毎食を大切に
アレックスと踊った後も一時間ほどソフィアと踊り続けては細かいところを直されを繰り返した後にアレックスがやっと合格を出してきた。
「ダンスは及第点になったな。忘れないように。あと三ヶ月……二ヶ月半か? あるからその合間にコンスタントに復習していこう」
人生でこれほどダンスを踊った経験はない。床に座り込んで荒い息を整えていると、涼しげな顔でアレックスが告げた。
教える方だから自分達ほど踊ってはいないが、剣術の時の体力のなさを考えれば意外だ。
「元気ですね……」
「昔、散々踊らされたからね。体力を使わずに踊れる術を身につけたんだよ」
先程のソフィアの両親の話から考えると、舞踏会のたびに彼と踊りたい女性が殺到したのだろう。
にこりとそれを微笑で流したアレックスは続けた。
「今日は昼食で食事のマナーをさらった後に、午後からはオクシデンス商会の傘下の仕立て屋をベルニカ公爵の名前で呼んだから、礼服の採寸とデザインの選定だ。明日以降は所作や視線の動かし方、話すときの距離の取り方を確認する。時間はたっぷりあるから大丈夫」
「サミュエル、あなたも見てもらいなさい。食事のマナーを一番直さないといけないのはあなたよ」
「勘弁してくれ。公爵夫人。これは夜会の会場で、テオドールを圧倒するための立ち振る舞いの練習ですからね。私と同い年のサミュエルの面倒まではとても見られません。それに彼は野性的なところが彼らしい魅力ですよ」
「あら、エリアス殿下がそういうのであれば仕方がありませんわね」
「丸め込まれてますわね」
「しっ……」
藪を突いてはいけないのだ。それで通じたらしいソフィアと目線で頷き合う。
そこに昼餐の支度が出来たと侍従が告げに来て、リアム達は昼餐室へと向かった。
「……これが噂の健康に良い味付けの食事か」
リアムにとって慣れた味わいのそれを、顔だけはにこやかに飲み下したアレックスはほんの少し眉尻を持ち上げた。
「ここの食事は戦場を思い出させてくれるよなぁ」
うんざりとした顔でスプーンで掬った一口分の野菜のポタージュを飲み込んだベルニカ公爵が、皿を手で持とうとして公爵夫人に止められた。
「おやめなさい」
「こんな泥水は一気に飲み干してしまうに限るんだが?!」
「これを美味しそうに食べるのは良い訓練になりそうだが、人生の楽しみを一つ無駄にしているようなものだ。昔は悪くなかったんだが……二十年で色々あったからな……」
美味しい物を食べている顔を完璧に作りつつも、悲しげな声音で話すという器用な芸当をしたアレックスはリアムとソフィアの顔を見て口を開く。
「二人とも顔を作るのが上手いな。基本のマナーもしっかりしている。教える事はあまりなさそうだ。ベルニカ公爵令嬢はもう少し一口を少なめにした方がいいだろう」
「美味しくはないんですが、売られた船で食べた堅パンよりはマシですわ」
「アレと比べるのは流石にちょっと。一応これ、僕の家庭の味だしさ」
「美味しくないって昔言ってませんでした?」
「言ったっけ?」
「これと船の堅パンと比べるのはさすがに可哀想だ。同じ物かは分からないが、捕まった船の中で出された堅パンは人生最悪の食事だった。ちゃんと食べられるようになったら可能な限りは毎食、自分の好みの味のものを食べようと心に誓ったんだ。図らずも今日破られたわけだが」
彼と相伴する食事がどれも素晴らしい理由がこれだろう。そしてひっそりとこの食事を腐している。まあ、お世辞にも美味しくはない。
「ヴィルに掛け合っておくよ」
そうアレックスが約束した三日後、無事に食事の味が劇的に改善し、リアム達は喜びに打ち震えた。
いつもお読みいただき、またブックマーク、エピソード応援、評価、ありがとうございます。おかげさまで評価ポイント100を超えることができました。
これからも鋭意励んでいきたいと思いますのでよろしくお願いします。




