気高き魂は闇に堕ちて2——腐朽の果実——
分割2話の2話目です
「ケインがリアムを殺すなどありえない!」
血の繋がりがないとはいえ実姉の子だ。身内への情が厚いケインがそれをなすとは思えない。
だがそれはヴィルヘルムの希望的観測に過ぎないと、ケイン本人によって即座につきつけられた。
「悪いなヴィル。恨みはないが、その時が来たらリアムの命を奪う」
「待て!!! ケイン、正気か?!」
「貴方の姉上が育て、慈しんできた子ですよ!」
「十年前俺の心を救った時から彼の意に従うと決めている。彼が斬れと望むならば、誇りを持って斬り捨てる。たとえそれが俺を産んだ母であったとしても」
ケインの言葉に、そしてそれが当然だとでも言いたげに昏い含み笑いを漏らしたエリアスに、鳥肌が立った。
「お前らの大切にしているものの命を同じ俎上に載せたとたんに慌てすぎじゃないか?」
離れていた期間が長くても兄弟だ。それが本気だとわかる。二の句が継げないヴィルヘルムを代弁するかのようにレオンハルトがエリアスを詰問する。
「何を言ってるか……分かって、いるんですか?! リアムと親しくしていたんでしょう? それなのに命を奪える? あの愛すべき子供の命を?!」
「そうだね。自信を取り戻したリアムは、オディリアによく似ている。骨抜きになるのも無理はない。わたしも息子のように可愛く感じる。だが、本人の資質など関係ない。レジーナに罪を被せ裁く事に対する報復行為。それだけだ」
他人事、といった面持ちのエリアスはどこか芝居がかった動きで肩をすくめた。
「リアムを失えばノーザンバラ帝国に大きな利を与える事になる! リアは、オディリアはこの国を平和で穏やかな国にしたいと言っていました! 他ならぬ貴方があの子の忘れ形見を殺し、彼女の遺志を殺すというんですか!」
レオンハルトは幼い時からエリアスと共に過ごした幼馴染で兄のことを知悉している。
情に訴えても無駄だと判断したのか、すかさずノーザンバラとオディリアを持ち出したがエリアスは動じなかった。
「ノーザンバラとかいう芥場はリアムの死出の餞に浄化するさ。サムに策を与えて焚き付ければ簡単だ。正直、今だって出来るだろ? だが外患がある方が国内の統治はやりやすい。無能がお手軽に国をまとめるのによく使う手だ」
膝の上で握られたレオンハルトの拳が小さく震えている。屈辱を覚えているのか自分達が知らない兄と会って慄いているのかは分からない。
「レオン。お前がリアの形見のリアムを不器用に見守ってきたように、私はレジーナを娘として十年成長を見守った。お前らにとって塵芥でも、私にとっては何者にも代えられない。リアムごときの命でレジーナの命が買えるならためらわず俎上にのせる」
「リアムごとき?!」
「そうだろう? 彼は確かに亡き妻の面影を強く引いた忘れ形見で、血を分けた甥だ。だが、ヴィルヘルム……レオンも都合よく忘れていないか?」
エリアスの顔が不意に歪んだ。
彼の整った顔がここまで醜く歪むことがあるとヴィルヘルムはその時はじめて知った。
「リアムは、我が最愛が薄汚い種を孕まさせられた末に、その命を糧に産まれた腐朽の果実じゃないか」
こめかみを人差し指で抑え、足を組んだエリアスは傲岸に続ける。
「私はリアムの存在を赦したが、別にお前を許したわけじゃない。ただ、すでに喪ったものを責めてもどうしようもないから、微笑んで逝ったオディリアのため、未来のためにすべてを飲み込んで諦めただけだ」
美しさを取り戻し哀しげに揺れた兄の瞳が、そこで再び非難の色を帯びる。
「だが、これ以上私の大切なものを奪うのならば、こちらの意を呑ませる為に使うにきまっているだろう?」
「そんな人間じゃ……なかったでしょう。国を想い、妻子を愛して……いて」
俯いたレオンハルトの眼鏡のレンズに雫が滴る。
「お前達の知るエリアスは死んだ。ここにいる私は抜け殻をそう見せかけているだけの化け物だよ」
そう嘯く兄がメルシア旧都離宮で過ごす間、毎日妻子の墓に赴き涙を流していたのも、連合王国の為に砕身していたのも、報告を受けて知っている。彼が自称するほど昔と変わっていないと理解している。
だが、エリアスはレジーナの為にそれらを投げ捨てると決めたのだ。
これは本気の覚悟だ。
ならば答えは一つしか導けなかった。
かレオンハルトに視線で賛意を取ると、ヴィルヘルムはエリアスに頭を下げる。
「レジーナを……全力で、助けると誓う」
「頼んだよ。これで用は終わりだ。これ以上私の大切な物を奪ってくれるな。それとこの件が片付いたらレジーナは私の籍にいれる。お前に親子の情を期待したが、レジーナが辛いだけだ」
立ち上がったエリアスにヴィルヘルムは肩を叩かれた。
優美な足取りで外に出ていく兄を見送ると後ろに従ったケインがくるりとヴィルヘルムの方を向き、人差し指と中指で己の目の下を叩く。
見張っている、という意味のそれに、万が一に備えてケインを説得することも叶わないと理解してヴィルヘルムはさらに深く俯いた。
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