望まぬ再会、ひび入る絆
あと2話です。よろしくお願いします。
徹夜の代書作業はつらい。
質の悪い獣脂の蝋燭しか灯がなければなおさらつらい。
だが、今書いているのはいつもの娼館の恋文ではないから、徹夜でも頑張れた。
地道に仕事をして実績を重ね、あちこちに頭も下げて、やっともらえた真っ当で給金も高いオクシデンス商会の依頼だった。
この書類が評価され継続して仕事をもらえるようになれば、気兼ねなく蓄えを使ってこの島とジュードから離れて暮らせる。
疲れ目を擦りながら明日が締め切りの書類を書きあげたところで、古家のドアが勢いよく叩かれた。
「うるさいな。酔っ払ってんのか! 夜明け前だぞ! ジュード!」
開けた瞬間、男が押し入ってきてテオドールを床に押し付けるように拘束した。
「お前がジュードの息子か?」
「義理……だが」
こういう時に下手に反発しても益がないと囚人生活からこちら、身に染みている。
素直に答えると男は外に立っていた人影に声をかけた。
「ノアさん! ジュードが言っていたのはこの男みたいです。どうです?」
ノアという名前に聞き覚えがあった。
この島と奴隷島と呼ばれる島の顔役として後ろ暗い商売をしていると有名な男だ。
男はカンテラをテオの顔に近づけ、眼鏡を奪い取って顎を掴む。
そして、色々な角度にテオの顔を動かすと歓喜の声を上げた。
「すごい! こんなにアレックスに似ているのははじめてだ!」
「アレックス? オクシデンスブルグ男爵か?」
「ああ。面影を追うぐらいは許されるだろう。エミーリエ、来てみろ。どう思う?」
知った名前を聞いてヒュッと喉が鳴った。
あの女は確かにこちらに送られているが、こんなところで、この状況で再会するはずがない。あるとしたら悪夢だ。
「あなたが似てると思うならいいんじゃない? あら? やだ、うそ!」
娼婦の服装の黒髪の女だが、眼鏡がないから顔はよく見えない。
だが甘ったるいその声には聞き覚えがあった。
「貴方、テオよね! どうしてこんなとこにいるの?」
「エミーリエ……お前こそ……」
「あなたのせいに決まってるじゃない! あなたが、なんだっけあいつ……あの取り巻きと私に罪をなすりつけて逃げたから、監獄農園に送られたんでしょ」
「は? お前がリアムに薬を盛ったからだろ。人のせいにするな!」
「大変だったのよ……看守も囚人も意地悪な人たちばっかりで、誰も助けてくれなかった! 困っているのに優しくしてくれなくて、辛い仕事ばっかりさせられて、いじめられて、我慢するしかなくて……どうしても我慢できなかった私が悪いのかもしれないけど、ちょっと逆らったら一年刑期を伸ばされたわ!」
恨み言がエミーリエの口から濁流のようにあふれだした。
監獄では誰もがつらい日々を送っていて、それこそが贖罪だ。
彼女だけが酷く扱われたわけではないはずだ。
同じような環境に置かれていたから、他責して怠け、罪を償う姿勢を見せずに揉め事を起こして彼女の刑期が伸びたのだと推測がつく。
だが、彼女の認識の中ではそうなのだろう。
「監獄農園を出た後だって、誰も助けてくれなかった。食べるのにも困るような仕事しかくれなくて、娼館でも雇ってもらえなくて、お金を借りたら結局、奴隷島で売られたわ! 全部貴方達のせいよ!」
「お門違いだ! 俺だって少ない収入で……なんとかやってる」
口ごもったのは妻子に興味を持たれたくなかったから。だが、女はそもそもこちらの言うことに耳を傾けようとしていないようだった。
「ノアが私の目が好きって言って引き取ってくれたおかげで助かったし、今はノアのおかげでとーっても幸せだから、水に流してあげる。ノアに気に入られた者同士、うまくやっていかないといけないし」
そう言ってエミーリエは琥珀色の目を歪めて笑う。
「ノア。あのね。こいつ、あなたが執着してるアレックスだっけ? その彼の従兄弟」
「それで! 借金のカタに良い金髪を上納するって言われて疑っていたが、これは銀貨三十枚以上の価値がある」
彼らの物言いは、はまりそうではまらないパズルのようで気持ち悪いが、自分がジュードの借金のかたにされると理解した。
「ジュードの借金?! 俺は関係ないだろ! あいつ自身を売りゃあいい!」
「あいつに銀貨三〇枚の価値があると思うか? 銀貨一枚の価値もない」
ノアに両手で頬を撫でられてテオドールは眉をしかめた。
「それに比べてお前は高い。ジュードは人を売りつける才がある。娘まで使って売れる人間を飼っていたその根性は悪くない」
ジュードに騙されていたのだと、冷水をぶちまけられた気持ちになる。
不満はありつつも、ささやかで満ち足りた家族の思い出にヒビが入る。
「まあ、お前が拒むならあいつの娘を奴隷にして、ハメ穴として働かせる。女房なんだろ?」
代わりの生贄がいるのなら一人で金を持って逃げれば逃げ切れるかもしれない。
昔、エリアスが言っていたではないか。この世には死んだ方がマシな苦界があると。
おそらくこれもその類のものだ。
そもそもジュードはマリアの父だし、親子で騙したのだ。
子をなしたところで自分が義父の借金を肩代わりして、生きながら地獄に落ちてやる道理はないではないか。
「わかった! だが、少し待ってくれ! その書類を届けるのを頼んでくる。オクシデンス商会の方から回ってきたやつだ! 彼らと揉めることになるぞ!」
テオドールは咄嗟に言った。ノアが頷き、拘束が緩む。
眼鏡も返してもらってテオは書類をまとめ、カンテラを借りて隣室に行き、二重底にした箱からへそくりを取り出した。
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