鉱山のカナリア3
お読みいただきありがとうございます。3話目です。
本日完結まで更新予定。
一同は再び二列で食堂に移動し、配給の列に並んでいつもよりわずかばかり豪華な夕食が行き渡った。
テオドールは決められた席に座って、ぼんやりと目の前に置かれたいつものクズ野菜と肉の浮いた薄いスープ、とうもろこしの粉で作られたパン、それに今日だけのごちそうである塊肉と酒の入ったカップを眺めた。
恩赦組として列の最後で受け取り、特に硬く小さな部分にされた肉を見つめながら看守の言葉を反芻していた。
腹が減っているはずなのにスプーンが進まない。恩赦と言われるまであんなに楽しみにしていた肉にすら手を伸ばす気にもなれない。
「肉、食わねえのか?? 食っていいか?」
人のことを学者と呼ぶ男が、手をつけていなかったテオドールの肉に手を伸ばした。
私語が過ぎれば殴られるが、食事の場はわずかばかりの憩いだから、軽いやり取りならば看守も黙認してくれる。
「ああ……」
「ありがとよ。しかしお前も歯抜けもいなくなると困るなぁ。散々助けられてきたからよ」
「そうか」
「看守のところから手紙を持ってくる奴も、文字を読める奴もいなくなるわけだろ」
何を言われているか認識もできず、適当に相槌を打っていると別の男が話に割り込んできた。
「なに、二人ともすぐに戻ってくるさ。そういや歯抜けは強盗にしても、学者は何やらかしてぶち込まれてたんだ?」
「そういや、番号に二四六がついてるの、こいつだけだよな」
「おい、なにやったんだ? カナリア」
「ああ……うん」
テオドールは気もそぞろに、ぼんやりと返した。ここから出られることに現実感がない。
現実感がないから喜びよりも不安が強くなっていく。
テオドールは外の世界を知らない。
カナリアという呼び名は気に入らないが、的は射ている。
銀の匙を咥えて生まれ、一八歳まで温室で育ち、そのままこの鉱山に囚人として収監された。
働いた経験はあるが規則に従って動くばかりで、自活したことはない。カゴの外を知らない小鳥のようなものなのだ。
「あー、ダメだ。こいつすっかり呆けてやがる」
「そりゃそうだ。俺だって実感がない」
「なら、お前も肉、よこせよ。歯抜け。ますます歯がなくなるぜ」
「抜けたら酒で消毒するさ。なあ、カナリア、酒も飲まねえのか?」
「皆で分けてくれ。餞別だ」
「おいやめろよ、飲んじまった俺がシャバ僧みたいだ」
「お前は元々シャバいだろ? 学者! ありがとな!」
酒も飲む気になれずに皆に分けてやり、いつもの薄いスープと硬いパンだけで食事を済ませたテオドールは食器を片付けた。
◆◆◆
テオドールは看守に声をかけて、出獄手続きのために看守長の部屋に行った。
椅子に座るように命じられてそれに従うと、看守長がテオドールの前に二枚の書類と皮袋を出した。
「二四六〇一番、中身は自分で確認できるな?」
看守長は自分が文字を読めることを知っている。
テオドールは頷いて鉱山カンテラの明かり頼りの薄暗い部屋の中、質の悪い紙に掠れたインクで書かれた内容を確認した。
一枚目は出所にあたっての誓約書で、再犯の場合の懲罰が書いてあった。おそらく全員同じものを提示されるのだろう。
署名欄に署名し、二枚目の紙を手に取って、中を確認してその両端を持つ手が知らず震えた。
「両親不明のテオ……」
渡されたのは自分の出生証明兼出獄証明だった。名前はテオ。キュステ産まれの孤児。
王族であることはもちろん、両親との繋がりも消されていた。
そして追記としてディフォリア大陸への渡航禁止も明示されていた。大陸間を移動する時は身分証を見せなくてはいけないから、もう二度と故郷の土を踏む事はできないのだ。
こういう折に触れて、自分のしでかしたことの愚かさと重さと取り返しのつかなさを突きつけられる。
