100:学校の惨状
僕は、再びヒカリ市のセンターヒルズニュータウンに戻って来た。今回は、僕一人だ。
乗って来たスクーターを停めたのは、僕ん家の隣にある鯨岡家の前。僕は、急いで玄関へのアプローチを駈け上がると、いきなりドアノブを回した。
開いてる!
僕は玄関のドアを引っ張ると、大声で叫んだ。
「朱美さーん、樹だけど、菜摘、いる?」
返事はない。焦った僕は、一応、「お邪魔しまーす!」と声を上げて靴を脱ぐと、一階から探し始めた。
直ぐに違和感があった。ほとんど生活臭がしない。もちろん誰もいなくて、床の上に薄っすらと光り輝く銀色の粉……。
僕は、二階へ駆け上がった。そして、日当たりのよい寝室の奥に朱美さんを見付けた。
彼女の髪の毛は銀色に光り、肌は透明度を増している。朱美さんは、既に実態が無いような存在に見えた。
「あの、朱美さん、大丈夫ですか?」
「全然、大丈夫よ-。キャハハハ……」
やっぱり、様子がおかしい。
「菜摘は、どうしちゃったんですか?」
「菜摘ってだあれ? あたし、そんな子、知らなーい。キャハハハ……」
良く見ると、朱美さんの足は既に消えてしまっている。案外、ここで彼女は、娘を待っていたのかもしれない。だけど今は、その事すら忘れてしまい、代わりに僕が来た事で満足してしまったとか?
「じゃあ、あたし、先に行って待ってるから……」
そう言い残して消えて行く女の人を、僕は最後まで見ていられなかった。
混乱した頭で階段を一気に駆け下りた僕は、そのまま玄関へ向かうと、急いで靴を履いて外へ飛び出して行った。
★★★
外に出て少し冷静になった僕は、ふと隣を見た。ところが、僕ん家の庭にあった筈のミモザの木がどこにも無い。庭の中央に横たわっていた巨大な分身の方も、今は跡形も無く消え失せている。
鯨岡家との間にあった垣根の木々も消えてしまい、今は柵しか残っていなかった。この柵はプラスチック製だから、消えないでいたんだろう。
僕は、その柵を飛び越えて、うちの庭に入った。ミモザの木があった辺りは、銀色の粉が他の場所よりも多く積っていて、小さな山になっていた。
ハッピーアイランドのヒカリ市にあった僕の思い出の全てが、銀色の粉になって消えてしまった。そんな気がして、僕は泣きたくなった。
僕は、足元の粉を思いっ切り蹴り上げた。軽い銀色の粉はサッと空中に舞い上がると、輝きながら青空へと消えて行く。その粉の行き先をぼんやりと眺めながら、僕は思った。
ああ、こんな事をしても虚しくなるだけだ。頑張って、早く瑞希と菜摘を探さないと……。
僕は、改めて何も無くなった庭を見て、大きく溜め息を吐いた。そして、家の中を見る事もなく、もう二度と来ない我が家を後にした。
その次に向かったのは、近くの公園だった。と言っても、そこにあった木々の大半が銀粉に変わっていて、入口の門柱と壊れかけた遊具ぐらいしか残ってはいない。
そんな侘しい公園の前にスクーターを停めると、僕は道一本挟んだ所にある瑞希の家に向かった。ところが、玄関のドアに鍵が掛かっていて、中には入れない。インターホンを押しても、全く反応が無かった。どうやら、家には誰もいないみたいだ。
僕は少しだけ考えてから、再びスクーターに乗ると、今度は学校を目指して走り出した。
★★★
校門は、開いていた。僕がスクーターに乗ったまま通り過ぎると、前庭にあった木々は全て姿を消しており、正面に広い校庭のグラウンドが広がっていた。キラキラと眩しい事からすると、きっと、そこにもイルージョンの銀色の粉が降り積もっているんだろう。
そういやニュースによると、新型発電所事故の後、速やかに応急措置が取られた為、追加のイルージョン放出は防げた事になっていた筈。だけど、この校庭に積もったイルージョンの粉の量を見ると、それも嘘に違いない。たぶん、あの壊れてしまった発電所の残骸からは、今もまだイルージョンが放出され続けているって気がする。
僕は、左手にある校舎の手前でスクーターを停めると、脱いだヘルメットを座席の上に置いて、いつもの昇降口に向かった。
校舎の中は、とても静かだった。
当然、靴は脱がない。前回もそうだったからだ。僕は、サングラスを外して、ポケットの中に入れた。そして逸る気持ちを押え切れずに、階段を一気に駈け上る。二階に着くと、懐かしい三年C組の教室へと走って行く。
勢い良く扉を開けた途端、一瞬、僕は自分が過去へとタイムスリップしたんじゃないかと思った。
そこには三十人のクラスメイト全員がいて、教壇からはリカちゃんが皮肉っぽい視線を僕に投げてきたからだ。
「香山くん、遅刻よ。もう、そんなとこに突っ立ってないで、さっさと自分の席に座りなさい」
僕は思わず「はい」と返事をして、以前の自分の席へと向かう。直ぐ前の席の女子が振り向きざまに、「バーカ」と言って舌を出した。
「菜摘、起こしてくれたって良かったじゃないか」
「何言ってんのよ。中学生になってまで、そんな面倒、見てらんないよ」
「あのな、いつも面倒を見てやってんのは、お前じゃなくて僕の方だろ」
そこまで言って、ようやく僕は何かがおかしい事に気付いた。改めて教室を見渡してみると、少し離れた席で、心配そうにこっちを見ている瑞希と目が会った。
ああ、そういえば、一緒に学校に来る約束をしたんだっけ? その約束、すっぽかしちゃった。後でちゃんと謝っとかなきゃ……。
「もう、香山くん。遅れて来て、何をキョロキョロしてるんのよ。あ、緑川さんのことかあ。いつも良く一緒に学校、来てるもんねえ。香山くんって、緑川さんのことが大好きだよねえ」
リカちゃんの言った、「香山くんって、緑川さんのことが大好きだよねえ」というフレーズが、僕の頭の中で何度も何度もリフレインしている。
そんなに何度も言わなくっても、分かってるさ。今の僕は、緑川瑞希を連れ戻しに来たんだから!
