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赤狼の民として

「えーと、アレックスさんと陛下のお二人がレジーナ殿下の件で揉めて、万が一レジーナ殿下が有罪になった場合、ケインさんがリアム殿下を殺すと」


 ライモンドは盛大にむせた口元を拭って、ゆっくりと飲み物を一口飲み下した後、ベアトリクスに確認を取った。

  

「ええ。そう。レジーナの罪が確定した場合、即座にリアムを討ち取ろうとする可能性が高いので、貴方にはケインを止めてもらいたいのです」


「無理ですよ。あの人、毒に冒されてたとはいえ俺がボコボコにやられたあのナザロフを、赤子の手をひねるかのごとく倒したんですよ」


 視界は半分潰れ意識が朦朧としていたから記憶は薄いが、彼がナザロフを圧倒していたことだけは覚えている。

 ケインは、ライモンドの中に今だにこびりついた苦い敗北のさらに上にいる存在だ。


「普通に立ち向かえば勝ちようがないのは分かっています。ベネディクト叔父様もベルニカ公も今のケインには敵わないでしょう」


 ですが、と、姿勢を正したベアトリクスの鋭い視線がライモンドを射抜いた。


「私がこの身をもってリアムへの一撃を止めたとしたら? ケインは必要とあらば母をも斬り捨てる事ができる人間です。が、身内を手にかけ、何も感じないわけじゃない」


 そこに隙が生まれるはず、と確信めいて話すベアトリクスにライモンドは首を振った。


「それは自分の命を捨てると同義だと分かってるんですか? あの人の必殺は的確に急所をついてくるでしょうよ。というか、リアムを欠席させるなり、武器を取り上げて持たせないなりすればいいじゃないですか?」


「ヴィルとエリアスとの信義に反します。リアムが欠席した時点でエリアスはヴィルが裏切ったと思うでしょうね。それとケインは体術も天才的ですよ。熊の息の根を止められます」


「化け物かよ! 化け物だな!」


 ナザロフを倒した時も素手だった気がすると思い返してライモンドは呻いた。


「素手で殺しにこられたら止めようがない。だからあえて暗器を持ち込まさせて、それを使わせ私が体を張って止め、その隙に他の誰かがあの子を殺すという計画です。その誰かは、義理の息子として認識されていて、今回の裁判で近くにいるあなたこそ相応しい」


 確かにそれぐらいしか勝機が見えない。だが、それはベアトリクスの命と引き換えにケインを殺して、リアムを護るということだ。


「……どうして、ベア姐さんはリアムに対してそこまで出来るんですか?」


 ライモンドはベアトリクスに尋ねた。

 帰国の時に末席で言葉もなくリアムの出生の秘密を聞いていた時から思っていたのだ。

 リアムの出生から十八年弱、王と宰相を誑かした大淫婦と罵られながら日陰の身に耐え、赤狼団と王家の間を取り持ちながら毎日を過ごして王妃の座を得て報われるも、その期間は苦労に対してあまりにも短い。

 それなのに今度は実の弟の手にかかってでも他人の子を護ろうとする。

 もちろんライモンドも今やリアムを主人と仰ぎ、また兄のような心持ちで彼を護りたいとは思っているが、自分が彼女ほどの献身を持ち得ているかは甚だ疑問だ。


「たいしたことじゃないのよ。父が亡くなった時に、オディリア様から沢山の花と丁寧なお悔やみをいただいたの。彼女が誰よりも父に恨み言をぶつけたかったでしょうに、責める文言はなく労りに満ちた内容だった」


 ライモンドは幼かったから伝聞でしかその話を知らないが、海賊の手にかかってエリアスが亡くなったとされた時、世間からの彼女の父への批判は苛烈だった。

 メルシア旧王国でエリアスは圧倒的な人気を誇り敬愛を受ける王族で、ベアトリクスとケインの父リヒャルトはエリアスの護衛だったからだ。

 リヒャルトの死体はあがらず、一家は空の棺で葬儀をあげたが、棺を満たすための花の手配もままならず、庭の花々を一家総出で刈り尽くさざるえなかったという話を聞いたことがある。


「だからオディリア様の護衛と介護をと請われた時にそれを受けたの。恩と優しさに報いたかった。それでしばらくお世話をして、リアムの出産に立ち会った」


 ノーザンバラの間者に悟られぬように秘密裏に行われた出産は人手も足りず、正気を失った女ではまず出産に耐えられない、子供しか助からない状況ならば腹を裂いて子を出すしかないと医者も産婆も覚悟を決めていたのだ、とベアトリクスの話は淡々と続く。


「ですが、オディリア様はなんとかそれに耐え切りました。産道に酷い傷がつき、胎の中からの出血も止まらず、事切れておかしくないほどの血の海の中、それでも彼女は嬰児をこの世に産みだし、顔を歪めて泣く我が子を抱いて、微笑んで逝ったのです。私はそれに心打たれた」


 こときれたオディリアの腕の中からリアムを受け取った時に決めたのだ、と、ベアトリクスは唇を引き結んだ。


「その覚悟を引き継ぐと」


 その顔は決意に満ち、威厳にあふれていてライモンドは小さく息を吐き出した。

 この人は顔立ちも心意気も何もかもが赤狼の民だ。

 自分の信義の為に命を捧げ、血を分けた姉弟で殺し合うことになってもそれを厭わず曲げない。

 正直、ケインを相手にこんな作戦が通じるか疑問だし、あのエリアスの性格を考えればそもそも公爵の集うそこでその行動は取らないだろう、という気はする。

 ただ、彼らは有言実行だ。為すと言ったのならば、用心に越したことはない。


「わかりました。そうならないことが一番ですけど、そうなったら俺がケインさんを止めてみせます」


 恐ろしくて動けないかもしれない。ケインに立ちはだかれば護る隙もなく殺されるかもしれない。

 だが、このまま惨めな敗北心を抱えて次のいつかを迎えるよりは、主人と定めたリアムを護りケインという化け物と相対した方が赤狼らしい。

 だから、そんな状況にならないことを祈りながらも、ライモンドは覚悟を決めた。

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