015:別世界への分岐点
「樹っ、何処に行ってたのっ?」
僕が家に戻ると、すぐに母さんの叱責の声が飛んできた。
「何処って、翔太達を見送りに行ってたんだけど」
「見送りだけだったら、こんなに時間が掛かんないでしょうがっ。まさか、翔太くんの家にまで行ってたんじゃないでしょうね?」
仕方がないので僕は、近くの公園で少し話し込んでいた事を打ち明けてしまった。
「もう、しょうがないわね。どうせ一号機の爆発の事でも話してたんでしょうけど、外にはイルージョンの粒子が飛散してるかもしんないのよ。もっと危機感を持って頂戴!」
どうやら、母さんは相当に機嫌が悪そうだ。僕は、これ以上は母さんを刺激しないようにして、素直に「ごめんなさい」と謝っておく。
時計を見ると、午後六時四十分。僕は、「父さん、まだ帰って来てないの?」と訊いてみた。
「まだよ。ほんと、あの人も何を考えてんだか……」
「地震の後片付けが大変なんじゃないの?」
「そんでも、今日は土曜日なのよ……あ、帰って来たみたい」
母さんが言うとおり、玄関の鍵がカチッと鳴って、僕らがいるダイニングに父さんが入って来た。
「ガソリン入れといた。二十リットルだ。満タンは無理だとさ。それでも、二時間も並んだからな」
どうやら父さんがガソリンを入れたというのは、母さんのミニバンの事らしい。今朝は会社に行く前にガソリンスタンドに並んで、その後、そのままミニバンで勤務先の工場へ行ったようだ。
「いやあ、朝早く並んで良かったよ。開店時間の三十分前に給油が始まったんだが、それから五分もしない内に、売り切れの看板を持った店員が道路に立ってたから、普通の時間に行ってたら、入れられんかっただろうな」
「ふーん。ラッキーだったんだね」
「そうだな。そこも補充の目途が立ってないってんで、明日からは休業だってさ。二十リッターじゃ半分くらいだが、無いよりずっと良いぞ。ガソリンが無きゃ何処にも行けんからな」
今日も父さんは、誇らしげだった。
僕が父さんと話してる間、母さんはスパゲッティを茹でてくれていて、すぐに夕食になった。
食事の間も父さんは、工場の回復目途が立たない事に始まって、部品の供給目途だとか物流の話だとか従業員の家族の安否の話だとか、とにかく、ずっと喋り続けていた。
その間、母さんはと言うと、曖昧に相槌を打つだけで、心ここにあらずって感じ。そして、自分の分を食べ終えると、サッサと席を立ってしまった。
ちなみに、断水が続いている為、バーベキュー用に買った紙皿の上にスパゲッティを載せており、フォークも大量にあるプラスチックの奴を使っている。どっちも使った後は捨てれば良いんだから、楽なのだ。
★★★
夕食後は特にやることが無くて、結局、父さんと一緒にリビングでテレビを見る事にした。と言っても、どのチャンネルも震災関係の報道ばかり。更に、その大半は新型発電所一号機の「爆発的事象」に関するもので、そこで繰り返されるのは、「今の所、すぐにどうこうなる状況ではないと思われる」ので、発電所に近い地域にお住いの方は、変な噂や憶測などに惑わされず、「落ち着いて行動して欲しい」といった趣旨のもの。
いい加減うんざりした僕が席を立ち掛けた時だった。
画面に菅野総理が現れて、新型発電所の事故による避難区域を半径十キロから二十キロに広げると発表した。
ちらっと時計に目をやると、午後八時半を回った所。僕は少し考えて、自分の部屋からハッピーアイランドの地図を持って来ると、新型発電所と自分の家との距離を測ってみた。父さんも僕が何をしているか気付いたようで、じっと僕の手元を見ている。
「父さん、四十キロだよ」
「まあ、そんなところだろうな」
総理の会見の後、またもや、あの枝松官房長官が檀上に現れた。長官は、まず一号機の建屋上部が爆発で破損されたことに触れ、原因は格納容器と建屋との間に水蒸気が漏れ出て、水蒸気から水素が発生し、それが酸素と合わさって爆発したと説明した。
水素が爆発するには酸素が必要で、酸素は格納容器内には無いので、爆発は格納容器の外で起きたという事だ。つまり、「格納容器は無事であり、高濃度のイルージョンが外部に大量に放出されるような事態にはなっていない」と言いたいらしい。
「ねえ、本当に私達って逃げなくても良いのかしら?」
いつの間にか母さんが僕らのすぐ隣に来ていて、不安げな表情で訊いてきた。