そんな風に心の中で思ってから、ハッとした。
そうだ。瑞希を連れて帰んなきゃ!
僕は、勢い良く席から立ち上がった。クラスメイト達が唖然として、突然に立ち上がった僕の方を見ている。
見たけりゃ、見れば良いさ。
そう思った僕は、躊躇いなく大声で叫んだ。
「瑞希っ、迎えに来たぞ! 僕と一緒に、ここを出て行こう!」
僕が叫んだ瞬間、クラスメイトの数が大きく減った。気が付くと、大半の生徒が消えてしまっている。
ああ、そうか。今は、夏休みなんだ。普通に授業がある筈が無いよな。
改めて教室を見渡してみると、生徒の数は数える程しか残っていなかった。
前回の時と同様に、誰もが好き勝手な事をしている。と言っても、雑誌を読んでたり携帯ゲーム機で遊んでいたりと、そんなに大したことはしてない。中には、ぐっすりと昼寝をしている男子生徒もいる。
そして、どの生徒も身体全体が銀色に光っている。何となく存在感に乏しくて、今にも消えてしまいそうだ。
僕は、ここにいる全員が、まるで実体の無い幽霊のような存在だと感じた。
「どうしたの、樹? 突然、教室に入って来たかと思ったら、いきなり瑞希の名前なんか呼んじゃって、大丈夫?」
その声は、菜摘だ。
「お前、菜摘なのか?」
僕の目の前の少女は、銀色のワンピースを纏っていた。ノースリーブで、剥き出しの肩は、ほとんど透明だ。髪の毛も銀色で肌は白い。目の色は、ごく薄いブルー。その瞳には、まもなく消えてしまいそうな儚さを蓄えていた。
自分の幼馴染を僕は、初めて本気で綺麗だと思った。
「樹さあ、赤ちゃんの時から一緒にいるこの菜摘ちゃんのこと、忘れちゃったの? あったま、可笑しいんじゃない? ああもう、瑞希のことだけしか見えなくなっちゃったんじゃないの?」
目の前の綺麗な少女が、プンスカと怒っている。それで、ようやく僕は、彼女が菜摘だと実感できた。
だって、菜摘の場合、怒った顔がデフォルトの女の子なのだから……。
「まっ良いか。優しい菜摘ちゃんからの『最後の』プレゼントよ。さっき瑞希は、『職員室に行く』って言って、教室を出てったよ。さあ、早く追い駆けたら?」
教室の窓は、全て開いていた。そこから心地良い風が入って来て、教室の床に溜まった銀色の粉を撒き散らす。舞い上がった粉はキラキラと輝いて、この世のものとは思えない程に綺麗だ。
僕は、それが身体には毒なのだという事も忘れて、思わず見惚れてしまった。
たぶん、ここは僕が居たのとは違う世界なんだ。あの大地震の時、僕らは激しい揺れに身を任せながら、別の世界にトリップしてしまったに違いない。
あ、そうだ、急がなきゃ!
そう思って教室の前に目をやると、見慣れた時計の針が止まっている。その針は、「午後二時四十六分」を指していた。
それは、世界が変わってしまった時間だ。
僕は、とても複雑な思いを抱えながら教室を飛び出すと、廊下を全力で走って行った。
END100
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「故郷の本当の空」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
尚、ストーリーが終盤に近付いた事で、この後、投稿のペースが遅くなってしまう事があるかと思います。大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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