019: おにぎりパーティー
いつの間にか外は、すっかり暗くなってしまった。
母親達によると、今夜は隣の鯨岡家と合同での「おにぎりパーティ-」なのだそうだ。
と言っても、両家共に父親はいない。二人とも日曜なのに出勤で、まだ帰って来てないからだ。
ちなみに菜摘や愛奈の父親の鯨岡栄太さんは、地元の信用金庫の本店に努めていて、管理職なのだそうだ。その信用金庫では、建物の被害こそ少なかったものの、オフィース内に書類が散乱してしまい、今日は、その片付けに駆り出されているのだという。
「さあ、準備ができたわよ。梅ぼし、おかか、ゆかりごはん、それに、ごま塩もあるから、好きなのを選んで頂戴!」
母さんが、何故か得意げに言った。
「あ、海苔があるー。すっごーい! うちのおにぎりなんて、最初から海苔無しだよ」
歓声を挙げたのは、菜摘だった。
「そうなの?」
「実は、ちょうど買わなきゃって思った所だったのよね」
「それは、運が悪かったわね。良かったら朱美さん、ちょっと持ってく?」
「えっ、良いの、葵さん?」
「大丈夫。うちは、まだ買い溜めしたのがあるから」
「そうなの? どうもありがとう」
「うわあ、葵さん、ありがとう!」
菜摘は海苔が好物なので、素直に喜んでいる。隣で愛奈が、「豪華おにぎりだあ!」とはしゃぎながら、大きな口を開けてそれを頬張る。
「美味しいね、お姉ちゃん」
満面の笑みを浮かべて愛奈に言われてしまうと、ひねくれ者の菜摘ですら、「うん」と頷くしかない。やっぱり、大勢で食べるからだろうか、同じおにぎりが妙に美味しく感じられる。今日なんか三食おにぎりだったというのに、実に不思議だ。
いや、それ以上に不思議な事がある。こんな普通のおにぎりなんかを御馳走だと感じてしまう僕らって、何者なんだろう? ここは、いったい何処なんだ? 本当にニホンなんだろうか? 知らない間に、僕らは別の世界に迷い込んでしまったんじゃないんだろうか?
突然、僕の脳裏に、昨夜の公園で見た緑川瑞希の顔が浮かんだ。
「私達、昨日とは違う世界に来ちゃったのかもしんない」
昨夜の瑞希は、そう言ったのだ。
僕はやっと気が付いた。あの時、あの瞬間だ。あの大きな地震が来た瞬間から、僕らがいるこの世界が、別のものにすり変わってしまったんだ!
それとも、僕らの方が別の世界に迷い込んでしまったのかもしれない。
この世界は、地震が起きてしまった方の世界だ。
僕らは、もう前の世界には戻れないんだろうか? ず-っと、この世界で生きて行くしかないんだろうか?
僕は、無償に瑞希に会いたくなった。
そう言えば、昨夜、瑞希と約束してたんだよな。瑞希は、ずっと僕を待っているに違いない。
僕は、この時間まで瑞希に会いに行かなかった事を、急に後悔し始めた。さっきまでは退屈してたくらいなんだから、もっと早く会いに行くべきだったんだ。
「母さん、ちょっと出掛けてくる」
僕は、そっと母さんだけに声を掛け、菜摘達に見付からないようにして家を出た。そして、すぐに後悔する事になった。
ううっ、寒い! 慌てて出たから、ダウンコートを持って来なかった。いや、それどころか、昨夜のパーカーすら羽織っておらず、コーデュロイのシャツの上にトレーナーを着ただけの状態だ。
だけど、戻る訳にはいかない。走って行こう。
二分で公園に着くと、僕はその一角にある電話ボックスに飛び込んで、そこから瑞希の家に電話した。ワンコールで瑞希が出た。
『樹くん、ずっと待ってたよ』
「ごめん。今、公園にいるんだけど、出て来れる?」
『長くは無理。お父さんが帰って来てるから。でも、少しだけなら良いかも。ちょっと、待ってて』
結局、僕は十分くらい待たされた。その間、ずっと電話ボックスの中にいた。風が凌げて外よりはましだからだ。
瑞希は、部屋着のジャージ姿だった。きっと、急いで来てくれたんだろう。だけど、僕と同じくらいに寒そうだ。
僕は、彼女を電話ボックスの中に連れ込んだ。二人だと狭いけど、瑞希とだったら逆にご褒美だ。
「ごめん。お父さんがずっと私のこと見てて、今まで出て来れなかったの」
瑞希はそう言って、僕の手を取った。
「冷たい手……」
瑞希の手は暖かかった。でも、この寒さだ。すぐに冷たくなってしまうだろう。
そうだ。時間が無いんだった。
僕は、何を話そうかと必死に考えてみる。なのに、何も浮かんでこない。頭の中が空っぽだ。たぶん、脳味噌を家に置いて来てしまったんじゃないか……。
僕がそんな風に焦っていると、いきなり瑞希が僕に抱き着いてきた。彼女の細い腕で、必死に僕の胴体にしがみ付いている。そして顔を僕の肩に押し当てて、じっとしているようだった。
僕は、『女の子の身体って、何でこんなに柔らかいのだろう?』と思った。
そういや、こうやって瑞希と抱き合うのは、もう何度目だろうか?
