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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第四章:悪化(三月一三日)
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016:震災三日目の朝


目が覚めて時計を見ると、まだ朝の七時前だった。いつも日曜の朝は遅くまで寝てる僕だけど、今朝は珍しく普通の時間に目が覚めた。昨日のように変な夢を見る事もなく、すっきりと目覚めも良い。

窓を開けると、明るい陽の光が差し込んできた。今日も天気は晴れみたいだ。

僕は、元気良くパジャマを脱ぐと、とりあえず下着だけ替えて、昨日と同じ服、つまりコーデュロイのシャツの上にトレーナー、ボトムはジーンズといった出で立ちで一階に降りて行った。断水で洗濯ができないから、できるだけ同じ物を着るようにしないといけない。


下の階に降りてみると、食卓テーブルのいつもの席に母さんがいて、今朝もノートパソコンに向かっていた。テーブルの中央には、やっぱり、おにぎりが並べて置いてある。


「ちぇっ、またおにぎりかよ」


僕が思わず不満を漏らすと、母さんはパソコンの画面から目を動かさずに言った。


「嫌だったら、食べるの止めなさい。でも、他に食べる物なんて無いわよ」


実際、そのとおりなのだから仕方ない。僕は、胸の中で悪態を吐きながら、おにぎりを持ってリビングに向かう。


「父さんは?」


僕は、ソファーに腰掛けてから、なげやりに聞いた。


「会社に行ったわ。日曜日でも出勤しなきゃいけないらしいの」

「ふーん、そうなんだ。大変だね、大人は」


そうやって気の無い返事をしながらテレビのスイッチを入れると、いきなり枝松官房長官の顔がアップで現れて驚いた。こんな朝っぱらから記者会見が行われているのだ。

一号機の圧力容器内には水を入れて冷やし始める事ができたものの、今度は三号機の方が危険な状態にあるらしい。


「母さん、一号機の次は三号機だってさ。知ってた?」


母さんがノートパソコンを閉じてリビングの方にやってきたので、すかさず聞いてみた。


「もちろん知ってるわ」


母さんは、あっさりと答えて、そのまま僕の隣に座る。


「新型発電所に関する情報のチェックは、ずっと続けてるわよ。それに今朝からは、インフラ復旧の情報も集め始めた所。水道の復旧は、まだ当分、先のことになりそうね。地震で主要な水道管が、ズタズタになってしまったらしいの」


母さんは、そう言って深い溜め息を吐いた。


「あーあ、洗濯とかどうしようかしら? それにお風呂だって、そう何日も入らない訳にはいかないわよね。飲料水だって心配だし……。昨日の午後、公民館に給水車が来たみたいなんだけど、二時間待ちでペットボトル二本分しか貰えなかったんだって。本当に、これからどうしよっか?」


テレビ画面は、新型発電所の事故から、今度はコンビナート火災の報道へと変わっていた。赤々と燃え盛る火災映像が延々と続く。


「そう言えば、昨日、お父さんが二時間並んだって言ってた車のガソリンだけどね、もう、この辺じゃ何処どこのスタンドに行ったって買えないそうよ。コンビナート火災とかで止まっちゃってる製油所がある上に、北の方の被災地からタンクローリーが戻って来ないんだって。被災地だけじゃなくて、首都圏でも足りなくなってるみたいなの。お父さんが並んだ二時間どころじゃなくて、今朝なんか徹夜組が出たらしいわ。何でも、車の中に毛布を持ち込んで寝ながら待ってたんだとか……」


とにかく、大変な事が色々とあるらしい。でも、いちいち悩んでいたってしょうがない気もする。


「さっき、友達の松野さんと携帯で話したんだけどね。彼女、朝早く家族でヒカリ市を出て、今は車の中だって言うのよ。取り敢えずは南のトキオに向かったそうなんだけど、本当の目的地はトキオを通り抜けたもっと西の方。余震で、いつまた津波が来るか分からないから、海沿いを行くのは不安でしょう? それで、内陸の道を選んではみたんだけど、土砂崩れとかであちこち通行止めになってたりで、そっちはそっちで大変なんだそうよ」


僕は、母さんが言いたい事が良く分からなかった。ていうか、本当は分かりたくなかっただけかもしれないけど……。


「ごめん、母さん、話が見えないよ。その人、何で、そんなに無理してまで西の方に行こうとしてるの?」


僕の質問に母さんは一瞬だけ怪訝な表情を見せたけど、ちゃんと答えてくれた。


「松野さんのこと、樹、知らないかな。ほら、ご主人が国際大学の講師やってる人……」


国際大学というのはヒカリ国際大学のことで、僕の家と同じセンターヒルズニュータウン内にある。ここから自転車で十分じゅっぷんくらいの距離だ。


「そのご主人がね、新型発電所の冷却機能が止まったというニュースを見た途端、『逃げるぞ!』って言ったんだって。冷却ができないと、何時間か後には『メルトダウン』というのが起こるらしいの。松野さんも半信半疑みたいなんだけど、ご主人の剣幕に押されて今朝、家族で出発したそうよ」


