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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第三章:事故(三月十二日)
11/41

011: 震災二日目の朝


その日の朝、突然の激しい揺れが、僕を悪夢の中から引き戻してくれた。

それで嫌な夢を終わらせてくれたのは良かったんだけど、目覚めの余震は滅茶苦茶に怖い。ぼんやりした状態の僕は、『世界が本当に終わってしまうんじゃないか』と本気で考えたくらいだ。

その時に僕が見ていた夢は、離れ離れになってしまった瑞希みずきと、ようやく再会できたと思ったら、僕の目の前で消えてしまうというものだった。内容は支離滅裂だというのに、妙に生々しくて、恥ずかしいことに僕の枕元は湿っていた。

それだから、揺れが治まって母さんが部屋に入って来た時は、正直言って、かなり焦った。ひょっとして、僕の目が赤いのに気づかれたかもしれない。実際は、地震が怖くて泣いたんじゃないんだけど……。


いつき、いつまで寝てるの。そろそろ起きなさい。外は良い天気よ」


母さんの明るい声がして、部屋のカーテンがパッと開かれる。次の瞬間、外の強い陽射ひざしが僕の虚ろな瞳を襲った。

僕は目を眇めながら、ゆっくりとベッドから起き上がる。今度は激しい冷気で、思わず身体からだを震わせた。


「ううっ、寒い」

「まだ三月だもの、当たり前でしょう。さっさと降りてらっしゃい」


母さんは、いつもと同じような小言を僕に言い残して、ゆっくりと階段を下りて行ってしまう。

時計は、既に午前九時を大きく回っていた。

僕は、普段どおりに洗面所で顔を洗おうとして、蛇口から水が出ないのに気が付いた。


「母さん、水が出ないよ」

「何を言ってんの。断水してるの知ってるでしょうが!」


仕方がないので顔を洗うのを諦めた僕は、そのまま食卓に着いた。すると、ラップを敷いたお皿の上に、海苔を多めに巻いたおにぎりが二つ置かれている。


「幸いなことに、お米は袋に半分近くあるから、少しの間は大丈夫よ。それにスパゲッティだって、少しなら買い置きがあるわ。問題は、お水だけど、昨夜、鍋とか空のペットボトルとかに入れておいたから、たぶん、三日くらいなら大丈夫よ」


一晩寝て、母さんは随分と逞しくなったようだ。


「あれっ、父さんは?」

「朝から会社に行ったわ。お水と食料は持参なんだって。お父さんは、あれでも工場のお偉いさんだから、まあ、当然なんでしょうけど」

「ふーん。大変なんだね」


僕は他人事のように呟くと、おにぎりをひとつだけ手に取ってリビングへと入っていく。そして、ソファーにドカッと腰を下ろし、リモコンでテレビのスイッチを入れた。


『先程からお伝えしておりますとおり、新型発電所から半径十キロ圏内にお住まいの方に、避難勧告が出されています。現在、新型発電所周辺は、電力が無い状態が続いており、地震の後の津波の影響で冷却がうまく行われていないとのことです。教授、心配ですね……』


女子アナが、わざとらしい心配顔で、その教授へとバトンを渡す。恰幅の良い初老の教授は、重々しい面持ちでゆっくりと話し始めた。だけど、彼の話の内容は新型発電の安全性を強調するだけのもので、小学校で僕らが発電所を見学した際に聞かされた内容と同じだった。

発電の燃料となるイルジウムは、発電所の中で「五つの壁」によって守られている。

ひとつ目は、イルジウムがセラミック状に焼き固めてある事。二つ目は、焼き固めた燃料を燃料棒と呼ばれる合金の筒に収めてある事。三つ目は、その燃料棒を入れる鋼鉄製の圧力容器。四つ目は、圧力容器を更に覆う格納容器。最後の五つ目が、発電所の堅牢な建屋だ。


