103:二度目の入院生活
二度目のヒカリ市訪問の後、トキオに戻った僕は、やっぱり強制的に入院する事になった。その時の僕は、リカちゃんのエキサイティングな運転でヘロヘロになっていたから、その入院は当然の成り行きだったんだ。
僕らを乗せたミニバンが首都高速を降りた時、今度も何処からともなく白バイが寄って来て、その公安警察と思われる警官に僕らは尋問された。今回は金森さんがいない為、僕は内心ヒヤヒヤ状態だったけど、リカちゃんは落ち着いて応対していた。
「ハッピーアイランドには入っていませんよ。その手前までは行きましたけどね。そこのコンビニのオーナーが知り合いでして……。ちょっと用事があったんです」
「失礼ですが、こんな若い子達を連れて行く所だとは思えませんが……」
「そうなんですよ。隔離された区域とは違いますから大丈夫だって思ったんですけど、まさか、あんなに危険な状態になってただなんて知りませんでした。知り合いの人も、店を閉めるそうなんです。酷い話だと思いませんか?」
僕には空々しい受け答えに思えたんだけど、そうかと言って反論も難しいと判断したのか、それ以上は警官も突っ込んでは来なかった。その代わり、僕らが酷く気分悪そうにしているのを見て、直ぐに病院に行く事を確約させられたのだった。
★★★
僕らが入院した病院は、前回と同じ所だった。つまり、青木麻衣の姉の果歩さんが看護師として勤めている病院だ。
病院に着いて最初にリカちゃん以外の三人は、その果歩さんから酔い止めの薬を貰った。それで気分の方はだいぶマシになったのだが、前回もお世話になった山口医師に僕は、会っていきなり、「今回、香山くんは、割と長期の入院になるかもしれないね」と言われてしまった。
ずっとヒカリ市にいた菅波奈々子が長期の入院なのは当然の事として、僕まで割と長期の入院を強いられるのは、どうにも納得が行かない。ところが、それを言うと山口医師に、「そんなの、当然じゃないかい」と冷たく返されてしまった。
「君、鏡で自分の顔を見てみなよ」
それで果歩さんが手鏡を渡してくれたので覗いてみると……。
「あ、あの、果歩さん。このガイジンさん、誰でしょうか?」
「さあ、誰でしょうねえ。顔の輪郭とかは、私の幼馴染の子に似てますけど……」
「もう、二人とも、変なお芝居は止めなよ。樹くんも、ちゃんと自覚したら?」
「で、でも、ヒカリ市にいたのは、ほんの数時間だよ?」
「なるほど。となると、そこのイルージョン濃度は、相当のものだったんだろうね」
「でも、それだと逆に、こいつが生きてるってのが不思議に思えてくるんだけど」
今になって思うと、今回、僕がヒカリ市のセンターヒルズで会った人のうち、ちゃんと生きてたのって菅波だけだった気がする。
「もう、香山くんったら、アタシの事、化け物みたいに言わないでよね」
「あはは、ごめんごめん」
「でも、確かに不思議ではあるよね」
「もう、青木さんまで……。アタシ、最近は学校にも行かずに部屋に引き籠ってたからさ」
「だったら、あの時、何で学校にいたんだ?」
「それは、珍しくバイクの音がしたからなんだけど……。アタシ、昔から勘が働く子だって言われててさ」
どうにも信じ難い話だけど、あの時、ああして出会えたのは事実だから、やっぱり、こいつの言う通りなんだろう。
その時、別の看護師の人がやって来て、僕らが入院する病室の準備が出来たという。
ちなみに、リカちゃんと青木麻衣の二人は一晩だけの検査入院との事で、別の病棟らしい。
それで僕と菅波は、果歩さんに先導されて入院病棟の方に歩いて行った。
★★★
入院病棟に行きすがら果歩さんに、「ふふっ、素敵な彼女さんじゃないの。樹くんも隅に置けないわよねえ」と揶揄われた。どうやら果歩さあんは、僕と緑川瑞希との関係を知らないらしい。確かに、小さい頃に遊んでもらった頃の僕らは、まだ普通に仲の良い幼馴染だったって気がする。
隣りの菅波を見ると、聞こえていた筈なのに無視を決め込んでいる。仕方がないので僕の方から、「彼女じゃなくて、友達ですから」と否定しておいた。
ところが、果歩さんに連れて行かれた病室に着くなり、僕らはすっかり固まってしまった。
「ごめんなさいねえ。空いてる部屋がここしかないの。他の患者さんと入れ替えるの面倒だし、あなた達もこの方が嬉しいでしょう?」
そう言って果歩さあんは、有無を言わせぬ形で僕ら二人を同室にしてしまった。部屋が無いなんて、きっと嘘に決まってる。だって、その時の果歩さんの顔は、悪戯っ子のような笑みだったんだから。
それからも、その果歩さんは、「彼女さんだから大丈夫でしょう?」とか言って、僕の前で菅波の胸を何気にはだけたりするから、全然、油断できない。きっと、僕が動揺するのを楽しんでいるに違いない。
「あんた、アタシの胸、見たでしょう」
「えっ、あれって背中じゃなかった?」
僕が何気なく思った事そのままを、つい口走ったりすると大変だ。いきなり菅原のベッドから、分厚いファッション雑誌とかが飛んで来たりする。なかなかスリル満点の入院生活だけど、そんなの僕は望んじゃいないんだ。
まあでも、そんな菅波と一緒にいる事で、瑞希と菜摘の事を思って、一日中、暗くならずに済んだのは良かったと思う。
それでも、その二人は毎晩のように夢の中に現れては、僕に色々と語り掛けてくる。その大半は、彼女達が今いる世界が如何に素敵な世界かって事なんだけど、当然、そんなの僕は信じちゃいない。それでも、毎晩しつこく語り掛けて来るのは、きっと、彼女達にそうあって欲しいっていう僕の願望なんだろう。
