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邂逅Ⅰ


一体、目の前で何が起きているのだろう…。


[夢幻ありす(ゆめなか ありす)] は呆然としながらも、ついさっきまでのことを振り返ってみた。


 雲一つない青空が広がってて…。

 初等学校の始業式が体育館であって…。

 真面目に聞いてたけど、校長先生の話、相変わらず長いな~とか思って…。

 今年も同じクラスになった友だちのマヤと心姫みきと一緒に体育館を出て…。

 わたしも4年生になったんだなぁ~なんて感じながら、渡り廊下を渡って自分の教室に戻る途中だったはずなのに…。


ありすがそんな回想をするのも無理はない。

なぜなら今、彼女たちの目の前には5階建ての校舎と同じくらい、いや、それよりも大きい蜘蛛がいるのだから。

その蜘蛛は体が薄黒く、口の周りは不気味な赤を映しだしている。ありすは以前見た図鑑のクロドクシボグモを思い出していた。所謂毒蜘蛛で、種類によっては蜘蛛の中で世界一の毒を持っている。ただでさえ虫が苦手なありすであったが、校舎並の大きさ、何本もある脚、中でも一際細長い2本の前脚、そして口周りの赤々しさが、仮に初めて見たとしても危険と感じてしまう目の前の巨大蜘蛛に、ただただ恐怖を感じていた。

 そして何より怖かったのは、赤い口の上についているいくつかの目が、時折何かを探すようにキョロキョロと動いているのだ。

 ありすが今立っている渡り廊下は、阿鼻叫喚としていた。ある生徒は泣き叫び、またある生徒は涙を流しながら必死に走り、その中を何人もの教師たちが叫んでいたが、恐怖に支配されたありすの耳には遠くの喧騒程度にしか聞こえてなかった。

「……す!…りす!!ありす!!!早く逃げよう!」

 どれくらい立ちすくんでいたことだろう。普段は3人の中でもムードメーカーな役割のマヤが、涙を必死に堪えながらありすに訴えていた。いつものマヤからは想像もできない表情を見て、ありすは我に返った。

 「あいつ、何か探しているみたい…。今なら…逃げられる」

 マイペースで普段はおっとりとしている心姫は、巨大蜘蛛の動きを見て言った。確かに、巨大蜘蛛は、ただ闇雲に暴れているというより、目を動かし何かを探しているようにも見えた。丁度ありすたちのいる渡り廊下とは反対の方向へ離れ始めている所だった。

 「分かった!今のうちに先生たちと合流を!」

 そう言って2人と校舎に向かって走り出した時だった…。


 「!!!!!!!!!!」


 すごく大きくて嫌な音が3人に響いた。何かの鳴き声と近くの何かが壊れたような音。砂煙が辺りを覆う。その音が巨大蜘蛛の威嚇の鳴き声と渡り廊下の屋根を壊した音だと気付いたときには、すでに3人と巨大蜘蛛は数メートルの距離しか離れておらず、いくつもある目は確実に3人、というよりはありすを映し出していた。

 「い、いや!!!!!!」

 マヤは叫びながら、心姫に抱き着き目を固く閉じている。心姫も涙目になりながら体を震わせている。


 そんな中ありすはただ動けないでいた。

 叫ぶことも、逃げることも出来ずに…。

 ただじっと…。

 肉食動物に捕食されることを理解した草食動物のように…。

 蛇に睨まれた蛙のように…。

 何も出来ず、ただ巨大蜘蛛の目に映る自身の顔が徐々に大きくなっていくのを見ながら…。

 涙が溢れそうな瞳を固く閉じた…。


 あぁこんなところで死んじゃうんだ。

 お母さん、ごめんなさい。

 わたし、お父さんの分まで生きられなかった。


 そんな懺悔の気持ちがありすを支配した時だった。


 一人の少年が巨大蜘蛛を倒す…。そんなイメージが唐突に頭の中に浮かび上がったのだ。


 「えっ?」

 驚いたありすが瞳を開けると、目の前には巨大蜘蛛…ではなく、黒髪の少年の後ろ姿があった。その姿や雰囲気は、さっきありすが見たイメージに酷似している。全身に黒の衣装を纏っている少年は、ありすを見て言った。