『……このように、「五つの壁」で守られている限り、新型発電所からイルージョンが漏れ出すようなことは、絶対に有り得ません!』


白い頭髪が僅かしか残っていない初老の教授は、きっぱりと断言した。「その安全性を疑う行為自体が愚かだ!」と言わんばかりのように、口元に薄っすらと笑みすら浮かべている。


『教授のお話では「絶対に安全」との事ですが、それなら、何も周辺の住民の方が避難する必要は無い訳ですよね? それに過去には、実際にロシアで起きた事故の例もございますし、絶対と断言はできないのではないかと……』


女子アナの言葉は、その教授によって遮られてしまった。


『ロシアの事故というのは、もう四半世紀も前のことでしょう? その間、我々研究者とて何もしなかった訳ではないんですよ……。大丈夫です。全く問題はございません!』


画面は、そこで切り替わった。


『番組の途中ですが、ここで枝松官房長官の記者会見が始まりましたので、そちらを中継でお伝えします……』


昨夜から何度もテレビに出ている枝松長官の顔が、画面にアップで映し出される。地震発生後、あまり寝ていないのか、かなり疲れている様子だ。

枝松長官は、「今朝、十キロ圏内の住民に対して、圏外への退避勧告を出した」事を説明し、その理由として、「一号機の冷却がうまく行かずに内部の温度が上昇し、格納容器内の圧力が高まっている。中の蒸気を外に出す必要があるが、そうすると微量のイルージョンが外に漏れる恐れがあるからだ」と述べた。

そして、『これはあくまで万全を期す為の措置なので、どうか皆さん、落ち着いて行動して下さい』と、会見の最後に付け加えた。


さっきの大学教授は、『「五つの壁」があるから、イルージョンは絶対に外部には漏れない」と言ったのに、そのすぐ直後に政府が「少しは外に漏れる恐れがある」と言う。僕の頭は混乱していた。直観的に、「何か変だぞ!」と思った。

僕は、その疑問を母さんにぶつけてみようと、後ろを振り向いた。

母さんは、食卓テーブルの上にノートパソコンを広げて、夢中でキーボードを叩いていた。


これじゃあ、話し掛けても無駄だな。

僕は溜め息を吐いて、もうひとつのおにぎりを頬張った。チャンネルを色々と変えてみたけど、相変わらず地震関連のニュースしかやっていなかった。


画面の片隅にニホン地図があって、津波の恐れのある海岸部分が点滅している。その点滅が画面全体に妙な緊迫感を醸し出していた。

ここヒカリ市の辺りには、一番危険な赤が表示されている。


「キャッ、まただわ」


母さんが小さく叫んだ。最初は小さかった揺れが、すぐに比較的大きな横揺れに変わる。しばらくして揺れが治まると、母さんがボゾッと言った。


「余震って、いつまで続くのかしら? 何だか、嵐の中を行くお船に乗ってるみたいだわ」

「半年くらいは続くってさ。今回の地震は特別に大きかったから、『半年たっても、まだ大きな余震に警戒が必要』だって、さっきテレビで言ってたよ」

「大きな余震って?」

「震度六とかだよ」

「うわっ、それじゃあ、本震と変わらないじゃない」


その後も母さんはパソコンに向かっての作業を続け、僕はテレビをぼんやり眺め続けた。その内、だんだんと退屈になってきた。


「ねえ、母さん。ちょっと散歩してきても良い?」

「こんな時くらい、家にいなさいよ。何が起こるか判らないでしょう?」

「だって、家にいてもつまんないじゃん」

「だったら、勉強でもしたら? 宿題は終わったの?」

「もう、期末試験が終わった後くらいは、のんびりさせてくれても良いじゃんか」


そう言って僕が口を尖らせた時、ちょうど都合良くインターホンが鳴った。


「あ、僕が出るから」


僕が急いで玄関のドアを開けようとすると、いきなり向こう側からドアが引っ張られて、金森翔太かなもりしょうたが顔を覗かせた。


「よお!」


翔太の後ろには青木麻衣と緑川瑞希も立っていて、ようやく僕は、今朝一番の笑顔になったのだった。




END011


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「自動販売機」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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