青森が夏らしい暑さになるのって

青森が夏らしい暑さになるのって、ねぶた祭りのときくらいだから〜。
今でも、その口調をふと真似してみたくなる。けど、全然似てないんだよね。
もう十年以上も前の話になる。
当時、僕は全国規模の会社に勤めるサラリーマンだった。その会社が青森の地方企業を買収したのを機に、全国会議が青森市で開かれた。六月のことだった。
僕は学生の頃から、なぜか青森に惹かれていた。棟方志功の版画みたいな、あの激しい色のねぶた祭り。そして、都市伝説のような噂——「ねぶたの夜に、青森の女子高生は処女を失う」なんていう、民俗学的な土の匂いのする話。真偽のほどは知らない。でも、東北出身の女の子には、どこか惹かれる子が多かった。遺伝子的な遠さゆえか、妙に惹かれた。
前泊の夜、同僚とスナックに行った。店も良かったが、そこにいた女子大生のバイトがすごく色っぽかった。小さな声で、くぐもった話し方。なにを言っているかは時々わからない。でも、それが妙に艶っぽく聞こえた。
僕は調子に乗って、ご当地ソングの「津軽恋女」を歌って、小節まわしてみたり、デュエットでお尻を触ったりして、ハメを外した。
会議もアフターパーティーも無難に終えた夜。東京や大阪から来ていた知人たちの誘いを全部断って、僕はひとりビジネスホテルに戻った。
デリヘルを呼ぶために。
たいした下調べもせず、「青森市 デリヘル」で検索して、一番上に出た店に電話をかけた。
「三十代、美人OL。昼は普通の仕事してます、素人です」
そんなキャッチコピーに惹かれて指名した。
三十分ほどして、ピンポンが鳴った。
開けてみると、本当に“仕事帰りのOL”みたいな女性が立っていた。きっちりした服装。メイクも薄め。でも顔立ちははっきりしていて、少しインド系を思わせるような濃い顔だった。
こちらからいろいろ話しかけるも、返ってくるのは「んだ〜」「んだす⤵︎」という、軽い笑顔つきの青森弁の相槌。だけど、なにを言っているかは正直聞き取りづらかった。
だから僕は、ひとりでしゃべった。
昨日見た八甲田山の新緑の話、映画『八甲田山』の雪中行軍、昨日食べたホタテとイクラの味。青森の料理がちょっとしょっぱすぎること。
彼女は、綺麗なインド顔で、ニコニコしながら「んだ」「んだす」と返すだけ。
「でも、青森は六月でも涼しくていいね」と言うと、初めて少しだけ明るい声で返ってきた。
「青森が夏らしい暑さになるのって、ねぶた祭りのときくらいだから〜」
——この一言を聞けただけで、もう一万五千円の価値があったと思った。
サービスは上手かった。たぶん、本番もあった。
抱き合ってみれば、青森も福岡も、女のすることに大した違いはなかった。
だけど、その手慣れた動きの向こうに、どんな日々があったんだろう。
ふと、そんなことを思った。
六十分のコースが終わって、「ありがとうね」と声をかけたけど、彼女は服を着ようとしなかった。
しばらくモゾモゾして、それから携帯を取り出し、ビジネスホテルの狭い部屋の中、彼女は立ち上がり、誰かに電話をかける。
そのスラリとした姿をベッドから見上げた。真っ白な肌に、濃い陰毛だけが浮かび上がっていた。
「お疲れ様です〜、はい、もう直接帰ります。お金の受け渡しは明日でも大丈夫です〜、はい〜」
青森弁だった。
素っ裸の、濃い顔をした美人が、携帯で事務的な話をしている姿は、なんとも奇妙に見えた。
その口調が、牧歌的でもあり、まるで外国語のようにも聞こえて、僕は不思議な気分になった。
電話を切ると、こっちを見て、にっこり笑って言った。
「事務所にはもう帰るって言ったんで、もう一回していいですよ〜」
でも僕は、二回戦できるタイプじゃない。だから彼女の体をマッサージした。静かに、丁寧に。
マッサージしながら、ぽつぽつと彼女の話を聞いた。
青森から出たことがないこと。早くに結婚して、暴力を振るわれて別れたこと。子どもはいないこと。市役所で契約職員として働いていること。そして、青森は給料が安いこと。
「九州の人の言葉は、ちょっと聞き取りづらい」と、逆に言われたのも覚えている。
でも、ぽつぽつとゆっくり話す彼女のペースが、なんとも心地よくて、「ああ、これが青森の時間の流れか」と思った。
事後、彼女は二時間くらい、僕の部屋にいたと思う。
帰りに、「駅の喫茶店でコーヒーでもどう?」と誘って、ふたりで部屋を出た。
「もう泊まっていったら?」と何気なく言ってみた。
「親が心配するんで〜⤵︎」と笑って、
「でも、話しやすい人でよがった〜⤵︎」と、はにかんだ笑顔で言ってくれた。
青森駅前で
ほとんど僕が喋ってただけだけど、ね。
僕が彼女に対して感じた“異国情緒”——
同じ日本なのに、まるで文化が違うような、その差異の面白さを、彼女も感じてくれていたのだろうか。
ただ、心地よい。興味深い。
そう思ってくれたからこそ、あのなんとも言えない二時間の延長があったのかもしれない。
「話しやすい人で、よがった〜」——
それが彼女の本音だったなら、僕はちょっと嬉しい。
あれからもう何度も夏が来た、
夏になれば、ねぶたが街を照らすのだろう。
その光の下で、彼女もきっと、変わらず笑っている。
んだす。