改竄された歴史と王家の謎
エントランスでの混乱の邂逅の後、ケインの手によって部屋を分けられ、リアム達は立派な応接室へと通され三人で待つ羽目になった。
「何か食べたいものはあります?」
胃の調子は良くなかったが、この統治領の豊かさを見せつけるように提供された菓子の数々に興味を引かれてリアムは食べたことのないフルーツをいくつか頼んだ。
ライモンドがリアムの要求に従ってそれをワゴンから取り分けると一口づつ食べて確認して手渡してくれた。
「毒味ですか?」
自分でさっさと取ったラカダンとキャラメルとチョコレートのパイを美味しそうに食べながらライモンドに質問するソフィアに男が頷く。
「大丈夫でしょうけど、一応ね」
「ライモンド、何かあった?」
確かに彼は護衛で、毒味がいなければ毒味役も兼ねる。だが、ヴィルヘルムが王権を安定させるに従って毒を盛られることも減った。
第一、幼い頃と違って充分な毒への耐性もついているから学園に入った頃から毒味などしてもらったことなどない。
それに総督府で毒が盛られたとなれば大問題になるのだから、そんなことが起こるはずもない。
「いや……ケインさんに護衛の心得についてご鞭撻いただいて反省したってわけです。分からせられたといいますか…」
言葉少なにそう言ったライモンドはリアムの器でコーヒーを一口飲むと、チョコレートを口に放り込んだ。
「毒は入ってなさそうですけど、殿下は一杯だけにしておいた方がいいでしょうね。どうせまた胃が痛んでるんでしょ?」
「……まあね。で、ライは僕たちの知らない事で知っていることはないの?」
リアムはコーヒーに口をつけた。久しぶりに飲むそれは王宮のものよりもはるかに美味しい。久しぶりの嗜好品のせいだけではなく、ディフォリアより産地が近いせいかもしれない。
「俺も胃が痛くなってきそうですよ……。そうですね。俺の推測も含めていいなら。まず、エリアス殿下やケインさんが生きていた事は俺も知りませんでした。あまり知られていないことなんですが、赤狼団は元々はメルシアのフィリーベルグ辺境伯騎士団、ケインさんとベア姐さんは最後のフィリーベルグ辺境伯の長男長女でうちの本家筋にあたります。俺の爺様はその辺境伯の弟で代官でした。当時王太子だったエリアス殿下には姫君が一人。そこに当時は絶大な力を誇っていたノーザンバラ帝国から求婚状が届きました。だがエリアス殿下はケインさんを娘の婚約者にさだめて彼を養子としてそれを断り、代わりにノーザンバラ帝国の姫君と当時第二王子だった陛下は婚姻を結んだ」
「学園では教わらない話ですわね」
「僕も知らなかった。母は詳しく話してくれなかったし。ああ、父の王妃がノーザンバラの皇女だったのは知ってる」
「実際のところメルシアが連合王国になってから、色々情報をいじって子供達には教えないようにしていますからね。
話を戻します。エリアス殿下が新大陸視察に向かう途中で亡くなり、その後その家族とキュステ公爵の妻子が亡くなった事はご存知ですよね。これは自然死じゃありません。ノーザンバラが陛下を王にし将来的に陛下と王妃の血を引く子を王位につけるために画策し、暗殺されたのです。ケインさんはそれを知って逆上し、王に刃を向けて処刑され犬の餌にされたとフィリーベルグに伝わっていました。
間接的には民族問題もありますが、ケインさんの養子から殺害までの諸々が直接の原因で陛下との溝が深まり、辺境騎士団は臣下を降り傭兵として王とは金で忠誠を売るやり取りになりました。
我々にも知らされず実は生かされていたケインさんは、どうやら赤狼と呼ばれる暗殺者になり、陛下の連合王国建国への影の功労者となった。彼の偽名を聞きましたが、ノーザンバラ皇帝の暗殺を行ったり、神聖騎士団の小隊を全滅させたのは彼ですね」
一息に話して喉が渇いたのか、水差しからライムの薄切りの入った水をコップに入れて煽ったライモンドは続けた。
「その後、産まれた王妃との娘を使って逆にノーザンバラの継承戦争にいっちょ嚙みした陛下が彼の国の穀倉地帯を分捕った後、ケインさんは護衛騎士ランス・フォスターとして用済みになった王妃と王女と共にこの統治領に渡り、王妃を殺害した。これは先ほど本人から聞きましたし、諸々考え合わせるとまあ事実でしょう」
「……あの雌犬の言っていた、王すら認めた愛し合う二人の駆け落ちも、蓋を開ければそんなものだったんですのね。ほんと馬鹿馬鹿しいこと」
吐き捨てたソフィアの気持ちもよくわかる。
メルシア王家の悲劇も、王の認めた真実の愛も蓋を開けてみれば国同士の謀略の末の血生臭い事件を口当たりよく粉飾しただけだった。
歴史とはそういう物だと分かっても薄寒い。そして、王子でありながらそれを知らなかった事がほんの少し恥ずかしい。
「ひとまずそれはおいておいて、話を続けますね。ケインさんはレジーナ殿下の護衛としてここにいるにしても、エリアス殿下を父親として生活しているのが分からないんですよね。どう思います?」
「エリアス殿下と父の間になんらかの密約があって王位を譲る代わりにレジーナを保護したとかなら分からなくもないけど、今度はなんでエリアス殿下が父に王位を譲ったのかという疑問が出てくるよね」
なぜエリアスが生きているのに父が王位を継いでいるのか分からない。メルシアは王妃の長男が王位を継ぐのが通例であり、王妃に男児がいない場合はリアムのように庶子の長男に王位が回るか、かつてのケインの立場のように、どこかから養子を取り王籍とした上で女児と娶わせ女王と王配として並び立たせる。
「ジーナを保護したのは単なる偶然だよ。必然の要素がなかったわけじゃないが。二十年前に海賊に襲われて売り飛ばされ、帰るに帰れずここに居着いたら、十年前、海亀島にジーナ達が流れ着いた。島のまとめ役だった俺のところに話が来て、二人を保護した。ヴィルは私が死んでいないことを知らないよ。君達がここに集ったのと同じ流れさ。この海域は俺が統べているから、かなりの確率で厄介ごとは俺の元に収束する。それだけの話だ」
そこでドアが開いて、エリアスが入ってきた。目の下がうっすらと腫れていたが、それすらも艶かしい。
後ろには影のようにケインと、先程エリアス達と共にいた初老の男が控えていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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前作のおさらい第二弾です。詳しくは前作をお読みいただければと思います。
前作のおさらいなので進んだ本編の次話と1話にまとめたかったのですが1話で5000字超えたので分割にしました。明日も更新しますので、よろしくお願いします。




