内に、何故か後ろ髪を引かれる思いがして立ち止まった。


後ろを振り返ると、公園の中に明るく光る電話ボックスがあった。そして、急に気付いてしまったんだ。

さっきの僕らって、外から丸見えだったじゃないか!


恥ずかしくなって走り出そうとした時、ふと気になって空を見上げてみた。だけど、夜空は分厚い雲に覆われていて、昨夜見た月は何処どこにも無い。


僕は、今度こそ家のある方に全速力で駆けて行った。




END019


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「食料問題」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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