いきがった子供(ケイン視点)
「ああ、肩が凝った」
ベルニカ公爵夫妻が宿泊しているのと同じ西宮の一室、アレックスに宛てがわれた部屋のドアを開いてケインは愚痴めいた独り言と共に入室した。
ヴィルヘルム直属の暗殺者兼密偵として過ごしてきた時にさまざまな変装をしてきたが、これほどうんざりとした気持ちになったのは初めてだ。
伊達眼鏡を外し、普段身につけない装飾過多のアビを脱いでハンガーにかけると、ため息をついてソファーに腰を下ろす。
「ふっ……くふっ……。よく似合っているぞ。その変装。遠目からみたら、多分、まあ、言い過ぎではあるけど、お前かガイヤールか悩む」
アレックスが吹き出した。これで何回目だろうか。
ガイヤールが好んで着る服を着て髪を染めて化粧でいつもと顔立ちを変えたケインの姿を見るたびに、笑いをこらえてはこらえきれず決壊していたアレックスだが、晩餐が済むほどの時間が経っても収まらなかったらしい。
撫で付けて後ろに流した髪をぐしゃぐしゃに崩して恨めしげにアレックスを見上げてため息をつく。
「そんなわけないだろう。似ても似つかない。だがまあ……憂いが少しでも晴れるなら許容する……総督には絶対教えないが」
久しぶりに屈託なく笑う彼に少し安堵を覚えたが、それがガイヤールに化けたこの変装であるのはいただけない。
本人はいまだにリベルタか、引き継ぎが上手くいっていても船の上だ。ヴィルヘルムがルブガンド公爵に渡りをつけて席を譲ってもらったのだ。
「で、どうだった? 我が従兄弟殿は。似ていたんだろ?」
「まあ、俺と総督よりは似ていたな。だが似ているのは顔立ちだけで、何もかもあなたには及ばない」
「そういう褒め言葉は不要だ。それで、人となりやら考え方やらそういうところはどうだ?」
「無視を決めこまれて挨拶もされなかったからな。観察した所管だが、少しばかり目端が効くし、空気が読めないわけでもないが、表面の事しか考えられず、あの若さで思考は権威主義に凝り固まって自意識は過剰気味、といったところか」
テオドールはインテリオ公にはしっかりと挨拶をしていたが、ルブガンド公爵の代理だが一介の伯爵にすぎないガイヤール——中身はケインだが——には挨拶すらしてこなかったし、晩餐中も晩餐後も話しかけてもこなかった。
ヴィルヘルムが彼に命じたのは学生達が王宮の夜会に参加するための手配だ。
スケジュールのすり合わせに始まり、学生約三百人の移動手段や待機場所の選定、さらには王宮の夜会に相応しい礼服を用意できない生徒への対応など多岐に渡る。
騎士爵や下級貴族の子供達は、この急な夜会に合わせて礼装を用意することは難しい。
卒業パーティーを想定していた最終学年生はともかく、一・二年生とその両親には特に荷が重いから、テオドールが手配することになるだろう。
懇意の商会があってそこに丸投げする可能性はあるが対応し切れない事も多いから、商人との伝を持っていると公言する、王とも懇意で五公の一人の代理を任される使い勝手が良さそうな貴族には、いくら身分が下でも声かけの一つもするものだ。そもそもガイヤールは伯爵で、身分が低くもない。
そこまで考えて、ケインは不意に可能性の一つを理解した。
「ああ、迂闊なことを口走ってボロを出したくなかったのかもしれないな。可愛いところもあるようだ」
リベルタに売ったリアムとソフィアの事を気にすれば自分の悪行がバレてしまうという保身の可能性がある。
どんなにいきがっていても、所詮は子供だ。
それも、自身の命を生死の天秤に置いた経験のない甘ったれた子供。
自覚なく彼が喧嘩を売ってしまった大人達の顔を思い浮かべたケインは、爪の先にも満たないぐらいだけテオドールに同情した。
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