2サイト合計40万PVお礼ハロウィン短編
「ランタン祭?」
ソフィアに聞き返されたリアムは答えた。
「魔物や幽霊の格好をして、手作りのランタンを作って街を練り歩いて神殿で賛美歌を歌うと菓子をもらえる祭だよ。ベルニカにはなかった?」
「同じ時期の似たような祭だとハロウィンかしら。領都の辺りはトリックオアトリートと子供が言って、大人がお菓子を与えます」
「与えないと……」
「イタズラをされます。人によってはトリックオアトリックと言って最初から」
「オリヴェルか」
「オリヴェルだね」
「オリィ兄様です。あれはたまたまハロウィンに地方の村に行った時のこと……。儀式で使うために隠されていた編み人形の中に入れられました。聖なる籠を儀式の前に穢したと怒った村人にオリィ兄様も人形の中に突っ込まれ、松明を手にした彼らに囲まれた時は死を覚悟しました」
「待って! それ、異教の生贄の儀式だね?!」
「辺境の村の話ですわ」
「こわいこわいこわい! 違う種類の祝祭が始まっちゃう! ランタン祭の話をしよう!」
「ここからが面白いのですけど?」
「いやいや、僕の歌を聞いてほしい! 神聖皇国語で歌うんだ」
リアムが正確な神聖皇国語で讃美歌を歌ってみせると、ほんの少し残念そうな表情をしていたソフィアは口元を押さえて心の底から感心したように言った。
「すごいですわね。私には発音が難しくて」
「これだけはどの子も歌えるよ。ライモンドも歌えるよね?」
「歌えないと菓子がもらえないですからね。何度もやり直しをさせるんです。三歳の時に泣きながら歌った記憶がありますね」
「だからすごい練習するんだ。まあ僕は一回しか行けなかったけど、母上とこっそり街に行って、お菓子をもらって、屋台で食事をとって楽しかったな」
それを聞いた瞬間ソフィアの瞳が輝き、かたわらに控えていたライモンドの眉間に皺が寄った。
「やめてくださいよ」
「リアム、お忍びで行きましょう!」
「あっ……無視かぁ」
「警備も大変だし、仕事の調整もあるしさすがに……」
「なら、お父様に護衛を頼みましょう」
公爵位をさっさとイェルドに譲ったサミュエルは離宮の一室を我が物のようにして生活している。
「いやいやいや、それ当社比五倍ぐらい問題起きるから!」
「街を歩いて、実際の問題を見て回るのも大切だと思いますの」
「行きたいだけだろ。王太子妃って立場を忘れるな」
「私も、もう子供ではありませんわ。分かりました……ダメ元で言ってみただけです」
学園祭の時にあった出来事を理解しているから、ライモンドに止められたソフィアはそれ以上のごり押しをしなかった。
自分達に気づかれないように肩を落としたソフィアを見て、つきりとリアムの心が痛んだ。
「ねぇ、ジョヴァンニ。来週、レジーナとランタン祭行きたくない?」
宰相補佐官の肩書きで仕事をしてるジョヴァンニは顔を上げずに書類を書き切り、自分に回しながら、ついでのように口を開いた。
「行くことになってます。休みの申請通ってないとか言わないでくださいよ。レジーナと大公閣下達と行くんですから」
「大公閣下達!……ってことはケインさんもだよね! あのさ、僕達も」
「デートにこれ以上邪魔が入るのはちょっと」
「ライモンドが許してくれないんだけど、ケインさんがいるなら」
「皆で行きましょうよ! ユルゲンとアネットも誘ったらきっと楽しいわ!」
ちょうど良いタイミングで、レジーナが部屋に入ってきた。
「ジーナはそれでいいの?」
少し拗ねたように尋ねたジョヴァンニにレジーナは輝く笑顔を見せる。
「私、お祭りにお友達と行くのが夢だったの! それに……」
こそりと、レジーナはジョヴァンニに耳打ちする。
「人数が増えたら保護者を撒けるかもしれないわ」
しっかりと聞こえてしまったし、ケインがそんな不手際をするはずもないのだが、こちらとしても都合がいい。
「ジョヴァンニ。頼む。ランタン祭の休みは公務にしていいからさ」
重ねて頼み込むとジョヴァンニはわざとらしく咳払いをする。
「分かりました。殿下が押さえてるオペラのボックス席一回でなんとかしましょう」
「興味ないんじゃなかったの? 芝居とかそういうやつ」
学生時代の文化交流祭の時に優等生らしいつまらない企画としれっと腐したのを忘れてはいない。
「インテリオ公に連れて行かれたら面白かったので、レジーナと一緒に行きたいなって」
大公や公爵の伝手を使うと面倒だから、とこぼしつつもレジーナと視線を合わせて幸せそうな表情を見せたジョヴァンニに、リアムは大千穐楽のチケットを譲ると約束した。
ランタン祭当日。
魔物の衣装に着替えるために、リアムとソフィアはオクシデンス商会に赴いた。
「ソフィアとアネットはあっちよ。いろいろ用意してあるから好きなのを選んできなさい。男共はそっちよ」