でも、その事に気付いてしまった後の僕は、余計に悲しくなってしまった。それで、起きると僕の目は真っ赤な訳で、そんな時、何故か菅波は何も言わない。それに朝だけは何となく優しかったりする。
いや、本当の菅波は、とても優しい女の子みたいだ。ただ素直じゃないっていうか、単にツンデレなだけだって気がする。
もうひとつ、菅波について分かった事は、実は彼女が優等生だという事。震災前の中学で、彼女は常に学年一桁の上位にいたようなんだ。
それが何で分かったかというと、入院して数日が経つと退屈になって、一緒に勉強を始めたからだ。それを見た果歩さんが、「そう言えば、あなた達って受験生だったわね」と気付いてくれて、色々と参考書とかを揃えてくれた。時々、僕らを見舞いに来てくれるリカちゃんも勉強を見てくれたりして、いつしか入院生活が受験の為の合宿みたいになってしまったのである。
とまあ、一見すると僕らの入院生活は平穏無事だったようだけど、本当を言うとそうではない。
入院して一週間もすると、僕らにイルージョンの中毒症状が出始めたからだ。薬で押さえている事もあって日中は割と大丈夫でも、夜になるとうなされる。思えば、それが最初は瑞希と菜摘の夢だった訳で、そのうち、僕は様々な悪夢を見るようになった。
僕の場合、多少マシだったのは、悪夢の時は瑞希と菜摘が出て来なかった事だろうか? その代わり、頻繁に現れたのはオバサン先生と北からの避難組の四人。そいつらは、ありとあらゆる形で僕の心をいたぶってくる。そのうち、そこに朱美さんと愛奈ちゃんまで加わった時には、夜中に喚いてしまい、夜勤の果歩さんを困らせたりもした。
そして、それと同じ事が隣のベッドで寝ている菅波奈々子にも起こる訳で、彼女の場合、津波で亡くなった数多くの知人が悪夢の中に現れて、様々な恨み節を喚き立てるのだという。それで彼女も夜中に騒ぎ出して、僕も巻き添えを食う事になる。まあでも、そんなのはお互い様だ。
ある時、そんな菅波が夜中に呟いた事がある。
「ねえ、イルージョンは人を幸せにするんじゃなかったの? 幸せの国に連れて行ってくれるんじゃなかったの?」
僕には、答えられなかった。
ところが、少しすると菅波は、「あ、そっか。津波で死んだ人達は違うんだ」と呟いて、一人で納得してしまったんだ。
だけど、僕も菅波も、「イルージョンが人を幸せにする」なんてのは信じちゃいない。
幸せは、人から与えられるものなんかじゃない。自分の手で掴み取るものだって、僕は思うんだ。
★★★
結局、イルージョンの中毒症状はなかなか治まらず、僕は夏休みが終わっても、まだトキオの病院にいた。当然、菅波奈々子も一緒である。
夏休みの間に、僕の病室には様々な知り合いが見舞いに来てくれた。
最初に来てくれたのは親友の金森翔太で、次は金森智哉。その金森さんにはリカちゃんと一緒に来てくれて、菅波もいる所で僕はヒカリ市で起きた事を詳細に語った。たぶん戻って直ぐの頃は無理だっただろうけど、一週間以上過ぎていたから、ある程度は客観的に話せたと思う。それでも、瑞希や菜摘との別れの所では泣いてしまったけど、それは自分でも仕方が無かったんじゃないか。
その次に来たのは祖父母と母さんの三人で、母さんには怒られたけど、祖父さんには謝られた。たぶん祖父は、僕の金色に近くなった髪の毛を見て、母さんが言った事の全てが正しかったと完全に悟ったんだろう。
それから、夏休みが終わる三日前になって、突然、田中美佳がやって来たのには驚いた。
もちろん、僕がヒカリ市に行って再び入院した事は、ちゃんと彼女にも電話で伝えてはいた。だけど、まさかトキオにまで来てくれるだなんて、いったい誰が思うだろう。
「大丈夫。実は私、トキオにも親戚があるんだ。今日は、その伯父さんの所に泊まって、明日には帰る予定」
「そっか」
「でも、本当に良かったあ。ちゃんと無事に帰って来てくれて……」
「あ、あの、美佳。そんなに無事じゃなかったと思うんだけど」
「ううん。私には、樹くんとこうしてまた会えただけで充分……。でも、樹くんの方は、そうじゃなかったんだよね……あ、ごめんなさい」
僕の表情がサッと変わったのを見て、彼女は全てを察してくれたんだろう。
「あの、今は何も聞かないよ。いつでも良いから……、樹くんが話せるようになったら、話してくれれば良いから」
「分かった。ありがとう」
ちなみに、美佳が病室にいた間、菅波は外に出ていてくれた。彼女が病室に入って来た時に菅波は既にいなかったから、たぶん、気付かれなかったと思う……。
と思っていたんだけど、実は病室の入口に彼女の名前がしっかり書かれていた事に僕が知ったのは、退院した日の事だったりする。そして当然、美佳も気付いていた訳で、後で僕は長々と言い訳をする事になるのだが、まあ、そんな事は些事でしかない。
そんなこんなで、ようやく僕が退院した時、既に暦は九月も中旬に差し掛かっていたのだった。
END103
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、政府の動きとリカちゃん、青木麻衣、菅波奈々子のその後の話になる予定です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
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(ジャンル:ローファンタジー)
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