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気高き魂は闇に堕ちて

※本日分割二話の一話目です。問題がなければ本日夕方ごろもう一話投稿します。

 レジーナとテオドールの裁判の日も近くなったある日、ヴィルヘルムは宰相レオンハルトと共に兄エリアスと会うことになった。

 気がすすまなかったが、リアムに真摯に説得されれば無碍には出来なかった。


「子供の頃から怒られそうになると逃げ回っていたな。三十年経ってもお前はなにも変わらない」


 書類の束を持ったケインを従え、ソファーに腰掛けて嫣然と微笑む兄からヴィルヘルムは目を逸らして、横に座るレオンハルトに視線を流すと、眼鏡の下で同じようにせわしなく瞳を動かす宰相と目が合った。

 揃って弾かれたように目を伏せたタイミングを測ったかのように、ケインから手渡された書類を机に叩きつけたエリアスが皮肉混じりに口を開いた。


「リアムがこれを三文小説と称していたが同感だ。どっちが書いた? 筆を折った方がいい」


 中身はレジーナの調書の写しで、ヴィルヘルムは首を振った。


「どちらでもない。裁判の公正を期すために俺たちは上げられた報告書を読むだけだ」


「目障りな娘を合法的に殺すために、お前達が仕組んだと思っていたが、違ったのか?」


 再会した時の激情とは違う、兄の押し込められた怒りの棘が静かにヴィルヘルムに刺さるが、非難の内容はヴィルヘルムにとって心外だった。


「法治を乱すような事をするものか!」


 法は国の礎だ。連合王国になったばかりの混乱期はさておき、国として安定しはじめた今、それをおろそかにするのは望むところではない。この国を護ることは大切な人から託された責務で己に課した償いだ。

 だが、ヴィルヘルムの気持ちをさらに蔑ろにするように、エリアスが口元を歪めて鼻で笑う。


「どうだか。子供の頃はユリアに似ていたから手を下せずに、ケインに丸投げしたんだろう? それで再会したあの子が思ったよりお前ら二人の面影を継いで成長していたから、殺したいほど目障りになっただけじゃないのか」


「そんなことは……!!」


 ないと、断言できなかった。 

 リアムにも似たような事を指摘されたから、自分の言動に透けているのかもしれない。

 レジーナの姿や言動に、愛によって暴走しノーザンバラに踊らされるままヴィルヘルムの家族を殺した元妻の面影を見て強い嫌悪を覚えたのは事実だ。

 だが、あえてその命を奪うことなど考えてはいない。レジーナが罪を犯したのであれば情に囚われず厳正に対処しなくてはならないという気持ちで動いていただけだ。

 と、内心で重ねた言い訳じみた言葉は一つも紡ぐこともできず、ただ酷薄な怒りを浮かべる兄を見やることしかできなかった。


「まあいい。そんなつもりがないなら、今すぐやって欲しいことがあるんだ」


 兄の形のいい顎がつん、と上を向いて自分を睥睨する。


「なにを、しろと」


「今すぐ無条件にレジーナを放免しろ」


 明朗な命令だったがそれは国を統べる者として受け入れることができない要求で、ヴィルヘルムは首を振った。


「無理だ。今回の事件は大きく、レジーナが捕まったこともすでに周知されている」


「ならば、裁判での無罪を」


 無茶振りだと分かっていたのだろう。

 あっさりと兄は譲歩してみせたが、それすら諾々と受け入れることが出来ないものだ。


「確約はできない。ここはリベルタ統治領じゃない。ノーザンバラ絡みの規模の大きな大逆事件に関わっているレジーナを、俺の一言で無罪放免にするわけにいかない」


 テオドールとエミーリエを裁いた時の、査問会という内々の裁判ごっこと違う、正式な裁判が開かれることになっている。

 貴族の裁判は王と公爵、さらに選定された侯爵の合計九人が陪審となって法と良心によって罪を裁く。それを曲げれば司法の礎が歪む。


「できないじゃない。するんだよ」


「無茶を言うな! 兄貴は誰よりも法治の重要性を分かっているだろう!」


 子供の頃、法学が苦手だった自分に法によって国を治めることの重要さを教え説いてくれたのは兄とオディリアだ。二人が丁寧に教えてくれていたから、自分はここまでやって来れたのだ。


「彼女が本当に無実でその証拠もあるならなぜ調書に署名した。正々堂々、それは違うと反論して無罪を勝ち取ればいい話だ」


 レオンハルトの言葉に、エリアスの眦が細まり険を帯びた。


「私の留守に豚小屋(学園)でノーザンバラの毒婦の娘は母親と同じ道を辿る。生きる価値などないと寄ってたかって咎め立てたのだろう。十七にもなっていない娘が心強くいられると思うのか? その上で捕まればサインもするさ。もちろん証拠は揃えるだけ揃えたが、万全を期すため、()()()()()()()()()にお願いにあがっているんだ。この方が手っ取り早いし確実だろう」


「無理だ。王として法を曲げるわけにはいかない」


 姿勢を正したヴィルヘルムは兄の不当な要求にもう一度強く否を返した。


「曲げるさ」


 くっ、と口角を持ち上げた兄の冷淡な声は確信に満ちていた。


「曲げるものか!」


「飲めないならば、リアムをケインに殺害させる」


 対抗して返した決意にぶつけられたあからさまな脅しにヴィルヘルムの身体が震えた。

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