やっぱり、ヒカリ市から避難したという事だ。

母さんによると、「メルトダウン」というのは、新型発電の炉心が異常な高温となって融けてしまう事で、最悪は格納容器が壊れて大量のイルージョンが外に漏れ出してしまうそうだ。そうなると、場合によってはトキオですら高濃度のイルージョンに覆われてしまい、人が住めない土地になっちゃう可能性だってあるみたい。


僕が母さんに、「何で、そんな大事な事をテレビでは言わないの?」と聞くと、「そんな事を知られちゃったら、たいていの人は怖くてパニックになっちゃうじゃない」と言う。それで、政府が報道の自粛をマスコミに要請しているんじゃないかと、母さんは言うのだ。


「大勢の人がパニックになると、トキオのような都会は大混乱になって、暴動だって起こるかもしれない。もしそうなったら、大量の死者が出てしまうでしょう?」


更に、母さんがネットで得た情報によれば、トキオにある主要国の大使館が、西のオサカ市へ移転することを既に決めているらしい。もちろん大使館だけでなく、外資系企業のほとんどが同様の動きを始めているそうなのだ。


「ニホンでは二十キロ圏内の住民に避難指示が出てる程度だけどね、在日のアメリカ人には五十マイル、つまり八十キロ圏内からの退避命令が出ているんだそうよ」


母さんの話を聞いていると、何だか背筋がぞくぞくとしてきた。


「さっきの友達のご主人によるとね、この辺りでもイルージョンの濃度が徐々に上がってるらしいの。ほら、昨日ベントって言って、格納容器内の水蒸気を外に逃がす操作をしたでしょう。今日も、そのベントって奴を何度かやってるみたいなのよね。それで、うちもエアコンのスイッチを消すことにしたわ。エアコン付けてると、外からどんどんとイルージョンが家の中に入って来ちゃうでしょう?」


僕は、『どうりで、今日は部屋の中が寒い筈だ』と思った。


「寒かったら、もう一枚、着なさい。どうしても寒いんだったら、石油ストーブ点けるわ。それに電気ストーブも、押入れの中にまだあったと思うけど……」


そう言って母さんは、二階の押入れの中を探しに行ってしまった。

僕は、自分の部屋のクローゼットからダウンジャケットを取ってきて羽織った。


午前十一時になると、再び枝松官房長官がテレビ画面に現れて会見が行われた。

新型発電所三号機に関しては、『注水機能停止の結果、圧力容器内の水位が低下し、燃料棒上部が水面上に露出してしまった』らしい。『その為、水位を上げたくても内部の圧力が高くて水が入れられない状態だったので、ベントを行って水蒸気を外に逃がしてから真水を注入した」と言う。

ベントを行った際、またも微量のイルージョンが外部に出たが、人体への影響は無いとのことだった。その「人体への影響は無い」という部分を、枝松官房長官は何度も繰り返して言った。そして、『昨日の一号機のように、三号機も爆発することは無いのか?』という質問には、『ベントさえ適切に行えば、水素爆発は無い』と明確に断言した。


母さんのコメントは、「相変わらず、胡散臭いわね」というものだった。


「ていうか、ちょっと考えれば、おかしいって分かるでしょうに。ベントをやれば、微量であっても、イルージョンが外に漏れる訳でしょう? それが、どのくらいの量なのかを一切、口にしようとしない時点で、変なのよ。そんなんで、どうして『人体への影響は無い』って断言できちゃうわけ?」


僕が思った以上に、今朝の母さんは荒れていた。


「それにね、『ベントさえ適切に行えば』って何なの? この後、三号機が爆発しちゃったら、どうせ『ベントが適切に行えていなかった』とでも言うつもりかしら……」


その後も母さんは散々に愚痴ってから、急にトーンを落として、「でも、この人も大変なのよね」と呟いた。


「なんか、やけっぱちって感じがしない? あれも言っちゃ駄目、これも言っちゃ駄目って事で、『もう、どうでも良いから、嘘だろうと何だろうと言ってやれ!』って感じ。きっと、本にも嘘を言ってるって自覚はあるのよ。じゃないと今の段階で、『人体への影響は無い』なんて断言する筈がないもの……」


僕は、もう母さんの話を聞いていられなくて、無言のまま席を立つと、二階への階段を勢い良く上って行った。




END016


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「中学校での水汲み」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


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