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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十四章:別離(八月)
101/106

101:故郷の本当の空


この世界は、イルージョンが生み出した幻に過ぎない。幻だからこそ、全てがキラキラと輝いて、この世のものとは思えない程に美しい。


僕が駆けて行った廊下は、何処どこ彼処かしこも輝いており、まるで光の道に見えた。

その道を僕が一気に駆け抜けようとすると、突然、目の前に見知らぬ男女が立ちはだかった。そいつらはニヤニヤと笑いながら、僕の方を見ている。

立ち止まった僕は、「通してくれないか?」と言った。だけど、言葉が通じないのか、そいつらは笑っているだけだ。


すると、ふいに僕の後ろから声が掛かった。


いつき、職員室は、そっちじゃないよ」

「えっ?」

「もう、危なっかしいなあ。樹は、まだ向こうに行っちゃ駄目なんだからね。まずは、瑞希みずきに会わなきゃでしょう?」


そう言って微笑む銀色の美少女を見た僕は、ふと幼い頃の懐かしい呼び名を思い出した。


「……妖精さん?」


銀色の妖精は、ほほ笑みながら僕を見ている。そして穏やかな表情のまま言った。


「何、突っ立ってるの、樹。早く行きなよ」


その幼馴染の声で、ようやく僕は我に返った。


菜摘なつみ、お前も一緒に来ないか?」

何処どこへ?」

「ここから逃げるんだよ」

「もう駄目よ。アタシには、もう行く所が決まってるの。そこは、美しくて何もかもが綺麗。本当に素敵な世界なの。そこでアタシは、ずーっと楽しく過ごすんだ。樹も行きたければ、瑞希と一緒に来れば?」


駄目だ。やっぱり話が通じない。僕は、目の前にいる銀色の妖精さんを改めて見た。彼女は、本当に菜摘なんだろうか?


「ねえ、樹も一緒に行こうよ!」


その少女が僕の手を取ろうとした瞬間、僕は彼女の手を振り払って逃げた。

さっきとは反対側に廊下を走る。すると銀色の粉がサッと舞い上がって、直ぐに僕の視界を奪ってしまう。それにも構わず、一気に駆け抜けて階段に出る。手すりを頼りに二段飛ばしで駆け下りる。一階に着くと、直ぐに右へターン。しばらく行くと、やっと職員室が見えてきた。


僕は、「失礼しまーす」と声を上げて、扉をガラッと音を立てて一気に開けた。


だけど、先生は誰もいない。『あれっ?』っと思って、もう一度、周囲を見回してみる。すると、奥の方に誰かいる。

その見覚えのある老人は、一人だけポツンと座って新聞を読んでいた。更に近付いて新聞の日付を見ると、それは三月の物で端がかなり黄ばんでいる。

その老人は、たぶん滝沢教頭だ。でも、もうほとんど存在感が無い。まるで、この部屋のオブジェのひとつと化してしまっているようにも見える。


僕が声を掛けるのを躊躇ためらっていると、そのオブジェが勝手に喋り出した。


みんな、行ってしまったよ」


銀色に輝くその老人は、壊れた古い蓄音器のように掠れた声を発した。


「結局、私だけが逃げ遅れてしまった」

「どうして逃げないんです? 今からでも逃げれば良いじゃないですか?」

「駄目なんだ。私の身体からだは、もうここには無い」


滝沢教頭らしき銀髪の老人の影は、微かに溜め息を吐いたように見えた。


「私達は、何を間違ってしまったんだろう?」


僕が唖然として見守る中、影の透明度がぐんぐんと増して行く。僕は、急いで問い掛けた。


「あの、ここに女子生徒が来ませんでしたか?」

「ああ、来たよ。来たけど、直ぐに出て行ったな。その子は私に、ひとつの質問をしたんだ」


もはや彼は、シルエットすらあいまいになりつつあった。


「……確か、こんな質問だった。『私は、このままあっちの世界に行ってしまって良いんでしょうか?』と問い掛けてきたんだ。『何で、そんなこと聞くんだい?』と尋ねたら、ひとつだけ、こっちに未練があるようなことを言っていたなあ……。そうか、それが君だったのかもしれない……」


さっきのシルエットは、既に何処どこにも無かった。あるのは、微かに感じられる銀色のもやみたいな物だけだった。



★★★



職員室から飛び出した僕は、必死に校舎のあちこちを探し回った。だけど、何処どこにも彼女の姿は無い。

僕は、焦っていた。『既に彼女は、あっちの世界へ行ってしまったんじゃないか?』と思ったからだ。


やがて、ふと思い立って校庭に出てみた。すると、遠くの方に微かな人影が見える。銀色の霧の中で、その影はゆっくりと揺れていた。

近付いて行くにつれて、その影は天使の形を帯びてくる。どうやらそれは、僕が探し求めていた天使のシルエットに違いない。同じ銀色の霧の中で揺れ動くその姿は、まるで砂漠の中で見るという蜃気楼のようだった。

