新たなる門出の日4
本日2話目の更新になります
「リアム・オディール・トレヴィラス殿下、ソフィア・ベルグラード、ベルニカ公爵令嬢」
ソフィアと二人でにこやかに微笑みながら会場に入ったリアムは、彼女を所定の席までエスコートした後に、一段高い壇上へと進む。
そして、段下に並ぶ生徒たちへと振り向いた。
整然と並んだ卒業生とそのパートナーの顔には将来の不安と期待が浮かび、ここから社会へと出て行く緊張感が漂っている。
「先輩方、卒業おめでとうございます。まずは学生会会長であり本日の主賓であるリアム殿下から卒業生を代表し、ご挨拶いただきます」
司会進行のディオンが事前の進行通りに司会を始めた。
リアムは学生達の顔を見回し、来賓と教師に黙礼し、視線を正面に戻した。
「在校生の皆さんに卒業を祝っていただき、このような素晴らしい会を催していただける事、大変ありがたく、卒業生を代表してお礼とご挨拶を申し上げます。我が連合王国の歴史はノーザンバラ帝国との戦いの歴史です。今年度はその歴史の一行に綴られる痛ましい事件がこの学園内で起きてしまいました。それを乗り越え、卒業を寿ぐ催しが開催の運びになったことを大変喜ばしく思います」
そう言って来賓と教師にリアムは頭を下げる。
教師の中に眼帯のライモンドと車椅子に乗ったローレンスの姿を確認し、ついでにあくびを噛み殺したオリヴェルを目の端で捉えた。
「こうやって僕達が無事に生きて卒業を迎えられたのは皆様一人一人の協力に基づいた整然とした避難行動の結果であった事はもちろん、先生方と本日お越しいただきましたリベルタ大公とフィリーベルグ公爵の御尽力の賜物です。事件の際に重い怪我を負われ、あるいは犠牲となった方への哀悼と感謝をこの場をお借りし、学生を代表して申し上げます。我々は在学中の教えを胸に、事件を糧に、これからの道行を考え、人生を歩んでいきたいと思います」
リアムは生徒代表として、また個人として精一杯の気持ちを込めて皆に話しかけた。
深く礼をとって謝辞を伝え、今後の抱負を語ると挨拶を結んで校長に場所を代わる。
リアムの代わりに壇の中心に立ったガイヤール校長は小さく礼をした後、言い放った。
「卒業おめでとうございます。私の話は無価値ですので以上で終わります。その分来賓のエリアス殿下の祝辞で耳を癒し、寿命を伸ばし、人生の素晴らしさを学んでください」
やりやがったこの野郎、が校長の人となりを知る人間全ての感想だ。オリヴェルは腹を抱えて笑っているし、エリアスは眉間をつまんで俯いた。
ケインはため息をついている。
そしてディオンが怒りの表情で進行表を握りつぶすのが見えた。計算してあった進行を覆されたのだ。同じことをされたらと考えれば、リアムの胃も痛む。
校長に押されて登壇したエリアスがほんの少し困ったように微笑みながら皆を一瞥した後に、ディオンに視線を送るのが見えた。
「長く話をするつもりはなかったが、時間を譲られてしまった以上、君達の卒業にあたってなにか話をするべきかな?」
壇上でエリアスが話し始めた途端に、会場が水を打ったように静まり全ての視線が彼に注がれる。
ディオンはエリアスの視線の意図に気がついたらしく指で長くと示して、数字の5を作る。
そこから話をはじめたエリアスのスピーチは実に見事だった。
リアムの謝辞を元に話を組み立て、レジーナのために釘を刺すのも忘れず、お互いへの親愛と協力の尊さを呼びかけ、ほどよい感銘を与える話を時計を見ずにほぼ五分話して、優雅に礼を取って万雷の拍手と共に壇を降りた。
続くケインは壇上に登る前にディオンに話しかけて時間を確認し、にこやかな作り笑顔で無難な祝辞を述べる。実際に助けられた人間以外は彼があの場の敵対勢力のかなりの数を一人で屠ったなどと思わないだろう。
さておき、二人が入れた調整で進行はなんとか正常に戻ったらしい。
穏やかな表情を取り戻したディオンが今後の予定を生徒に告げた。
「一時間後よりこちらのホールでダンスを行います。それまでの間、食事のご用意もありますので、別室での歓談と交流をお楽しみください」
生徒達はそれぞれ思い出話に盛り上がりながら隣の会場に移動していく。
これから式典用に組まれた壇や席を急いで片して舞踏会場にする為、ディオン達学生会のメンバーは息つく暇もないのだが……。
「クソ親父! 馬鹿校長! このバカ! 三分取ってあったんだぞ。五秒で祝辞終わらせるとかないから!」
「結果オーライでしょ。ディオン君。皆感銘を受けてたじゃないですか。私のつまんない話は来年以降もちょいちょいする必要ありますけど、エリアス殿下からこうしてお話を賜れる機会なんてそうそうないんですからね! もっと感動に打ち震えてください! 素晴らしかったでしょ?」
「息子に迷惑をかけるなよ。ヴァンサン」
「あ、エリアス様! 先程は素晴らしいお話ありがとうございました。私、感動の涙が止まりませんでした!」
「先程はコレの不始末をフォローしていただきありがとうございます。ところで不躾ではありますけど、このゴミ、リベルタに送っていただくことはできませんか?」
そつなく頭を下げながらも不穏なことをディオンはエリアスに申し出ていてリアムは苦笑した。
「ディオン君、やめてくださいよ! パパはエリアス殿下と君のいるこっちに居たいんです! 本当なら責任取る体で校長職を辞して殿下に雇っていただく予定だったのに、ならリベルタで仕事しろなんて言うから涙を飲んで辞任しなかったのに!」
校長は譴責のみで地位を保持された。生徒に犠牲が出ず、彼らの情報も守られたからだ。
「おいディオン、さっさと壇の撤収をいれないと時間がヤバいぞ。あと来賓を立たせとくな。校長、お二人を案内願います」
ライモンドがそこでディオンに声をかけた。彼も自分の卒業にあわせて退職予定だが、一、二年生の授業を受け持っていることもあり、今年度いっぱいは学園の教師として残ることになっている。
ライモンドの声かけで学生会役員達がバタバタと動き出したのを機に、リアムはライモンドに話しかけた。
今日の彼は学生会の顧問として立ち回っていたから、話す機会がなかったのだ。
「ライモンド、忙しいところごめん。三年間ありがとう。改めて感謝を。君がいなければ僕達は今ここにいない」
「あの時いただいた飴もスープも私にとって特別な思い出です。私からも心からの感謝を」
「どういたしまして。あの野花ちゃんと毒舌令嬢が変われば変わるもんだ」
同じような事を考えていたらしい。懐かしげに目を細めたライモンドは感慨深く呟いた。
「二人とも、立派になって、大人になって自信もついて……。俺は感無量だ」
「やっぱり、ライモンドはリベルタのお母様ですわね」
「こんな強面のおかんがいるか! ってか、まだそれを引っ張るのかよ!」
ソフィアの言葉に三人で屈託なく笑いあう。
ライモンドが最初にそれを収めてリアムに手を差し出した。
「学園はお互い卒業ですけど、母に祖父がくたばるまでは殿下の麾下で研鑽を積むように言われています。これからは側近としてよろしくお願いします。殿下」
「心強いよ。ライモンド」
リアムはその頼りになる手をしっかりと握りしめた。
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