運命神はその残酷な顎で金糸雀を噛み砕く——親としてできること——
テオドール番外編、最終話です。
隣室で大騒ぎをしていたにも関わらず、まったく起きてこないマリアを一瞥して、ほんのわずかの良心の呵責とそれ以上の立腹を覚えながら荷造りをしていると寝台で身じろぎする別の気配があった。
「……パパ?」
音と明かりでクロムが起き出してきたのだ。
「クロム……起こしてしまったか」
ベッドサイドに座ってクロムを膝に乗せ、ボサボサに伸ばした髪をかきあげて梳いてやり、普段は隠している自分と瓜二つの息子の顔を見てはっとした。
あの男はエリアスの模造品として、テオの容姿に価値を見出していた。自分が逃げたらクロムはどうなるのだろう。
テオはカンテラの明かりの下で煌めくクロムの瞳を覗き込んだ。
クロムの瞳はエリアスと同じ、特殊な斑入の金緑色をしていた。絶え間なく色の変わるこの世界を全て閉じ込めたような美しさがそこにある。
クロムをぎゅっと抱きしめて唇を噛み締め、テオは涙をこらえた。
「クロム、愛している。パパはずっとお前のことを思っている。これはお守りだ。お前のことを守ってくれるから、肌身離さず持っていなさい」
身を離したテオは首にかけられるように改造した組紐の護りをクロムにかける。
「ママにも見せたらダメだよ。売るのもダメだ。いいね」
絶対に隠して、と、それを寝巻きのシャツの下に押し込むと、テオはマリアを揺すり起こした。
「おい、起きろ」
「ん……なに? さっき帰ってきて寝たばっかりなのに」
「お前のクソ親父がやらかした。奴隷島のノアが借金の取り立てに来ている」
「うそ……」
それだけで事情を察したらしい。
かたかたと震えるマリアの肩を掴んでテオは低く声をかけた。
「落ち着け。俺が借金の話はつける。お前はクロムと一緒に、この金を持って逃げろ」
テオドールは必死に貯めたなけなしの金をマリアに押し付けた。
「三人で家を出たくて貯めていた。子供と二人なら、これでしばらくやっていけるはずだ。書類をオクシデンス商会に渡すついでに事情を話して、ノアの息のかからない場所に住む場所と仕事を紹介してもらえ。この書類の賃金分で賄えるはずだ」
「これで返せばいいじゃない!」
テオは首を振った。銀貨三〇枚にはとても足りない。それにあの二人に目をつけられた以上、単に借金を返すだけではもう駄目だろう。
「でも……父さんとあなたはどうなるの?」
「お前は気にしなくていい。あいつも俺も死んだと思え」
「無理だよ。故郷から離れて小さい子と二人で生きてくのも無理だし、あなたや父さんが酷い目にあうのだってやだ」
小さく嗚咽を漏らす女をテオは抱きしめた。
ジュードはロクデナシだが、彼女はそうであるはずがなかった。
一瞬でもひどい考えに取りつかれ、またしても大きな間違いを犯しそうになったが、今回こそは間違えない。
「マリア。情に流されるな。一番大切にすべきはクロムだろ。親としてこの子を守れ」
頼む、とテオは早口で続けた。
「この子を守れるのはお前だけだ。お前なら出来る。頼んだぞ」
「わ、わかった……愛してる。テオ。話がついたら私達を追ってきて。待ってるから」
「ああ。クロムを頼む」
テオはクロムを抱き上げ、もう一度話しかけた。
「クロム、毎日の言いつけを覚えてるか?」
「顔を、特に目を見せちゃいけない」
「そうだ。いい子だ。それは絶対に守って。読み書きの練習も続けるんだぞ。いつものお手本を持って行きなさい」
「どこかに行くの?」
「そう。ママとお前は別の島にお引越し。パパはじいじとお仕事があって一緒にいられない」
ふえ、と泣きかけた息子の口を手で覆って首を振ると聡い息子はそれで何かを察したらしい。
ぎゅっと泣くのをこらえたクロムを思いを込めて抱きしめて、その耳元にこっそりと呟く。
「ママを頼むぞ。お守りは二人だけの秘密だ。いいね」
「パパ……。ぼく、ママ守るね」
健気に言った息子の背をテオはそっと撫でる。
父が自分を庇ってくれた時はこんな気持ちだったのだろうか。
あの時の父に比べて、自分はあまりにも情けない。己の子を己の腕で守る力もない。
母が泣いていた時はこんな無力感を覚えていたのだろうか。