「ああいう風に安全性を力説されればされる程、心配になるのよね」
「それは、お前がひねくれてるからじゃないのか?」
「まあ酷い。あなたは、そう思わないの? 何かおかしいわよ、この人達」
「この人達って、政府の事か?」
「そうよ。それに、政府だけじゃなくて、マスコミも一緒。何か隠してるんじゃない?」
「確かに、パニックになるのを恐れているようには見えるな。でも、事実そのものを隠蔽してるとは思えんのだが……」
「甘いわよ。もうとっくにネットには、いろんな情報が載ってるもの」
「あはは。お前、そんなネットの書き込みとかを、真面目に信じてるのか?」
「あなたこそ、何を言ってんの! そうやって、何でも十把一絡げにする人に、碌なのはいないと思うんだけど……。それ、『これだから女は……』とか言って、職場の女性全員を敵に回してたっていう、あなたの昔の上司と同じなんじゃない?」
どうやら父さんは、母さんの虎の尾を踏んでしまったようだ。
「あのね、ネットにだって、こんかいの新型発電所の事故に関しては、有名な大学教授とか大企業の元エンジニアとか、社会的な肩書きのある人が実名でコメントを載せてたりするの。それ以外の有象無象の投稿だって、全部が間違いって事はない筈よ。だいたい、どうやって多くの情報を取捨選択するかってのは、それこそビジネスの基本なんじゃなくて? あなたって、政府の『大本営発表』みたいな情報だけを鵜呑みにして、部下の人達に指示を出してるんじゃないでしょうね?」
それだけ言うと母さんは、父さんにこれ以上話しても無駄だと言いたげに、さっさとリビングから出て行ってしまった。
母さんがいなくなった後の父さんは、しばらく黙り込んで、じっとテレビ画面を見ていた。でも、十分も経たないうちに、「もう寝る」と言って立ち上がった。
その父さんは去り際に、「樹も、こういう時は早く寝ろ。いつ避難とかで起きなきゃいけなくなるか分からんからな」と僕に言い残し、寝室へと向かって行った。
父さんが行ってしまうと、部屋の中が急に寒々しくなった。
さっきから、また風が強くなったみたいで、時折り唸りを上げて窓を揺らす。その度に家の何処かが軋む音がする。地震で僕の家も幾分ダメージを受けているのかもしれない。
相変わらずテレビ画面は、緊迫した災害の様子を伝えていた。大変なのは、新型発電所の事故の報道だけじゃない。海岸沿いの人達は、津波で甚大な被害を受けている。繰り返し流される画面の中には、建物が何も無くなった瓦礫だらけの広大な土地と、そこに茫然と立ち尽くす多くの人達の姿があった。
今の僕には、その人達の映像が自分には関係ないなんて思えなかった。今後のイルージョンの濃度次第では、「明日は我が身」って事だって、充分に有り得ると思うからだ。
そうだ。父さんだって、さっき、「いつ避難とかで起きなきゃいけなくなるか分からん」って言ってたじゃないか。
怖くなった僕は、リモコンでテレビをプチっと消すと、いそいそと自分の部屋がある二階への階段を上がって行った。
★★★
いつもより早めにベッドに入ったにも関わらず、すぐに僕は眠りに落ちた。
ところが、深夜になって、僕は激しい風の音で目が覚めてしまった。
そういや、今日は雨戸を閉めてなかったな。
その事が急に気になり出した僕は、立ち上がってカーテンを開けた。
目の前に、月があった。満月だった。
強風のせいか、その月までもが揺れている気がした。
でも、何か違う気がする。
僕には、その違和感が何なのか分からなかった。
ところが、その丸い月が揺れたかと思ったら、突然、二つに割れた。
僕には、一瞬、目の前で何が起こったのか分からなかった。だけど、今、僕の目の前にあるのは、半分に少し足らない月だ。
何故か急に気味が悪くなった僕は、雨戸を閉めるのを忘れてベッドに戻った。そして、目を閉じた途端に、再び眠りに落ちて行った。
END015
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「震災三日目の朝」です。次話から、第四章になります。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
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