地震の時は、彼女の身体の感触を味わっている余裕なんて無かったし、昨夜は瑞希がダッフルコートを着てたから、抱き合ってても彼女の身体の感触までは伝わってこなかった。ただ愛おしい生き物が、僕の腕の中に飛び込んで来たって事だけで満足していたんだ。だけど、それだって瑞希の匂いとかで、僕はいっぱいいっぱいだったんだけど……。
それらと比べると、今夜は特別だ。今の瑞希はジャージ姿で僕も上着を着ていないから、彼女の身体との密着度が高い。それに、電話ボックスの中という閉鎖空間のせいで、彼女の存在が更に生々しく感じられる気がする。
僕は、さっきまでの寒さが一気に吹っ飛んで、身体が熱くなるのを感じた。心臓が普通の倍のスピードで、身体中に激しく血液を送り出しているせいだ。
「樹くんっ!」
瑞希が、小さく僕の名前を呼んだ。僕は、そっと「どうしたの?」と囁く。だけど、瑞希は何も答えない。
静かに、時間が流れて行く。
僕は、瑞希から少しだけ身体を外した。瑞希が、「何故」と問いたげな表情で僕を見た。
目が合った。瑞希が、真摯な目で僕を見詰めてくる。何の穢れも無いその純真な瞳に、つい僕は圧倒されてしまいそうになる。耐えきれず僅かに視線を逸らすと、そこに瑞希のふっくらとした唇が目に飛び込んで来た。
その瞬間、僕の頭の中で何かが弾け飛んだ。気が付くと、僕は瑞希の唇に自分の唇を重ねていた。
柔らかだった。そして幸せな味がした。
その後、僕らは、目を合わせられなかった。
「もう行かなくちゃ。お父さん、うるさいから」
そう言うと瑞希は電話ボックスのドアを押して外に出ると、クルっと身体の向きを変えて、そのまま走り出そうとする。
僕は、慌てて外に出て彼女の名前を呼んだ。
「瑞希!」
僕の声で、彼女の足が止まった。
「明日また会える?」
「うん」
瑞希は、振り返らずにそう答えた。
「電話して」
それだけの短い言葉を残して、今度こそ瑞希は、勢い良く走り去ってしまった。
★★★
瑞希が去った後、僕は急に寒さを覚えて身を震わせた。
それでも、十秒以上の間、僕は彼女の去った方を見て立ち続けていた。そうして、ついに寒さに耐えられなくなった僕は、身体を反転させて走り出した。
ところが、公園から出て十メートルも行かない内に、何故か後ろ髪を引かれる思いがして立ち止まった。
後ろを振り返ると、公園の中に明るく光る電話ボックスがあった。そして、急に気付いてしまったんだ。
さっきの僕らって、外から丸見えだったじゃないか!
恥ずかしくなって走り出そうとした時、ふと気になって空を見上げてみた。だけど、夜空は分厚い雲に覆われていて、昨夜見た月は何処にも無い。
僕は、今度こそ家のある方に全速力で駆けて行った。
END019
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「食料問題」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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