親になって、やっと彼らの気持ちと愛情を飲み込めた。
本当は覚悟だってない。今も奴隷に堕とされることは恐ろしい。
だが、それでもこの子を不幸にするよりもずっといい。
「幸せになれ。クロム」
心からそう告げたテオはクロムを下ろしてマリアに言った。
「絶対にクロムの存在を悟らせるな。とりあえずクローゼットに隠して、俺たちが出ていって危なくなくなったら、家を出るんだ。いいな」
二人を置いてテオはノアとエミーリエのいる部屋に戻った。
「待たせたな」
「そろそろ呼びに行くつもりだったよ、アレックス」
ノアにじっとりとした口調でそう呼ばわれて、鳥肌が立った。
先程の興奮具合で薄々察していたが、呼び名一つで自分の扱いが透けて見える。
追い打ちをかけるように馴れ馴れしくしなだれかかったエミーリエが、ひそりと耳打ちしてくる。
「ノアはね、金髪の男が琥珀色の眼の女に乗られてるのを見るのが好きで、そこに混じって三人で楽しむのが趣味の変態よ。昔みたいに仲良くしましょうね」
突き飛ばしたいが、今彼らに逆らうことは出来ない。さりげなく距離をあけると不満げにエミーリエはノアに腕を絡める。かつて自分にそうしていたように。
「ノア、この後どうするの? いつもの部屋でこの人のことを飼うの?」
わざと聞かせるように言ってくるのがいやらしい。
「まずは刺青を入れる。昔ラトゥーチェ・フロレンスで彫師をしていた人間を確保した」
アレックスの偽物として奴隷の証を彫られ、テオという、なけなしの名前すら消され、自身の所有権すら己のものにならずに生かされることに乾いた笑いが漏れる。
だが、それでも……自分の子供を贄に自由に生きるよりずっとマシに違いない。
テオは二人に追い立てられるように出された古家をちらりと振り返り、前を向いた。
辺りは暗く、払暁はいまだ遥か遠いようだった。
to be continued……
season3——スラムの王子は花開く——
番外編、最後までお読みいただきありがとうございます。賛否があると思います。洋ドラの最終回的な引きですし、プロットを聞かせた人達には人の心……などと言われています。
ただ悪役令息とはいえテオドールはちゃんと反省をして、(自分の子とはいえ)他者の事を大事に出来る人間に変わったよ、という話と、変わったとて、それが彼の幸せに直結して報われるわけでもないよという話は、このその後に手をつけた以上書き切らないといけないと覚悟を決めました。
エミーリエも刑に服して償いはしていますが、それで反省したわけでもないので為人は変わらず、このエピソードだけ見ると楽しそうなので分かりづらいかもしれませんが、112話のバタフライエフェクトのケインのモノローグでいうところの最悪の人生に足を踏み入れています。
NTR王子の割と序盤から二人のこの最後は考えていて、それもあって、エミーリエの方はナレーション退場にしていました。
主人公クロムの続編に続きますが、どうしても乗り越えないといけないエピソードがあるので、心の整理がつくまで、今しばらくお待ちください。
ムーンで書いている別のBLを書き上げたいのでひとまずそちらに戻ります。
リアムとソフィアは明るく楽しく、ミシェイルや他の子供達と幸せに連合王国をおさめていきます。そちらの家族の話も別の話として書いていく予定です。
作者フォローなどでお待ちいただけると嬉しいです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
小話的な番外編を入れる可能性はありますが、リアムとテオドールの本編的な番外編はこれで最後になり、NTR王子のキャラが親世代となって、クロム達次の世代が主役の新シリーズへと移行していきます。
男娼王子とNTR王子のように一部キャラは続投していきます。
続編のモチベーションになりますので、ぜひ★★★★★で応援よろしくお願いします。
またカクヨムのサイトでも同作品を投稿しており、三度目のコンテストチャレンジで足切りの危機にあります。
カクヨムのアカウントをお持ちの方はさらりと読んでいただいて星など入れていただけるとありがたいです。