僕は、それまで着ていた白いウィンドブレーカーを脱いだ。 更にマスクと手袋を外して、その場にかなぐり捨てると、そのシルエットの方へと駆けて行った。


「瑞希っ!」


天使のシルエットが、突然、立ち止まった。

僕は、その愛おしいシルエットを自分の両腕でしっかりと抱き抱えた。そして、もうほとんど重さの無い少女の顔を、じっと見詰めた。


いつの間にか伸びてしまった銀色の髪。淡いブルーの瞳。透明な肌……。

銀色のワンピースを纏い、僕に向かって不安げに微笑む彼女は、僕の記憶にある瑞希とは、あまりにも違って見える。けれど、この少女こそが僕の瑞希なんだ。


「樹くん、やっと戻って来てくれたんだね」


瑞希が、ゆっくりと言った。


「嬉しい。最期に樹くんに会えて、本当に嬉しい。もう絶対に会えないと思ってた……」


瑞希は、僕の腕の中で徐々に透明になって行く。


「私、消えるんじゃない。別の世界に行くの」

「うん、知ってるよ。待ってて。僕も後で行くから。必ず行くから」


僕が思わず叫ぶと、何故か瑞希は悲しげな顔をする。


「駄目っ! 樹くんは、来ちゃ駄目なの。絶対に、来ないで。来ないって約束して!」


僕は、瑞希の強い口調に圧倒されてしまった。それは、いつも穏やかな彼女には似つかわしくない、激しい拒絶だった。

僕は、こないだの公園でも「ナコヤに行かないか?」という申し出を彼女に断わられた事を思い出した。僕は、『やっぱり駄目だったか』と自嘲気味に笑い掛けて、何とか踏み止まった。


「それでも僕は、瑞希と一緒に居たいんだ」


僕が呟くと、瑞希が別の事を言い出した。


「私、樹くんが来てくれた次の日の朝、公園で待ってたんだよ。ずっとずっと待ってたんだよ」


僕は一瞬、言葉に詰まった。それでも、用意していた言葉を、何とか喉の奥から絞り出す。


「瑞希、ごめん。本当にごめん。ごめんよ」


僕は、泣きながら瑞希の瞳を見詰めた。

瑞希の瞳には、もうほとんど色が無い。それは僕の涙のせいなのか、それとも、あの忌々しいイルージョンが、瑞希の瞳から色を奪ってしまったんだろうか?


「あのね、私の意識って時々飛んじゃうの。身体がフワフワして、何も考えられなくなる……」


瑞希は、ゆっくりと続けた。


「そんな時、心はとても幸せ(ハッピー)なんだけど、後ですっごく虚しくなるんだ」


瑞希の身体が、また少し透明になった。


「本当は、分かってるの。幸せ(ハッピー)なだけの世界なんて、おかしいに決まってる。でもね、私はもう引き返せない」


そこで急に、瑞希の顔が険しくなった。


「でも、樹くんは、まだ間に合うよね? だから樹くんは、来ちゃ駄目。樹くんは、樹くんの世界で幸せになって欲しい。樹くんは、そっちの世界で一生懸命に生きて……。ふふっ、それが、あの日、公園に来なかった樹くんへの罰だよ」


僕を見つめる瑞希の色の無い目が、少しだけ笑った。


「ああ、分かったよ」


僕には、頷くしか無かった。だって、僕は瑞希との約束を破ったんだから。


「絶対に約束だよ。絶対だよ」

「うん、絶対に約束する」


瑞希の身体が透明度を増して行く中で、彼女が右腕の小指をさっと前に差し出してきた。僕は、そのほとんど透明になった愛しい小指に、素早く自分の小指を絡ませる。

「今度こそ、絶対に約束するから」と僕はもう一度言った。


僕の腕の中の少女の身体が更に透明になり、軽くなって行く。さっき絡ませ合った小指は、もう無い。それどころか、両腕も両足も既に消えてしまっている。

いよいよ最後の時が近付きつつあった。


僕は、瑞希の唇の辺りにそっと顔を近付ける。瑞希の薄れて行く顔の輪郭が、微かに微笑んだように見えた。


僕の最後の口づけは、間に合わなかった。


「瑞希ーっ!」


僕は、最後に初恋の女の子の名前を呼んだ。でも、僕の声は、そんなに遠くまでは届かない。


僕は、完全に重さを失ってしまった自分の手のひらをじっと見た。そこにあるのは、銀色の粉だけだった。その手のひらを傾けると、その銀色の粉は、さらさらと砂粒のように落ちて行く……。


その時だった。一陣の風が吹いたんだ。

瑞希だった銀色の粉が、サッと空に舞い上がった。そして、その粉はキラキラと輝きながら、遠くの空へ消えて行く。


こうして、僕の初恋は終わってしまった。



★★★



気が付くと、目の前にもう一人、銀色のワンピースを纏った妖精さんのシルエットがあった。


「良かったあ。最後に瑞希と会えたんだね」


その妖精さんのシルエットは、優しく笑っていた。


「でも、本当に良かった……」


それは、小さい頃から怒ってばかりだった幼馴染の少女が、僕に見せてくれた一番の笑顔だった。


「ふふっ、大丈夫だよ。この菜摘ちゃんが、直ぐに瑞希の後を追い駆けるから。菜摘ちゃんが瑞希のこと、ちゃんと守っててあげるから。だって、アタシは樹の自慢の幼馴染なんだもん!」


ちぇっ、「自慢の」は余計だろ?


その言葉を口の中で呟いた時、僕の幼馴染の姿は、すっかり消えてしまっていた。


残された僕は、ただ一人、その場に茫然と立ち尽くしていた。


僕は、空を見上げた。


そこには、僕の記憶にある何処どこまでも何処までも青く澄んだ、「ハッピーアイランドの本当の空」が広がっていた。




END101


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、いよいよ「ハッピーアイランドへようこそ」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


また、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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