戴冠前夜(ヴィルヘルム)
まだ真新しいノイメルシュの新王宮。
ノーザンバラ帝国との間で国境は定まった。
メルシア連合王国の王として即位を宣言していたヴィルヘルムは、明日、フォルトルの神殿によって聖別され、神にも認められたメルシア連合王国の君主となる。
明日を考えると眠れぬ夜になりそうだ、とサミュエルを誘っての剣の稽古を終えたヴィルヘルムはため息をついた。
「馬鹿でかいため息だな。明日の主役のくせにシケたツラだ」
戦場での薄汚い無精髭姿から一転、すっきりとした益荒男になったサミュエルが軽い物言いでヴィルヘルムのことを笑った。
「頭の上に重い冠が置かれるのに浮かれ気分になれるものか。メルシアだけでも俺には重い」
ノーザンバラ帝国に対抗しうる国を作るという目標が、明日の戴冠式でついに叶う。
だが、本当は望んでいない王位だ。ここまでだって帝国への敵愾心だけで走ってきた。
いつのまにか肩に乗っていた責務は重くて竦みそうになる。
「ヴィル。こんな事を考えてみるのはどうだ? 二人で何もかも投げ出して旅に出る」
サミュエルが不意にそう提案した。思考実験にすぎなくても、それはすとんとヴィルヘルムの胸に落ちた。
「悪くない。どこに行くんだ?」
はやる心を抑えて静かに尋ねる。
「無論、南だ。寒いのはうんざりだ。外で寝ても凍死しない暑いところ一択だ」
サミュエルの言葉は明瞭だった。
戦争の間、野営は常に寒く気が滅入る活動だったから、そこには説得力がある。
「なら行きやすいのはリベルタだな」
「ほう、海賊諸島で冒険はロマンだな。エリアスの仇を打って、船をロープで渡り美姫を助け、隠されたお宝を掘り出す。海で泳ぐのもやってみたい」
「食べ物も屋台で買ったものをその場で食べる。毒とか気にせずに味の濃い奴だ」
その妄想はあまりにも甘美だった。
不意に現実にしたくなった。
「なあ……」
だが、本当に行かないか?と、言い出しかけた舌は凍りついた。
凪いで静かなサミュエルの目が、真正面からひたとヴィルヘルムを見据えていた。
「ま、そんな日は来ないがな」
自分の怯懦を見透かされて恥辱で頬が染まる。
誤魔化すように子供っぽくヴィルヘルムは言った。
「来るさ。絶対に」
それに否定はなかった。肯定もなかった。
ただその厚い戦士特有の掌が奨励するようにごく軽くヴィルヘルムの頭を二度叩いた。
「そうしたら、旅に誘ってやるさ」
それから二十年以上の時を経て、それが実現することを彼らはいまだに知らない。
燃え尽き王の再燃へ続く
MFブックスイケオジコンテスト出品作として、リアム即位後、燃え尽き症候群のヴィルヘルムがサミュエルと旅に出る話を書き始めました。
よろしくお願いします。
燃え尽き王の再燃
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