 「…大丈夫」


 目の前の巨大蜘蛛が今にも襲い掛かろうとしているのに、黒づくめの少年は何事もないかのように後ろを振り返り、ありすの瞳を見て微笑んだ。その瞬間、ありすの心を支配していた恐怖や懺悔は全て霧散していた。それほどの効果が少年の微笑みにはあった。ただ少しだけ心の奥がざわついていた。ほんの少し…。


 「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 さっきよりも至近距離での巨大蜘蛛の威嚇にありすは耳を塞ぐ。しかし次の瞬間、少年の奥に居たはずの巨大蜘蛛は忽然といなくなっていた。辺りをありすが見回すと、蜘蛛は巨大であるが故にすぐ見つけることが出来た。しかしそれはありすには信じられないものだった。巨大蜘蛛は消えたのではなく、渡り廊下からは離れているはずの校庭の真ん中まで移動していた。直線距離にして約200メートル。その距離を一瞬にして移動していたのだ。それだけではなく、さっきまで聞かされた嫌な威嚇の鳴き声が一切していない。ありすが目の前で起きた現実に戸惑っていると、少年は

 「…巻き込んでごめんね」

 と一言呟き、音もなくありすの前から200メートル先の巨大蜘蛛の前まで移動した。


 「…ごめん。五月蠅いから黙ってもらったよ」

 そう巨大蜘蛛に話す少年の瞳には、先ほどまでの優しさはなかった。かといって怒ったり、敵対心を露わにしているわけではない。至って平然としているだけだ。

 「……………!!!!!!!!!!」

 少年の意図が伝わったかどうかは分からないが、巨大蜘蛛はまた威嚇の鳴き声を()()()()()()()。しかしそれは前脚2本を振り上げた威嚇のポーズでしかなかった。

 「…さて、それじゃあ始めようか」

 少年の手には、いつの間にか黒の木刀が握られていた。


 ありすは、またもや呆然と立ち尽くしていた。巨大蜘蛛と少年が校庭に瞬時に移動していたこと、巨大蜘蛛の動きは相変わらず悍ましいのに一切鳴き声を出さなくなったこと。そして自分の見た、少年が巨大蜘蛛を倒したイメージ。そのイメージで見えた風景が渡り廊下ではなく、校庭だったこと。様々な現実と感情がありすを支配し、ただただ少年と巨大蜘蛛の戦いを見るしかできなかった。

 「ありす!大丈夫?」

 さっきより幾分か落ち着きを取り戻したマヤがありすの隣に立った。

 「えっと…どうなってるの?」

 心姫も反対側に立ち、少年と巨大蜘蛛の戦いを見ていた。

 「分からない…」

 ありすはそんな2人にそう答えるしかできなかった。自分の頭でも理解出来ていないことを説明することは難しい。

 「…でもなんだか安心できる」

 心姫がポツリと呟いた。マヤもうんうんと頷いている。

 「そうなんだよねー。あの兄ちゃんが来てから怖くなくなったってゆうかー」

 その言葉を聞いてありすも共感した。確かに目の前で起きていることに理解が追い付かなくて頭が混乱しているものの、先程までありすの心の中を支配していた恐怖は微塵もなくなっていた。今、少年が巨大蜘蛛と戦っているが、不安な気持ちは一切ない。

 「あの兄ちゃん、ありすの知り合い?」

 「ううん、たぶん知らない」

 「たぶんってなんだよー、たぶんって」

 「…なんかカッコいい」

 「あーそれなー」

 3人でいつも通りの会話をするくらいには気持ちの余裕が出来ていた。何故なら少年は戦ってはいるが、必死に戦っている様子はなく、流麗な演舞を披露しているように感じたためである。時に口による嚙みつきを躱し、時に前脚の振り下ろしを木刀で捌いていく。薄っすら瞳の色が赤く見えるが。そして少年の手に持っていた黒い木刀がいつの間にか刀に変わり、巨大蜘蛛よりも高く跳び上がり、刀を振り下ろしたその時、巨大蜘蛛は光の粒子となって天へと舞い上がっていった。

 「きれいー」

 「…きれい」

 マヤと心姫の声が重なる。ありすも同じ感想を抱き、3人で巨大蜘蛛であった光の粒子を目で追っていた。そして少年がありすたちの方を振り向いたその瞬間、ありすの記憶はブツっと途切れるのであった。 




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