表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

同一世界観で書いた話

竜の声を聞く

作者: 瓶覗

 市場から響いて来る賑やかな声を聞きつつ、リムレはふと顔を上げた。

 何やら空がいつもより暗い気がするのだ。先ほどまでは特に違和感は無く、雲なども出ていなかった。

 他に違和感を覚えている人は居ないようで、周りは変わらず賑やかなまま。ただの気のせいだろうか、と首を傾げて前を向き直す。


 食の国と謳われるこの国は、いつでもあちこちから美味しそうな料理の香りが漂ってくる。

 そちらに意識を取られて視線が動き、何かを焼いている屋台を見つけて寄って行こうかと考える。

 この後の予定は決まっていないから、小腹を満たしていても相棒が怒る事は無いだろう。そもそもあいつはあまり怒ったりはしないけど、なんて思いつつ足を進めようとしたところで、また空が暗くなった。


 今度は流石にただの勘違いだとは思えず、足を止めて空を見上げる。

 やはり、雲は無い。ここ数日で一番の快晴だ。

 首を傾げて、相棒と合流しようかと考える。どこに居るのか分からないが、探せばすぐに見つかるはずだ。


 そう思って歩き出したところで、人の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 微かに聞こえたそれをそれを頼りに走り出し、途中から人が逃げてくる方へ逆流して進んで行く。


「リムレさん!」

「何があったの?」

「ドラゴンです!ギルドの先に降りて来てます!」

「分かった。サヴィがどこに居るか知ってる?」

「今他の職員が探しに行ってます!」


 知り合いの、まだ幼さの残るギルド職員に声を掛けられて返事をしながら走る速度を上げ、それらしき影を見つけて速度を落とした。

 告げられた通りの場所に降り立って辺りを警戒するように見渡しているのは、見上げなければならない巨大なドラゴンだ。

 建物のない場所に降り立っているから周りに被害は出ていないようだが、尻尾の一薙ぎでどれだけの被害が出るのか計り知れない。


 こちらを見たドラゴンと目が合って、向けられる魔力と圧を感じながら、目をそらさないようにゆっくりと姿勢を変えた。

 口元に炎がちらついているのを見て、後ろにいるはずのギルド職員に避難指示を出す。

 まだ被害が出ていないのが不思議なほど、苛立ちとこちらへの警戒が見て取れる。


 圧をかけるように飛ばされる魔力を弾きながら周りを確認して、まだ少しだけ逃げ遅れている人が居るのを目視する。

 波のように押し寄せる魔力が弱まったのと同時に近付いて来る足音に気が付いた。

 こちらが反応する前に、後ろから声を掛けられる。


「リムレさん、サヴェールさんが見つかったそうです」

「ありがとう。どこに居る?」

「今こちらに向かっていると」

「分かった。君も避難して」


 囁くような報告を聞いて、ギルド職員を避難させて視線を少し下に下げる。

 ドラゴンは、まだ動かない。


 その状態でどれくらい時間が経ったのか、恐らくそれほど長くはないろう間を開けて、近付いて来る足音に気が付いた。

 姿勢はそのまま耳を澄ませていると、リムレの後ろで足音は止まって服の裾が引かれる。


「どういう状況だ?」

「分かんない、んだけど、ちょっと確認したいことがあって……サヴィ、最近この辺に、すこし小さいドラゴンが居たかどうか知ってる?」

「……噂を聞いた気はする。ギルドに確認を取ってくる」

「ありがとう」


 声を掛けてきた相棒にお礼を言って、離れていく足音を静かに見送る。

 ドラゴンはやはり動かない。

 警戒の姿勢を解いてドラゴンを観察しても、動かないままだ。


「リムレ」

「はや」

「居たらしい。ここから内海の方へ行ったと」

「よし、行こう。……あぁ、ジアもありがとう、怖いだろうにお前」


 思ったよりもずっと早く戻ってきた相棒に返事をして、その横に静かに立っていた愛馬の頭を撫でる。

 どちらかと言えば臆病な愛馬はドラゴンの存在に怯えてはいるが、それでも素直に指示に従って動き出した。

 馬を走らせて国を囲う塀の外に出て、ドラゴンが飛び立って後ろをついて来ている事を確認する。


「誘導する」

「頼んだ」


 魔法で浮いた状態で鞍に作られた取手を掴んで同行していたサヴェールが前に移動して、ジアを誘導し始めたのでリムレは意識を空に向けた。

 ドラゴンは高い位置を飛びながらこちらを観察しているようだ。

 しばらくそのまま進み、遠くに川が見えてきたところでドラゴンの速度が急に上がった。


 リムレ達を追い越して飛んでいくのと見送って、ジアの足を止めさせて鞍から降りる。

 頭を撫でながらドラゴンの行く先を眺めていたら、隣で一瞬大きく風を起こして空に上がったサヴェールが静かに着地した。


「どうだった?」

「見えない。飛べないと駄目だな、やっぱり」


 跳んでいるだけでは駄目だ、と呟くサヴェールに十分じゃない?と声を掛けてはみたが、かつての学友が自由に空を飛びまわっている姿を知っているから満足は出来ないのだろう。

