父と子(テオドール視点)
「父上、母上、お久しぶりです」
「ああ。元気そうだな」
「おかげさまで。父上もご健勝で何よりです」
キュステ公爵控室。会場とは違い相変わらず簡素な部屋で父母は寛いでいた。
「テオ! 良く顔を見せて! あなたが寮に入ってから屋敷は火が消えたようよ」
「母上はいつもそうやって僕を嬉しがらせてくれますね。でも友人達の前です、恥ずかしいですよ」
「ごめんなさい。久しぶりに顔を見たから嬉しくて。お友達も……あら、エミーリエさん。またいらっしゃったの? そちらはフェアフェルデ伯のご令息ね。テオドールの手助けをしてくれてありがとう。これからも息子の元でよろしく」
「お声がけありがとうございます。これからも励んでまいります」
「お久しぶりです。おばさま」
「貴女におばさまなんて親しげに呼ばれる関係だと認識していなかったわ。なんのご用? ヴォラシア公の控室は隣よ」
「ペトロネラ。用があるから来ているのだろう」
父が母を窘める。その口調は穏やかだが感情が乏しくその考えを読み取りがたかった。
いつも父はそうだ。自分をまったく見せない。
いつも頼めば自分の頼みを叶えてくれるから、愛されているのだとは思うが、どうしてもその実感は乏しい。
ぷいと顔を背けた母のことは置いておくことにして、テオドールは口を開いた。
「陛下に頼まれた仕事に関係するのですが、エミーリエが見つけて生徒達の衣装を頼んだ商会が詐欺まがいの商会で……。捕縛の手をお借りしたいのです」
「貴方、うちのテオに瑕疵をつけたの?! 亡国の雌犬の分際で」
横から嘴を突っ込んで来た母ペトロネラをうんざりと手で押さえた父コンラートはテオドールに向き直った。
「事前に商会の確認はしたのか?」
「いえ、なかなか条件の折り合いがつく商会が見つからず、納期の問題もあって焦っており、確認を怠りました」
「ならばメッサーシュミット令嬢の名前を出す必要はなかったな。言動に注意しなさい」
老齢の域に入っている父はその年齢に相応しく穏やかにそう告げ、テオドールは頭を下げた。
「申し訳……ありません。ただ、その、ラスタン商会の情報が必要かと思いまして」
「場所と代表者の名前、商会規模、被害規模が分かれば大丈夫だ。それぐらいはお前でも把握しているだろう?」
逆に言うと捕縛にはそれが必要だという事だ。テオドールは唇を噛み締めて拳を握りしめた。
「焦りのあまり何も把握しないまま来てしまいました。書記のダスティに対応を頼んだので、彼が今取りまとめていると思います。フェアフェルデ伯と貸借の契約を結んで納品後に支払いをおこなうことになっているのでそれを止めることしか頭になくて。ただ会場にすでにいらっしゃっているはずのフェアフェルデ伯が見つからないので困っていて」
「ならば、フェアフェルデは人をやって探してこよう。それと商会の場所と名前を。その場で拘束出来なくても見張りを立てておけば逃げおおせる事も出来ないだろう」
「ありがとうございます」
父が側仕えに命じ、彼らが動き出してテオドールは息をついた。後は失態が自分の責任にならないように立ち回るだけだ。
父にエミーリエとルドルフと共に座るように言われて席につき、母が頼んでくれたコーディアルを飲んでいると硬い顔の父の側仕えが帰ってきた。
「……わかった」
少し離れたところで側仕えと長く言葉を交わした父の顔が珍しく歪み、逡巡するように言葉を選んでいるのが感じ取れる。
「フェアフェルデ伯夫妻は、赤狼団のシュミットメイヤーと親交を深めていて都合がつかない。ルドルフ君にも紹介したいから来てくれないかと」
「ライモンド先生ですか?」
赤狼団はこの国有数の富豪だから貸金業を行っているルドルフの両親と話が盛り上がっていても不思議ではない。
夜会で繋がりを作り交流を深めて事業を起こすという事はごく一般的に行われている。
リアムが居なくなってから程なく学園から居なくなった彼だが、赤狼団に戻ったのだろうか。
「いや、彼ではない。本家筋にあたる男だ。急いで行ったほうがいい。彼が案内する。エミーリエ嬢もそろそろヴォラシア公に挨拶をしに行ったほうがいい時間だ。すぐ隣の部屋だから、そこまでルドルフ君にエスコートしてもらいなさい」
「え……。そんな……」
エミーリエの顔が歪んだ。
折り合いの悪いテオドールの母の隣以上にそこに行きたくないと金色の瞳が訴えかけてくるが、珍しく父はにべもなかった。
「テオドールと父子で話したいことを思い出した。家族だけにさせて欲しいんだ。テオがエスコート出来ず申し訳ない。ところでそのドレスは仕立てが酷くて今回のパーティーにそぐわないね。パーティーの始まりまでに替わりの物を届けさせよう」
「いえ、この衣装が気に入っていますので。色味も揃えましたし……」
「遠慮しないで。テオのエスコートが出来ないお詫びだよ。合わせて身につけられる宝石も見繕おう」
「ありがとう、ございます」
不承不承と言った体で綺麗な所作で礼をとったエミーリエをルドルフがエスコートして父の側仕えと共に部屋を出ていく。
ドアが閉まると父が低い声で言った。
「テオドール。何に代えても父としてお前の生命と最低限の立場だけは守るが、お前もせねばならぬところで、頭を下げる事と弁える事を理解しなさい」
シュミットメイヤーと聞いたとたんに倒れそうな顔色で言葉もない母の様子も、側仕えの報告を受けてから普段とは明らかに違う父の様子もその想いも、本質的なところでテオドールは全く理解できなかった。
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