012:自動販売機
「おはよう、樹くん。暇だから来ちゃった」
金森翔太の隣で、青木麻衣が悪戯っぽい顔で言う。
「それにさ、ちゃんと瑞希も連れて来てあげたよ……って、たまたま瑞希の家の前を通り掛かったら、お庭で暇そうにしてるのが目に入ったからなんだけど」
その麻衣は緑川瑞希の背中に手を当てて、彼女を僕の前に押し出す。瑞希は俯き加減に視線を落として、恥ずかしそうにしていた。
「ふふっ、樹くんったら、嬉しそうな顔しちゃってぇ。私に感謝しなさいね」
偉そうな麻衣には少しムッとしたけど、こうして瑞希に会えるのは、正直言って凄く嬉しい。顔に出たって、しょうがないじゃないか。
翔太と麻衣は、僕の母さんに簡単な挨拶を済ますと、さっさと家の中に入って来た。すぐに僕は瑞希の手を取って、二人の後を追って行く。さっきまで僕が座っていたリビングのソファーに、四人全員が座った。そしたら、台所に立って何やらごそごそしていた母さんが、「樹、ちょっと来て」と僕を呼んだ。
「やっぱり、コンビニが開いてないか見て来てくれない? 飲み物が何もなくて……」
「あ、葵さん、こんな時だし、お構いなく。さっき、うちの母がスーパーとかコンビニとかを回ったんですけど、どこも開いて無かったらしいですよ」
事情を察した麻衣が、僕らの会話に割って入った。
「えっ、そうなの?」
「はい。どこも入口に臨時休業の張り紙がしてあったそうです。それなのに、同じように買い物に来た人が次々と来ては、諦めて帰って行くんですって」
「そう言えば、俺ん家でも母さんと姉さんが話してたな。何でも、遠くのコンビニが一軒だけ開いていたって、姉さんの同様の人が教えてくれたそうだけど……」
「そこも、今から行ったんじゃ遅いと思う。買いたい水のペットボトルだとか、パンだとかは絶対に無くなってるんじゃない?」
その時、瑞希がボソッと言った。
「あ、自動販売機」
「それだっ!」
僕と翔太の声が見事にハモった。
「確かに、当たってみる価値はありそうね。自動販売機って割と意外な所にもあるから、あちこち回れば、かなり手に入りそう」
「だよな。母さん、やっぱり、ちょっと行ってくるからお金頂戴。できればコインが良いんだけど。それとスーパーのレジ袋」
その後で麻衣が丁寧に説明してくれた事で、母さんも納得したらしく、すぐにお金を出してくれた。
それから、一応、鯨岡菜摘も誘っておこうと隣に顔を出してみたけど、朱美さんが言うには、まだ寝ているとの事。何も用事がない土曜日は、相変わらず寝坊のようだ。
こうして僕らは、幼馴染の男女四人で、自販機を探すサイクリングの旅に出ることになったのだった。
★★★
僕らは、一度それぞれの家に戻り、今度は自転車に乗って瑞希ん家の前の公園に集合した。
いくら良く晴れていると言っても、まだ三月。頬で感じる風は、かなり冷たい。それでも走っているうちに次第に身体が温まってきて、そんな風すらも心地良く感じるようになってくる。
ハッピーアイランドは、基本的に田舎だ。この辺りはヒカリ市の真ん中とはいえ、都会と比べると自然が豊富にある。ヒカリ市は昭和の中頃まで炭鉱で栄えた所で、その頃、数多くの市町村が集まってひとつの市になった経緯がある。その為、面積だけはやたら広いけど、その大半は山ばかりだ。中心部にしたって平らな土地はあまり無くて、小高い丘が連なる丘陵地帯だったりする。
児童販売機の多くは、幹線道路沿いのゲームセンターやレンタルビデオ屋の駐車場の片隅なんかに置かれていた。お店の方はいずれも閉まっているので、どの駐車場にも車は無い。奥まった所に置かれた自販機の大半は動いていて、お金を入れると普通に買えた。たぶん、まだ自販機で飲み物が買える事に気付いた人が少ないせいだろう。
僕らは思い付く限りの自販機を自転車で回り、水を中心に、お茶やコーラ等、片っ端から飲み物を買い漁った。ちょっと浅ましいとは思ったけど、他の人の事も考えて一ヶ所で買い占めるんじゃなく、できるだけ多くの機械から少しずつ買うようにしたから許して欲しい。
重い荷物を自転車の籠に詰め込み、道路のあちこちにできた起伏やひび割れを慎重に避けながら帰り路を辿る。途中の田んぼや畑の脇などではアスファルトの路肩が崩れており、中には道路の中央付近までえぐり取られている所が幾つもあった。
建物の被害は思った程ではなかったものの、昔ながらの瓦屋根の家とかは瓦が崩れ落ちていたりする。農家の古い納屋なんかは、潰れてしまっていることもあった。
それよりも異様だと感じたのは、どこに行っても滅多に人と会わなかった事だ。道路を行き交う車も異常な程に少ない。どの店も閉まっているから、誰もが家に引き籠っているって事なんだろうか?
そんな事を考えながら長閑な田畑のあぜ道を走っていると、急にハンドルが取られて、自転車が大きくふらついた。
「樹くん、地震っ!」
すぐ後から、麻衣の鋭い声が飛ぶ。
僕は、慌てて自転車から降りた。その途端、激しい横揺れに全身が揺さぶられるのを感じた。目の前で同じように立ち止まった瑞希が、僕の方に不安げな視線を投げて来る。
まもなくして、揺れは収まった。
「あ、梅の花、咲いてる」
瑞希が指で示した方に目をやると、畑の隅に植えられた梅が無数に薄紅色の花を咲かせていた。
翔太が「満開だな」と言うと、麻衣も珍しく「綺麗」と言って見惚れている。
たぶん、こんな時だからこそ、余計に綺麗だって思えるんだろう。
しばらくの間、僕らは梅の木の前で立ち止まり、見事な花を見詰め続けていた。
★★★
センターヒルズニュータウンに戻ると、既に正午になり掛かっていたこともあり、いったん解散して各々の家に帰ることにした。三人とも暇なようなので、午後に気が向けば、また僕ん家に来るとの事だ。
僕が両手に重そうなレジ袋をぶら下げて帰宅すると、母さんは思った以上に喜んでくれた。ちょっと記憶に無いくらいに、大袈裟な喜び方だった。だから少しは豪華な昼食を期待したのに、お昼は朝のおにぎりの残りだと言う。
「こんな時は、食べられるだけ有り難いと思いなさい。夕食には、ちゃんとスパゲッティを作ってあげるから」
ふと台所の奥を見ると、昨日スパゲッティを茹でた時のお湯がそのまま残してある。やれやれと思った僕は、さっさと撤退する事にした。それで僕は、母さんが握ったおにぎり二個と自販機で買ったお茶のペットボトルを持って、いそいそと二階の自室に引き籠ったのだった。
END012
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「最初の爆発」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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