 なんて、風の吹き抜ける草原で穏やかに話をしていたら、空に影が掛かって巨大な影が折りてきた。


 降り立ってきたのは先ほどのドラゴンで、傍らには二回りほど小さなドラゴンが共に居る。

 怯えるジアを背中側に行かせて、リムレは静かにドラゴンに頭を下げた。

 相手から敵意と警戒は感じない。もう目をそらさないように警戒する必要は無く、それならドラゴンには頭を下げて敬意を示すべきだと教えられているのだ。


 風に微かに炎の気配が混じって、その後に二体のドラゴンが飛び立っていく音がした。

 影が消えてから頭を上げると、目の前には炎の色をした綺麗な鱗が落ちていた。巨大なそれは、両手で抱えないといけないほどの大きさだ。


「お、すごいの貰ったな」

「……どうしようこれ……」

「装備か何かに加工するか?」

「えぇ……サヴィいる?」

「リムレが貰ったんだからリムレが使うべきだろ」


 素気無く言われて、鱗を抱えてしばらくどうしようかと考える。

 ひとまず持って帰って、そもそも加工できるのかを確認した方が良さそうだ。

 ジアの背中に鱗を乗せて固定し、手綱を引いて歩いてきた道を戻る。


 国の中はまだ大騒ぎだろうから、戻ったら色々説明をしないといけないだろう。

 横にいる相棒は何となく事情を察したのか興味が無いのか、特に何も聞いてこないので今日の夕食とか明日の予定とか、代わり映えのない会話をしながらのんびり歩いて進む。




 戻ってきた国の中は予想通りまだ大騒ぎで、そんな中からリアムたちを見つけたギルド職員が血相を変えて駆け寄ってきたので、誘導されるままギルドの建物内に入る。

 時々呼ばれる会議室で椅子に腰を下ろし、出されたお茶に手を付けたところで顔馴染みの職員が何人か入ってきて説明を求められた。

 横で暇そうにリアムの装備を弄っているサヴェールの手を止めさせつつ職員に向き直り、さて何から話そうか、とゆっくり思考を回す。


「まあ、端的に言うとはぐれた子供を探しに来てたみたいですね」

「なる、ほど?確かにドラゴンの目撃情報は上がってきていましたね」

「国の中に来たのは、人間に捕まった可能性があるからでしょう。そうだと確定していないから威嚇はするけど攻撃はしてこなかったんだと思います」


 この国から少し進んだ先には、人の立ち入らない土地がある。

 そこではドラゴンが群れで生息しているから、そこからはぐれて人に捕まったり討伐されたりするドラゴンは数年に一度程度現れるのだ。

 今回は人的被害が出ていなかったことと、そもそもあまり人に近付いては来なかったことから討伐の話は出ていなかった。


「リムレさんは、なんでドラゴンが子供を探してるって分かったんですか?」

「半分は勘だけど……君が寄ってきた時とか、子供を抱えて避難してる親が居る時とかは魔力を弱めてたからかな。子供を攻撃する気はなかったみたいだし、この辺で子供が逸れたのかなって」


 攻撃のために寄ってきたのなら降り立つ前から街を焼き払うだろうから、何か目的があるのだろうとは思っていた。

 あれだけ賢いドラゴンならば、わざわざ人の住む地に来たのは何かこちらに要求がある、という可能性もある。


 そこまで考えて、あとはサヴェールを待つ間に見ていた態度でありそうな事を絞っていった。

 実際こちらが警戒姿勢を解いても攻撃してこなかったので、それが目的ではないことははっきりしていた。


「これ、加工できるのか?」

「どうでしょうねぇ……加護が掛かってそうですし、リムレさんが選んで預けた職人ならどうにか出来そうではありますけど」


 そんな話をしている間に、早々に飽きたらしい相棒がドラゴンの鱗を別の職員に見せていた。

 せめてもう少し待て、と言ってもどうせ聞かないので好きなようにさせておく。


「リムレさん、ドラゴン怖くないんですか?」

「怖いよ。怖いから、戦わないで済むならその方がいい」


 幸い付き合い方を学ぶことが出来る環境で二年ほど過ごしたので、ある程度他の人より対処は出来るのだ。今回はそれが上手く行ったと言うだけの話で、全てのドラゴンが納得してくれるわけではない。

 本当に心臓に悪い、と呟きつつギルドの書類作成に付き合い、全て終わって外に出ると既に日が暮れていた。

 街の中はすっかり元通りで、どこからともなく美味しそうな香りが漂ってくる。


「はぁ……飯食って行こうか」

「うん」

「ジアもおいで。待たせてごめんな」


 空腹のまま帰るのは帰り道の事を考えると厳しいので、割り切って食べて帰ることにした。

 ここは食の国。どんな気分でも通りを歩いていれば食べたいものに出会える場所だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