王の責務、父母の愛
この気持ちをどう表現したらいいのだろう。
押しつぶされそうな沈黙の中、リアムは膝に爪を立てて唇を噛み締めた。
ずっと苦しんできた。父の子ではないと陰口を叩かれ知らない大人やテオドール達から邪険にされた。
父は自分を愛してくれていたようだが、そう感じたことなど一度もない。
剣を見てもらうことも、遊んでもらったことも、優しい言葉をかけてもらったことも、その眼差しがこちらを向いていた事だってない。
正直、父が私的な事をここまで長く話すのを聞いたのは初めてだった。普段は寡黙というか、国の運営についてしか興味がないと言った態度を取り続けていた。
だから必死に勉強して父と仕事ができるよう努力してきたにすぎない。
それよりも自分に母として愛情を与えてくれていた人がアレックスがそうと睨んだ通り、母ではなかったことがショックだった。
それも、ただ望まない結婚をしたくなくて母代わりを務めてくれただけだったのだ。
そして実の母は自分を産み落としたせいで亡くなった。そもそも本人がその出産を望んだとは思えない。
ごちゃごちゃになった頭で吐き出されたのは、自らを全てを否定する言葉だった。
「僕なんて、生まれてこなかった方が良かったんだ」
「なんて事を言うの!」
顔色を変えたベアトリクスと視線を合わせられるわけもなく、俯いて続ける。
「僕のせいで、僕を産んだ母親は死んだ。あなただってしたくない結婚をしなくてもいいついでに、僕を育ててくれたにすぎないのでしょう?」
「そんなわけないでしょう!」
「ずっと面倒を見てきたから、犬猫みたいに情が湧いただけだ」
「リアム! 産まれてきたお前を見た時、全ての希望が詰まっているように感じた……。それに、ベアーテだって、不甲斐ない俺に代わって母としてお前を育てていた。だからそんな風に言わないでくれ」
「僕は別に、立派な国の立派な王位なんて興味ない! ずっと、自分の父親が誰なのか疑って生きてきた! 父上にも母上にも似ていない、宰相にそっくりだから国を乗っ取るために宰相が托卵したと言われていた! 僕はただ……父上にお前は息子だと愛情を示して欲しかったんだ!」
「リアム! 歯ぁ、食いしばりなさい!」
そう若い女の声が後ろから響き、肩を掴まれて振り向かされてばちんという音と共に右頬に衝撃と熱い痛みが走る。
そして、次の瞬間、左頬を返した手の甲で殴られる。
「ソ、フィア?」
顔をこわばらせたソフィアがいつの間にか後ろに立って、頬を張ったのだ。
「貴方はノーザンバラ帝国との国境も、戦争も知らないから立派な国なんていらないなんて言えるのよ。わたくしが産まれた頃はノーザンバラ帝国とベルニカ王国は国境を接していなかった。けれども隣国ディアーラは蹂躙され民は虐殺され、滅ぼされた。そして我が国はノーザンバラとの戦いの坩堝に叩き落とされた。同じ頃、ノーザンバラの属国と噂されていたメルシア王国が隣国キシュケーレシュタインを撃破し、ヴォラシアやルブガンドを調略してノーザンバラ帝国と挟撃してくるとの噂が広がり、皆、ディアーラのように蹂躙されることに恐れ、怯えていた。だから父は全ての民が死に絶えても国と誇りを守るために戦い抜く覚悟を決めたそうです。ですが、ジェネラルフロストと呼ばれる男の軍団によって将兵は次々に斃れ、食糧は略奪され、全ての民は食べる物にも欠き、王妃たる母ですら乳が止まったと」
ソフィアの口調は淡々としていて、いつもの毒や皮肉がまぶされていない。
だが、だからこそ彼女が心の底から自分に訴えかけたいという心持ちが伝わってくる。
「ですが、挟撃するようなそぶりを見せながら、メルシアは実際にはそれを行わずに秘密裏にベルニカに武器や食糧を援助してくれ、ノーザンバラ皇帝の暗殺を機にノーザンバラ帝国の内乱に介入し、最終的には彼らの食糧庫である穀倉地帯を奪い取り我々に管理を任せてくれました。穀物を狙うノーザンバラとの小さな戦闘はあるものの、王が出征し父と共に戦ってくれるお陰で大事にはならず、ベルニカで普通に生活できるようになりました。貴方のお父様の努力によって国境は維持されているの。そして貴方にはそれを維持する義務が生まれながらに課せられている。貴方がそれをしなければ、また皆が飢え、殺される。気の迷いでも、どんなに心に傷を負っていようとも、生まれ持った責務に砂をかける様な事を口にしないでちょうだい」
「……ごめんなさい」
潮が引く様に激情が己の中から引いていき、冷静さが帰ってきて、伏したいほどの羞恥が湧き上がる。
それでも顔を上げて、横に座った母の袖をそっと引いた。
「あの……その……取り返しが付かないほどひどい事を言いました。他人の僕を愛し、情をもってここまで育ててくれていたのは分かっています。育ててくれてありがとう。ごめんなさい。まだ母上って呼んでもいいですか?」
「もちろんよ。リアム」
ベアトリクスが涙を流してリアムを抱き締める。
「ヴィルにああ言ったのは確か。あの人仕事以外はポンコツだから言葉通りに受け取ったのだけれど、私が圧力に負けて結婚するように思えますか? オディリア様が亡くなられてひとりぼっちの貴方を見て、私が彼女に代わり、守り育てないとと思ったのです。他の誰でもない貴方の母になりたかったのよ」
「母上……ごめん、ごめんなさい」
「謝らなくていい。辛い思いをしていたのは察していた……。でも本当の事は言えなかった。貴方のお父様は本当のお父様としか言えなかったの。血は繋がっていなくても母として愛しているわ」
硬く抱き合ったリアムとベアトリクスに、柔らかな声がかけられた。
いつもお読みいただきありがとうございます。本当はワンシーンなのですが長くなったので分割しました。明日も更新の予定です。




