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評決の時

 法務長官が握りつぶしていた資料の写しを陪審が無事回覧して、改めて審議を尽くしたのち。


「評決をおこない、採決をくだす」


 槌の音に続いて響いた声に、皆が裁判長であるヴィルヘルムに意識を集中させた。


「キュステ公より申し入れのあった爵位の返還についてはそれを受け入れる」


 瞬間椅子から転がり落ち、組み木の床で青ざめて震えるテオドールを監視の近衛騎士が支えて木の椅子に座らせ直す。

 それを待ってヴィルヘルムが言葉を続けた。


「ただし、テオドール。裁定まではお前をこの裁判を非公開にした理由でもある『メルシア王家の血を汲む未成年』として扱う」


「え……??」


「死罪の判決となれば、王家の子供を衆人環視で処刑することになる。それによって王の権威に傷がつくことを私は良しとしない。叔父上、よろしいですね」


「ああ……厚情を感謝する」


 ぐっと、拳を握りしめたコンラートが立ち上がって小さく頭を下げた。

ノーザンバラに与した愚かな嫡子を許しがたいという気持ちと、それでもなおわずかに残る情という相反する思いが、わずかに前のめりになって枯れた姿に現れている。


 テオドールの頬のカーブをいく筋もの涙がこぼれ落ちた。死の恐怖はまだ彼を支配しているようだが、衆人の前で貶められ好奇と嗜虐の中処刑される恐ろしさはまたそれとは別のものだし、父親の葛藤を見て胸をつく何かがあるのだろう。


「まず、レジーナ・トレヴィラスのライモンド・シュミットメイヤー暗殺未遂および、大逆罪について。陪審よ、定められた順にその手の中の札を一枚、皿に投じよ。死罪は赤札。有罪だが死罪にあたらないと考えるのであれば黄札、無罪ならば青札を」


 ヴィルヘルムの低い声が雷鳴のように場に響き、その後、静かだが異様に張り詰めた空気が場に満ちた。

 レジーナは美しい姿勢を保って背もたれのない椅子に腰掛け、アレックスは彼女に寄り添った。

 両手を祈りの形に組んでリアムは皿に視線を定め、ベアトリクスが爪先一つ分立ち位置を変え、ライモンドは眼帯と肌の境目をそっと抑える。

 向けられた当人であるリアムは気づかなかったが、ケインは鋭い目をリアムに向けている。

 皿を捧げ持った侍従が陪審の前に立ち、そこに下位の侯爵から鮮やかな色の陶板を皿に投じていく。

 かしゃり、という陶器同士が小さくぶつかりあう音と共に入れられた1枚目の板は青で、ヴィルヘルムが小さく息をついた。

 次に北方出身の淡い金髪の侯爵が黄色の札を皿に入れ、部屋の空気が張り詰める。

 三枚目もそれに続くように黄色が入り、四人目の侯爵が青札を入れた。


「ガイヤール親子からも詳細を聞いている」


 五人目であるルブガンド公爵は迷わず青札を入れた。だが、続いたヴォラシア公爵は黄札を投入する。


「姪のエミーリエの事件の際の処断を考えれば、レジーナ姫を無罪にというわけにはいかぬだろう」


 有罪の札が増えることによって、場内は重い空気に包まれる。だが、インテリオ公、ベルニカ公の入れた二枚の札によってその空気は打ち払われた。


「レジーナ姫と同じ立場に立ったことがあり、レジーナ姫は巻き込まれただけと判断する」


「事情は汲んでいる。当然だな」


 その一言の元に投じられた二枚の青札によって王の裁定をまたず、レジーナの無罪が確定された。

 アレックスは立ち上がって天を仰いで顔を覆い、去来する喜びに打ち震えた後、近衛騎士にレジーナの鎖を外すように求めた。


「レジーナ……本当に……良かった」


「パパ……ごめんなさい。ありがとう」


 ヴィルヘルムの許可によって頚城から外されたレジーナとアレックスはためらいがちに抱き合った。

 待ち望んでいたその光景に心温まる間もなく、ベアトリクスが突然椅子から崩れ落ちてリアムは慌てて母を支えた。


「母上! 大丈夫ですか?!」


「ごめん、なさい。気が……抜けただけだから大丈夫よ」


 ベアトリクスは暗殺の危険や差別を跳ね返してリアムをここまで育ててくれた女傑だ。

 単なるレジーナの判決で倒れるとは思えない。

 と、首を傾げたその一瞬の隙にリアムのうなじをケインが軽く叩いた。


「なに、姉上は優しいからな。倒れるほどレジーナの事を心配してくれただけだろう」


 急な衝撃に振り返った時に目に入ったケインとライモンド二人の表情と位置どり、そして視線を戻した先の母の蒼白な顔色や、リアムが首筋を叩かれた瞬間、泡を食った顔で立ち上がった父の様子でリアムは色々察したが、あえてそれを口に出さなかった。

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