105:戻ってきた日常
あの巨大地震とそれに続いた新型発電所の事故で、僕の人生は一変した。結局、僕の元クラスメイト達の半数近くがイルージョン症候群の犠牲になった。彼らは銀色の粉になって、最後は跡形もなく消えてしまったのだ。残りのクラスメイト達も、全員が離れ離れになってしまった。
その後、ハッピーアイランド州は解体され、西部の山間部はノースイースト州へ編入。それ以外の地域は、政府の直轄地となった。と言っても、実際には誰も住んではいない。当然、一般人は立ち入り禁止。時々、首都電力の技術者が調査の為に、新型発電所跡地を訪れるだけだ。
つまり、ニホンの地図上で、僕らの故郷は、人の住まない空白地帯になってしまったという訳だ。
正式な発表はされてないけど、安斎代議士の試算だと、ハッピーアイランド州全体で五十万人以上の人達が消えて行った事になっている。そのうちの約半数がヒカリ市民だ。
ただし、ヒカリ市と他の地域の被害者には、大きな違いがある。ヒカリ市以外の地域の被害者は、避難を拒否した人達、つまり、危機意識の低い人達が大半だったのに対し、ヒカリ市の場合は、子育て世代の親子が多くを占めているからだ。
ヒカリ市で最初に消えてしまったのは幼い子供達で、次が小学生だった。とはいえ、就学前の子供達の大半は避難したままだった為に被害者は少ない。問題は小学生で、大半の児童が避難先から呼び戻された結果、真っ先に被害に遭い、状況を飲み込めない親達もそのまま留まり続けた結果、家族全員が消えてしまったパターンが非常に多いのだ。
全ては、渡部市長が出した安全宣言のせいだ。
金森さんによると、安斎代議士も同様の事で憤慨していたというが、消えてしまった人達は戻っては来ない。
僕が実際に消える姿を目撃したのは、最愛の彼女だった緑川瑞希と、生まれた時からずっと一緒だった幼馴染の鯨岡菜摘だけだ。でも、その後に聞かされた話では、多くの人達が僕と同じように人が消える瞬間を目撃したそうなので、やっぱり、あれは夢ではなかったんだろう。
とはいえ、実を言うと今でも僕は、あの二人が何処かで生きているって気がするんだ。だって、瑞希も菜摘も、しきりに「別の世界に行くんだ」と言っていたんだから……。
★★★
思えば、あの新型発電所の事故発生当初から、政府は嘘ばかり付いてきた。いつだって情報を後出しにして、ハッピーアイランドの人々は混乱し、裏切られ続けてきた。僕は、そのことに今でも激しい憤りを感じる。大人の世界は、本当に嘘ばかりだ。
だけど、それでも僕は、こっちの世界で生きていかないといけない。あの日、瑞希と約束したからだ。
この嘘で塗り固められた世界でも僕は、自分なりの折り合いを付けて生きて行くんだ。
僕は、今回の事件でいろんな事を学んだ。
「こういうのを見て見ぬ振りが出来るようにならなきゃ、大人とは言えないの」
以前にリカちゃんが、こんなことを言っていた。だったら、今の僕はもう充分に大人だ。
あの新型発電所の事故は、最近全く報道されなくなった。どうやら、ニホンの人達にとって、あの事故はもう過去の事になってしまったみたいだ。
その後で起こった「未知の病原菌」の事も同様だ。僕が入院していた頃はテレビで頻繁に報道されていたそうだけど、既に視聴者に飽きられてしまったらしい。一時は報道バラエティー番組に金髪碧眼の避難民が多く登場し、特に見た目の良いイケメンや美少女は引っ張りだこだったという。更に、そうした男女を集めてのアイドルグループ結成も検討されていたのだとか……。
ただし、電力不足の件だけは、今でも良くテレビで話題になる。国を挙げての節電対策で何とか夏のピーク時は乗り切ったものの、今後もずっと厳しい状況が続くことが予測されているからだ。
今のニホン国民のコンセンサスは、もう新型発電には頼らず、自然エネルギーによる発電を増やす事なのだが、今の厳しい電力事情改善をエサにして、水面下では新型発電の復活をもくろむ輩が暗躍しているとも聞く。新型発電で甘い蜜を吸っていた人達は、そんなに簡単には過去の栄光を忘れられないらしい。
どうやら大人というのは、懲りない人達でもあるようだ。
★★★
あれだけの事故を起こしておきながら、首都電力は未だに存続している。株価は下がっているようだけど、社員には夏のボーナスが普通に支給されたと聞く。それに対して一部の週刊誌は批判めいた記事を載せたようだが、政府は公共性を理由に容認している様子。
そうなると当然、首都電力に対する補償請求の動きが出てくる訳だが、ハッピーアイランドからの撤退を余儀なくされた企業に対しては、何故か政府が肩代わりする形でスムーズに補償金が支払われた模様。それと合わせて税金の減額やら還付金やらで、割と手厚い補償がされるようだ。
