あまりに白すぎる世界
シロイセカイ 2222【WEB】
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作者:雨澤穀稼 先生
の二次創作です。
作者の雨澤穀稼 先生より許可をいただいております。
そこまで長く、なりませんでした。
ここは白い世界。
真っ白な世界。
あまりに白すぎる世界。
どこまでも。どこまでも。
行けども。行けども。
うえも。したも。東西南北、見渡すかぎり。
その世界のなかで、私は私。私である私。
だけど。伸ばした手も、歩む足も、この世界にとけこんでしまったように、白い。
鏡がもしあるのなら、覗きこんだ私の顔も、のっぺらぼうのように白いことだろう。
唯一、私の心うちだけは、真っ白とはほど遠く、色が渦巻いているというのに。
白くて、真っ白な、あまりに白すぎる世界。
何刻から此処に存るのだろう?
何刻まで此処に存るのだろう?
私が犯した罪の報いなのか?
その罰だとしても、赦されることはあるのだろうか?
わからない。
なにひとつわからないし、思い出せるものもなければ、理解できる気もしない。
もし、わかることがあるのだとしたら。
この世界に、私の、私たる、この私が。
白い、真っ白な、あまりに白すぎる世界に、囲まれて、それを感覚で捉えて感じていること——それだけだ。
果てのない、白い、真っ白な、あまりに白すぎる世界。
そこに、とけこみそうになりつつも。
私であることをやめられそうにない、この私は。何刻こたえがかえるのかわからない、問いをくりかえしつづける。
かえってきた、そのこたえまで。
この世界のように、白い空欄でないことを願いながら。
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「先輩、進捗どうっすか?」
湯気の立つ紙コップをおれのぶんまで運びながら、後藤が声をかけてきた。
時代錯誤ではあっても。うちのようなちいさなプログラミング会社では、こんな夜中までの残業は、まだ珍しくない。
とはいえ、さすがに。ここに残っているのは、主任であるおれひとりだが。
ゲームの制作会社は、いくつかの下請けプログラミング会社に分担して、仕事を発注することも多く。
うちにも、フィールド担当やエフェクト担当の部署もあるのだが。今回、この仕事がまわってきたのは、キャラクター担当であるおれの部署だった。
発注社は、新鋭のVRゲーム専門レーベル。
ヒロインと一対一のコミュニケーション・ゲームで。ひとパッケージごとに、ひとりのヒロインだけがおり、プライヤーがお気に入りのコのヴァージョンを選ぶ仕様らしい。こいつは、その第一弾ということだ。
受注した複数の下請け会社からのデータの統合・調整は、依頼社の仕事とはいえ。自分のところの作業のためには、ほかの下請け会社からのデータを受けとらなければならなかったり、その連携が実に億劫である。
穏便ないいかたで催促をしたりと、作業面以外の負担は、あまりかんべんしてもらいたいものだ。
——ふうっ。
もともとは、好きでやってきたとはいえ。仕事と名目がつけば、やはりそれなりに気も張るし、疲れも溜まれば、ときに嫌気もさすことも珍しくない。「好き」を仕事にするには、それなりの代償をともなうということか。
「いや、まだぜんぜんだって。
とりあえず、ヒロインAIの性格設定は終わってるみたいだから。まずは、基礎グラフィックをしあげて。会話テキストに、表情やモーションとをあわせるのはそれからだな。
いまは夕方あがってきたぶんを、チェックしてたとこ。あしたから、倍速でかたづけなきゃなんねえから」
まだ熱いコーヒーをうけとって礼を言うと、猫舌のおれはおそるおそる口をつける。
「ヒロイン、どんな感じすか?
