罪を鑑みる者、憐れむ者
かくしてレジーナの無罪が確定し、テオドールの裁定の時が来た。
査問会の時は両親が自分を抱きしめ、矜持も何もかも投げ捨てて頭を下げて助けてくれたが、今は父に見捨てられ、母は無力だ。
テオドールはなすすべもなく、公正で無慈悲な音をかしゃりと立てながら黄と赤の札が投げ込まれていくのを見つめるしかなかった。
青札が一枚もない呵責の堆積はテオドールの心に絶望と問いかけを積み上げる。
八人の陪審による黄札と赤札の数は4対4。王の採決にテオドールの命運は委ねられた。
どこで間違って、なぜ今ここにいるのだろう。なぜ、命をもって贖わなくてはいけない罪に問われているのだろう。
自己への問いはあまりにも幼く、あまりにも遅い。
「どこで……? 僕はどこで間違ったんだ」
離れてしまったレジーナを体で繋ごうとした。
アッシェンの耳触りのいい囁きに呑まれて彼女の忠告を聞かなかった。
レジーナと恋人同士になった。
学校に復帰してレジーナを庇った。
レジーナとディクソン商会で出会った。
レジーナとの関係がなければこんなことにはなっていなかったのではと再び考えて、そこではないと自覚する。
レジーナの事がなくてもノーザンバラ帝国は自分に声をかけてきただろう。
自分とリアム、そしてソフィアとの諍いは彼らにとってつけこみやすい分断だった。
テオドールはリアムとの殴り合いを振り返り、査問会で父と母に頭を下げてもらった時のことを思い出した。
あの査問会で誰よりも嫌いなリアムとソフィアに頭を下げて謝罪した。
ソフィアに腹を蹴られ、その後赤狼団やディクソン商会の下働きで煮湯を飲み込み、罪は雪がれたと思っていた。
ここまでの罰を受けたのだから、ちゃんと謝ったのだから、本来なら許されて当然だと思っていた。
だがテオドールは謝ってはいても、罰の中にあっても、決して己を省みてはいなかった。反省なき謝罪は自分にとっても彼らにとっても意味がなかった。
ここに至るまで自分の犯した罪に無自覚であるなど、あってはいけない事だった。
「国王陛下。僕は……全ての罪を認めます。レジーナ。君の言葉に耳を貸すべきだった。リアム、お前の言うとおり、僕は救いようのない馬鹿だ。ベルニカ公、令嬢に僕はひどい態度を取り続け、婚約者として一度たりとて真摯ではなかったとお詫びをお伝えください。母上。ごめんなさい。愚かな息子のことは忘れて心穏やかにお過ごしください。そして父上。僕を除籍し、爵位の返上を取り消してください。僕のために爵位を捨てる必要なんてない」
一人一人に丁寧に頭を下げる。
謝罪とは己が許されるためにすることではない。
自らを省み、相手の気持ちを慮り、許されないとわかってなお、犯した罪で傷つけた相手の心をいたわるためにせめても頭を下げることだ。
テオドールはここに来てやっとそれができた。己の罪を鑑みることができた。
だが、そんな彼の自省など、裁定の場に足を踏み入れた時点で何の意味もない。
重く沈黙する他者からは、罪を軽くしたい、死にたくないから今更殊勝に見せているんだろう、という疑念が渦まいている。
テオドールは王に向かってもう一度、丁寧に頭を下げる。
「どのような結果でも、真摯に受け入れます。このたびは赦されざる大事件を起こし申し訳ありませんでした」
「裁定を、申し渡す」
巌のように揺れることのない王の声が場に響き渡る。だが、その続きを静かな声が遮った。
「国王陛下に奏上申し上げます。彼に罪があるのは覆りません。覆したくもありません。ですが、今の彼の態度や言葉は今まで受けたことのある上辺だけの謝罪と明らかに違います。ですから、彼の命に対しては温情をおかけいただけないでしょうか?」
テオドールはその発言者を呆然と見た。
優しげな顔に慈悲と本物の憐憫をたたえ、罪を糾弾する側の席から手を差し伸べて来たのは、最もテオドールを疑い、自分の死を望むと思っていた少年だった。
「リアム……」
その名を呼ぶと、リアムはテオドールと視線を合わせた。
「死んだら起こしたことへのけじめにはなるのかもしれない。でも、今の君は罪を悔いてみえる。だから、生きて償って欲しい」
その言葉が、そこに込められた憐憫が、心からの善意と慈悲から出ていると分かる。
だからこそそれはテオドールの胸を、いや、この場にいるほとんどの人間の胸の裡を打った。
「リア。君の息子は誰よりも慈しみ深く育っている……」
エリアスが誰に訊かせるでもなく呟き、その唇を読んだヴィルヘルムは誤魔化すように眉間を揉んだ。
そしてレジーナはすでに覆りようのない状況でようやっと自分がかつて愛したテオドールの一面が出てきた事に哀しみを抱いた。
「コンラート・トレヴィラスの息子テオドール。裁定を申し渡す。そなたは前回査問にかけられ執行を猶予されているため、その罪状も加えて判ずる。ノーザンバラの人間と結託し、連合王国に損害を与えた事は赦されざる罪である。出生に遡って王籍から記録を抹消し、神与の名も併せて破棄とする。出来る限りの減免をもってしても本来は死罪相当の罪だ。だが、お前は年若く心も未熟だった。ゆえに王太子の生きて償うべきだという意見に私は共感する」
裁定を申し渡す、と、その場に相応しく声低く再度告げてヴィルヘルムは判決を響き渡らせた。
「リベルタ大陸、ビュート鉱山での無期懲役とする」
テオドールは落涙しながら頭を垂れて王の裁定を受け入れた。
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次話よりエピローグ的なエンディングに入っていきます。ここまで書き切ることができたのも皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。
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