大団円
「リアがもしも生きていたのならば、父親は誰であろうとも、お前の事を愛していたと思うよ」
母から身を離してそちらを見ると、先程まで激憤の表情から一転、疲れ切って悲しみに枯れた瞳をしたアレックスがリアムを見つめていた。
だが、彼はそこで唇の両端を持ち上げて微笑みを浮かべてみせる。それは痛々しくとても傷ついて見えたが、それでも優しさに満ちていた。
「そう、でしょうか?」
「リアは……そういう人だ。厳しいところもあったが、愛に満ちた人だった。子供を喪って心の均衡を崩してしまったのも愛の深さ故だろう。自分の出生に呪いをかけないで欲しい。君の産まれた時の話を聞いた今はリアの生きた証がこうして育って大きくなってくれている事に慰めを覚えている。私達二人の間に産まれた子供は皆亡くなってしまったから」
アレックスはとても優しい。
エミーリエがテオドールと関係を持っていたと知った時、たいして愛情も残っていない婚約者であっても引きちぎれそうなほど胸が痛かった。
愛し合っていた妻が自分の弟に寝取られて、その結果出来た子供に優しい言葉をかける事なんて自分ならとても出来ない。
「親のやったことで子供が罪を負うのは間違っている。自分の出生に罪悪感など感じずに堂々と胸を張って生きなさい。リアや私の子供達の分までと生きて、たくさんの経験を積みなさい」
「……ありがとう、ございます」
「今はさすがに気持ちの整理がつかないが……落ち着いたら、オディリアの話を聞いてもらえるか? 君に、知っておいて欲しいんだ」
「いいんですか?」
堪えきれなくなったかの様に涙を落としたアレックスはそれでもしっかりと頷いた。
「もちろんだ」
「……育ててくれた母だけでなく、僕を産んでくれた母の事も知りたいです」
「リアム……君はいい子だな。ヴィルヘルム。俺は事情を聞いても、どうしたってお前の事を許しきれないし、お前も許しは望んでいないのだろう? だから、こちらに来い」
「ああ……」
神妙な顔でヴィルヘルムがアレックスの目の前に立つ。立ち上がったアレックスはその頬をぺちりと張った。
「へ?」
「これで手打ちだ。リアムに免じて目を瞑る」
「いや……蚊でも止まったのか?」
「うるさい。今のだって全力だったが失敗したんだ。俺なりのケジメぐらいのものだからどうでもいい」
「アレク、こういうのは俺の役だと言ってるよな?」
ケインが立ち上がって、ヴィルヘルムの頬を強かに殴りつけた。よろめいて尻餅をついた男を見下ろして笑顔で言う。
「もう一発ぐらい入れようか? 今は一応骨に影響ない程度にしたが、必要なら顎の骨を折るぐらいは出来る。どうする?」
にこやかな顔で言っているが、その目は全く笑っていない。彼は彼で腹に据えかねる何かがあるのかもしれない。
「あなたは命じるだけでいいって忘れてしまった? 俺は貴方の拳で貴方の剣で貴方の盾だろう?」
「……十分以上だ。ケイン、お前は座ってろ。大丈夫か? ヴィル」
「ああ。大丈夫。兄貴。本当にごめんなさい」
アレックスはヴィルヘルムに手を差し出した。ヴィルヘルムが起き上がるのを助けると、どこか自身に言い聞かせるように口を開く。
「……許しきれないが、仕方ない事だと納得はしているよ。私は死人だった。誰も彼も死人に操を立てる必要なんてない。リアが救いを求めたのが私の幻影で、彼女が満たされたのならばいいんだ……。私だってリベルタで自由になってから、亡くなっている事を言い訳に、妻に顔向けが出来ないような事をして生きてきた」
その口調に慚愧と悔恨が滲んだ。
「貞節という意味ならば最悪だ。生きる為に身をひさいだし、女衒として女性を食い物にして生き延びた。十年前ケインとジーナが来てからは二人を家族に、幸せに暮らしてきた。ハンバーの港を出てから二十年、何もかも移ろってしまった。だから、もういいんだ。さっきだって本当はあんな事を言うつもりはなかった……死者は恨み言を言うものだから許してくれ」
「兄貴……すまなかった。俺は預かった物を護れなかった。正当な王位継承者が帰ってきたんだ。せめて王位は兄貴に……」
「いや、それはいらない」
「兄貴が生きていた以上、俺がこの座についているのは筋違いだろ!」
「メルシア連合王国、これは過たずお前の国だ。お前が自らの力で切り拓いた物だ。ベルニカ公爵令嬢も言っていたろう。ノーザンバラとの国境は王によって護られていると。リアが言っていた皆が穏やかに笑顔で過ごせる国を維持する事は私にはとても出来ないね。だが、それを手伝う事は出来る。皆でもう一度やりなおそう。レオン、君にも苦労をかけたね。オディリアの事もお父上の事も遡れば私の咎だ。すまなかった……。なにもかも投げ捨てても当然なのにずっとヴィルを助けてくれてありがとう」
「い、いいんです……貴方が生きていてくれて良かった」
耐えきれなくなったようにレオンハルトが嗚咽を漏らし声をあげて泣き始めた。眼鏡を机に置いてハンカチで顔を抑えて泣き続けるのをアレックスとヴィルヘルムが慰める。
それはとても心温まる、分たれ断たれてしまった過去を埋める光景だった。
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大変、モチベーションになっています。
サブタイトルは大団円ですが、もうしばらく続きますのでぜひお付き合いください。