キャラデザ、めっちゃ好みなんすよね。
動かしてみてくださいよ、見たい見たい!」
無遠慮にはしゃいでは、デスクに置かれたイメージイラストのペーパーを覗きこむ。手に取ろうとしたので、冗談めかして、その甲をかるくはたいてやった。
コミュ系オタクといったかんじの後藤は、うちの会社でも最近は珍しくなくなったタイプだ。
悪気はないのだろうし、可愛い後輩ではあるのだが。こっちが疲れているときに、このテンションは正直、少々ウザく。技術職でないがゆえの不理解も、面倒このうえない(彼の名誉のために言っておくが、営業職としては「若手のホープ」らしい)。
「だから、送られてきたAIの性格設定だけって言ったろが。
体型をフレームのパターンからカスタマイズしたところだから、こいつを入力れてやらねえと【マネキン】さえ、おがめねえよ!」
おれの言葉にがっかりしたようすの後藤は、ふてくされたように自分もコーヒーをすする。
「ちぇっ。せっかくこんな時間まで、残ってたんだから。あのコの動くとこ、見たかったんすけどね」
ちらと、壁の時計に目をやるこいつだが、終電がもうないことは承知のうえだろう。
仮眠室にシャワーの個室が併設されるようになってからは、みんな平気で終電を逃すようになったのだけれど。肝心の寝具のほうは、仮眠どころか、ここで寝泊まりする連中に埋められてしまっている。応接室のソファが空いてりゃラッキーとはいえ、それも期待薄か。デスクでつっぷして眠るのは、肩がこるからなぁ、なんて考えていたおれに。
「AIの設定だけは、できてるって言いましたよね?」
後藤のやつが、しぼりおとすようなひとことを呟く。
「んだぁ?
未練がましいぞ。まだ、動かせねえっていったろ?
フィールドどころか、モーションチェックのサンプル用オブジェ(ドアやプレゼントの箱など)すらもまだ届いてねえし」
「あ、いや。そうじゃなくて」
やや、不機嫌を混じらせてしまったおれの声に、こいつは弁解の音色を含んだようにこたえた。
「AIの性格設定ができてるってことは、あのコはもう【自意識】をもってるんっすよね?
そんな、フィールドもなにもないどころか。じぶんのすがた、かたちさえないところに【自分自身】だけがあるのって。いったい、どんな気分なんだろうなって。
自分の考えをめぐらすことはできても、過去も記憶も、背景も、取り巻く世界もありはしない。ましてや他者もいないんですよね」
とぼけたことをぬかすやつだと思っていたおれに、これは寝耳に水だった。
シナリオもイベントも、会話テキストもできてない以上。「彼女」はからっぽな存在だが、AIが性格設定されているということは、いわば器だけはできあがっている状態だ。形状はあれど、飾り気のない、白い器が。
そして、その器が置かれているのは、フィールドも座標もない、自分と同じくからっぽの、あまりに白すぎる世界。
そのなかで「彼女」はどんな想いをして、存るのだろう?
それを考えると、おれの猫背は、冷たいそら恐ろしさに襲われた。
ふと、不穏な使命感に駆られそうになったが。
この時間から。「彼女」の器に、せめて飾り気をくれてやろうとするのは、現実的でも効率的でも、賢い考えでさえもない。
不憫に思うなら、この場をかたづけしだい、とっとと眠って。形式だけの始業時刻より、いくらかはやく動き出せるように、目覚めたらシャワーを浴びて、臨戦体制にはいることだ。
コーヒーを飲み干し、おれは眠るからおまえももう休めと、後藤に告げると。ライトを切って、デスクにつっぷす。
——悪いな、もうちょっと待ってくれ。
声に出ていたのだろうか?
「期待してますよ。おれに、いちばんに見せてくださいねっ」
くちびるを震わせているとも知らなかったおれのつぶやきに、後藤のやつはおやすみのかわりなのか、置き台詞を残して姿を消した。
営業の連中は自分の社用車があるため、運転席のシートで眠るのだろう。足も伸ばせない後部シートで横になるよりは、ずっとましだし、おれのようにデスクにつっぷすのとはくらべものにならない。
まあ、いいさ。おれに必要なのは、睡眠の「質」より最低限の「量」だ。
そいつさえ確保できれば。あしたから、また修羅場をくりひろげられる。
うと、とするまえに。
おれはもういちど顔をあげて。
いまはなにも映していない、デスクのうえのディスプレイを見やった。
——悪いな、もうちょっと待ってくれ。
すぐに、あんたにそんな想いを、させないようにしてやるからな。
とはいえ、眠る寸前の霞かかった頭じゃあ。「彼女」がいだくのがどんな想いなのか、きちんと想像できるとも思えないが。
とにかく、いまは眠ろう。
この睡眠時間こそ、おれと「彼女」にとって、必要なものなはずだからだ。
そう自分に言い聞かせるおれに。
デスクに置かれたペーパーにならぶ、イメージイラストの彼女が微笑んだ気がした。
この夜、おれは。
あまりに白すぎる世界に、自分までとけこみそうな夢を見て、うなされることになる。
業界わからないので、フィクションどころか出鱈目ですがご容赦を(汗)
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