「お前は仮赦免のような物だ。シャバで何かやらかせば有無を言わさずここに逆戻りだと肝に銘じろ。それとこれはこれまでの懲役に対する慈悲だ。中を確認してサインを」
サインして受け取った皮袋の中身は銀貨一枚と小銀貨と銅貨類が混ざったもので、全部で2000ターラ入っていた。
十二年の懲役で渡される金額として安いのか高いのかは分からないが、これで食い繋ぐ間に仕事を見つけて、生活を立て直せという意味もあるのだろう。
「看守長……お願いがあるのですが、これで、坑道に入る時いつも一緒だったカナリアを購えないでしょうか? ずっと彼女に助けられてきたんです」
おそらくは相場よりも相当高いのだろう。一枚だけ入っていた銀貨を差し出して頭を下げると看守長は躊躇もなく銀貨を受け取った。
「一匹なら構わないが……ところでテオ。鳴くカナリアはオスだぞ。ここにいるカナリアは皆オスだ」
「はじめて、知りました」
ずっと雄のカナリアに女の名をつけていたのか。昔も今も自分は間抜けのままだと、テオドールは自嘲の半笑いを浮かべる。
「坑道の見張り番に伝えておくから、出発する時に受け取りなさい」
「ありがとうございます」
実はオスであろうとも相棒には変わらない。テオドールは看守長の厚意に深く頭を下げた。
◆◆◆
この鉱山の風呂は、山から湧き出る熱い排水をポンプで汲み上げたものを露天に引き込んだもので絶えず暖かな湯を湛えている。
普段は他の囚人達と押し合いで入り、たいして汚れも落とせない烏の行水になるのだが、今日ここが使えるのは恩赦を受けた人間だけだ。
その他の彼らもまだやってこないから、広い浴槽を独り占めだ。
文字が読めたおかげで面談時間も短かったのだろう。文字が読めない囚人には看守が誓約書を読んで聞かせて、サインが出来ないなら血判を押させなくてはいけないからだ。
汚れを落として湯船に入り、縁に腕をかけて天を見上げる。
鉱山の湧水は山の中では厄介者だが、こうやって暖かな湯としてつかえるのは嬉しいし、浴槽でゆったりと体を伸ばして空を見上げることが出来るのも嬉しい。
ここでは視線は常に下を向き、虫のように地を這って生きていた。
坑道の中でたまに上を見上げても、看守の厳つい顔か荒く掘られた岩盤があるだけで、外に出る時間には天を見上げようと思う余裕も気力もなくなっていた。
久しぶりに見る天の星々は零れ落ちそうなほど眩しく煙って、そして遥かに高い。
そっと手を伸ばしてみるが掴めるはずもなく、テオドールは手を下ろした。
かつて、自分は星のように輝かしき人生を送っていた。
俯いて枯れ葉のように地面に張り付き、虫のように生きてきたのはリアムの方だった。
だから愚かな自分は、増長した自分は、彼のものを自分が奪っていいものだと思い込んだ。
太陽に手を伸ばして地に堕ちた。
夜鷹と違って星にすらなれなかった。
今やリアムは連合王国を遍く照らす国王になり、自分は前科者の平民だ。
長年の囚人生活でリアムに対する恨みや嫉みは消え失せて、ただ己の愚かさだけが身に沁みる。
「ああ……この空には、知っている星がないな」
かつて見た星々とは全く違う星の連なりに、テオドールはもう二度と戻れぬ故郷を、そしてそこに残る人々のことを思い返し、空を見上げたまま静かに泣いた。
お読みいただきありがとうございます。
テオドールの囚人番号はメタ的にはオマージュなのですが、246が大逆、その1番目で24601です。
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カクヨムの方は最終話までアップされています。(なろう版は修正を細かに入れています)
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