ものすごい露出度にアレンジされた近衛の制服を身につけたデイジーに目を剥く暇もなく、男性用衣装部屋に放り込まれた三人を待っていたのはすでに衣装を身につけたケインとジョヴァンニだった。
「ぶっ……! 義父上……よ、よくお似合いで」
見た瞬間に噴き出しかけたライモンドにケインが剣呑な笑みを見せる。
「ライモンド、ユルゲン。お前らもこれだ」
「えっ?! 選択肢は?!」
「貴様らは護衛だ。ごてごてした飾りをつけるべきじゃあない」
「ぐっ……正論で殴られた。分かりました。俺は殿下とアネットの犬になります」
「ユルゲン! 言い方!」
そう。ケインが身につけていたのは、人狼の犬耳と犬の尻尾だ。
かくして6フィートオーバーの大型犬三人組が出来上がった。3匹組というのが正しいのだろうか。
耳と尻尾は可愛らしいが威圧感は拭いきれない。
「アレックスさんは?」
「別の部屋でまだ化粧中だ」
何をやるのだろう。ケインと対になる吸血鬼や女装的なものだろうか。
「ああ、それとすまない……先に謝っておく。さ、二人とも衣装を選ぶといい」
「ちょっとなんですか?! なんで謝ったか教えてください」
「じきに分かる。先に着替えてしまうといい」
「嫌な予感しかしない……!」
ケインが教えてくれるはずもなく、気分を変えて着替えを選ぶが決まらない。
悩むリアムを差し置いてジョヴァンニは海賊の衣装に着替えはじめた。
この迷いのなさは事前に決めていたのかもしれない。
「魔女とかどうです?」
悩んでいるとユルゲンに冗談めかして女装を勧められた。
「いや女装はちょっと」
「似合うと思いますけど」
「おい、リアム。司祭と吸血鬼。どちらがいい?」
「あ! 司祭! 司祭にします!」
リアムはそこにさらりと出されたケインの助け舟に乗った。
「アネット!! まさか君が月と狩りの女神の衣装を選んでくれるなんて……!」
「狼に気をつけろよ。アネット」
茶化すジョヴァンニを軽く押してどかし、ユルゲンは感極まったようにアネットの手を取った。
「こういう格好は、お二人の方が似合うと思ったんですけど……」
「とんでもない、似合ってるよ!」
「レジーナは……ん? 普段着??」
レジーナはリベルタで着ていた服を身に着けていた。
開襟のシャツにコルセット。その上に古めかしいジュストコールを引っ掛けて三角帽子を被っている。
「普段着じゃありません! 海賊よ! ジョヴァンニとあわせたの。ジョヴァンニにリベルタでの話をしたら見てみたいっていわれて」
「オレはリベルタのジーナを知らないので」
「なるほど、それで海賊か」
「使うか? ほら、これでよし」
ライモンドがすかさず革の眼帯をレジーナに渡して、自分は布のそれを巻く。
「で、ソフィアは」
振り返った瞬間に、リアムは言葉を失った。
「義父上?!」
「そんなに似てます?? 竜殺しの英雄ベルニカの仮装なのですけど」
ソフィアはベルニカ公爵の正装によく似た服に毛皮の裏打ちのあるマント、大剣を手に持っている。
「いや……似すぎてて」
「着替えますわ」
「いや。ごめん。似合ってる! 気にしないで。義父上に似てるってだけ!」
「似ているか?? 俺はイケメンだが、ソフィアちゃんはかわいかろ?」
低い声がそこに響いた。サミュエルの声だ。
「ちちうえ?! なっなんですの! その格好!?」
「尼僧だ!」
「似ているのが腹立たしい!!」
「夢に見そう……」
誰かの言葉が場に響いたが、全員が同じ気持ちだったと思う。
「こういう時でないと面白い格好はできないからな!」
「というか、どうしてここに?」
「こーんな面白そうな祭、同行しない手はなかろう」
なるほど、ケインのさきほどの謝罪はこれか。
「俺はジーナとケインと過ごしたかったんだがな」
「エリアス殿下?!」
「大公閣下?!?!」
「アレックスと呼んでくれ」
そこには地味でもっさりとした海賊の男が立っている。
化粧と言っていたから華やかな物を予想していたのだが、この彼が来たのは予想外だ。
「一緒に尼僧をやろうと言ったのに振られちまった」
「目立たないのが一番だからね。さ、皆揃った。行こうじゃないか」
かくしてランタン祭に繰り出した一行は、楽しい一日を過ごすことができた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
40万PVお礼ハロウィン短編です。
祭に行ったところはご想像にお任せしますというか、長くなってしまって本日中にどうにもならなかったので省略しております…オチとかあんまりないお祭に行くまでのふわふわしたものが書きたかったのです。
ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっていますので、★★★★★で応援いただければと思います。
またムーンで新作始めていますので、よろしければそちらもお付き合いください。