要は、新型発電所事故による経済への悪影響を最小限にする為の措置なのだが、当然、裏では様々な政治的取引があって、それによって懐を温めた人達がいた訳である。
その一方、個人に対する補償の方は、遅れていると言わざるを得ない。政府の避難指示が出された発電所二十キロ圏内からの避難民に対しては、さすがに首都電力から補償金が支払われたと聞くが、具体的な金額は未発表なので分からない。
そして、それ以外のハッピーアイランド住民に対しては、僅かばかりの補償金が一人当たり幾らの形で支払われる事になってはいるけど、そんなのは雀の涙だ。ましてや、消えてしまった五十万人の人達に対する補償は、完全に宙に浮いた状態らしい。
それに対する青木麻衣の説明は、こんな感じだ。
「だってさあ、樹くん、考えてもみてよ。消えたって言うけど、そんなの何処にも証拠が無いんだよ。だから、未だに行方不明状態。しかも、大半の人については捜索願いとかも出てない訳で、単なる謎の失踪事件でしかないって事なの。今の所、政府も首都電力も「何も無かった」って事で逃げ切るつもりみたいだよ」
「じゃあさあ、僕らみたいな立場の人はどうなの?」
「私達の場合も厳しそうね。特にヒカリ市の場合、市からは避難指示すら出てなかった訳だし……」
とまあ、こんな感じなので、ハッピーアイランドからの避難民の中には、当然、ブチ切れる人達が出る訳だ。それで、最近は毎日のように国会議事堂の周りとかでデモが行われているらしい。「らしい」というのは、テレビとかでは全く報道されていないからだ。
こっちは、リカちゃんからの電話でのコメントである。
「私もさあ、智哉さんに『デモに参加したい』って言ったの。でも、『絶対に止めてくれ』って言われちゃった。金髪の避難民が集まってデモをやっても、ヤンキー風の若者が身内だけで騒いでるようにしか見えなくて、一般の人は冷たい目で見てるらしいのよねえ。結局、うちらって、命があるだけましと思って泣き寝入りするしかないみたい」
★★★
僕がナコヤの中学校に再び通い始めたのは、九月の最初の三連休明けの火曜日だった。
季節はすっかり秋になっていて、まだ少し暑いながらも、祖父母の家の庭にはコスモスの花がちらほら咲き始めている。そんな中、僕は自転車に跨って、久しぶりの学校を目指してペダルを漕いで行った。
担任の関谷先生には、教室に行く前に職員室へ寄るように言われていた。それで、入口で「失礼しまーす」と声を上げて入室したのだが、やっぱり先生方の目は厳しい。もちろん、全ての視線は、僕の金髪に向けられていた。
それでも僕は純粋なニホン人なので、こういう時は自然に愛想笑いを浮かべてしまう。
だけど、それが良くなかった。
「お前、なんなんだ、その髪の毛はっ!」
職員室中に響く大声で怒鳴ったのは、体格の良い中年教師。確か、生徒指導の……、うーん、名前は思い出せないや。
「こら、黙ってないで何か言ったらどうだ」
「すいません、木下先生。その子、私の生徒です。今まで入院していて、髪の毛は病気のせいなんです」
「えっ?」
助けてくれたのは、関谷先生だった。生徒指導の先生は、僕がハッピーアイランド出身である事を聞かされると、直ぐに納得して謝ってくれた。一応、テレビとかで報道されていたのを覚えていたんだろう。
ところが、それから関谷先生と一緒に教室へ向かっている時だった。
「ねえ、香山くん。私が君と最初に出会った時、一緒にいたお友達のことなんだけどね。あの子達、今どうしてるの? その事が私、何故か気になって仕方がないのよ」
僕は、先生に本当のことを言った。
「あの時の三人、瑞希と菜摘と愛奈は、別の世界に行ってしまったんです」
関谷先生は、立ち止まって僕の顔をマジマジと見た。
「まあ、良いわ。言いたくない事だってあるものね」
先生は溜め息を吐いて、再び歩き出す。僕は、彼女の後ろをゆっくりと付いて行った。
ちなみに、僕の髪の毛は職員室では歓迎されなかったけど、クラスメイト達には大ウケだった。特に女子には好評で、何故か一躍人気者になってしまった。
だけど、そんな僕に田中美佳だけが、何故か不機嫌な目を向けていたのが、僕には不思議でならないのだった。
END105
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、いよいよ最終話になります。
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★★★
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(ジャンル:ローファンタジー)
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