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【完結済】NTR王子は悪役令嬢と返り咲く(カクヨム、なろう2サイト累計40万pv)  作者: オリーゼ


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その憂いを晴らすためなら

 リアムとジョヴァンニは面会室の外に退出し、レジーナとアレックス、それに見張りの騎士だけが残された。


「レジーナ。すまなかった……」 


 部屋に置かれたソファーに向かいあって座るなりアレックスはレジーナに向かって頭を下げる。


「なにを謝ることが……?」


「自分では治ったと思いこんでいたんだ。だが、お前を娘にした後も体調を崩すたびにお前とユリアを混同していたとケインに聞いた。それはお前の心に深い傷を穿つ行為だったろう。その上で心に飼っていたヴィルヘルムへの憤怒をお前の前で見せ、お前の母親に対する憎悪を見せた。すまなかった」


「どれもこれも謝られることじゃない」


 それがアレックスの心からの謝罪だとはわかる。だがレジーナはそれを受け取ることができず、奥歯を噛み締めて首を振って、小さな声で言った。

 確かにどれも自分の心を引き裂くことだったけれど、彼が謝るのは違うと思ったから。

 認めるのも心が痛むが彼の怒りも憎しみも、母が亡くなっている今、自分がぶつけられてしかるべきものだ。


「お前からしたらそうかもしれない。だが、私は謝りたいんだ。長い間お前のことを踏みつけにして、滴るほど甘美な夢を貪っていたことを」


 アレックスが甘美な夢など見ていないのを知っている。醒めない悪夢に呑み込まれかけるのをかろうじて繋ぎ止める細い舫が亡くなった家族との想い出で、レジーナはその娘の位置を掠め取っただけだ。


「そんなことない。それにそうだとしても私は構わなかったの。でも……ママが貴方の家族を殺して、貴方があの人をいまだに憎んでいる以上、その娘の場所に居座るほど図々しくはなれないだけ」


「お前の母イリーナを刺したのは揉み合いの末の事故じゃない。先に刺されたのは私だったが、イリーナの事を自分の意思で、手にかけた。妻子の仇を取るために。そして、復讐に逸るケインを止めるために。恨みは消えないにしても済んだことだし、お互い様……いや、私が生きている分、お前には私を恨む権利があった」


 沈黙を挟んでアレックスの口から母親の話を出され、膝の上で組んだレジーナの指が強張って震えた。

 あの時の事は人生に何度もない強い衝撃で、しっかりと覚えている。

 十年前、家族で寝泊まりしていた部屋に母もランス(ケイン)も戻らず、不安になって叩いたアレックスの部屋のドア。

 開けろと強弁して鍵を開けさせた時に見たのは、腹に傷を負い、消毒のための酒の匂いと自身の出血のせいだけではない血糊を纏ったアレックスと人の形に盛り上がったシーツ。そして頬に血の飛んだランスの姿だった。

 その時イリーナがアレックスを殺そうとし、それに抵抗して揉み合ううちに刺し殺したと説明され、幼かったレジーナはさして疑いを持たずにそれを受け入れた。


「だが、私は幼いお前に対して、そこをごまかし、お前の母親を殺意を持って手にかけた分際で……逆に罪悪感と同情をかった。そして、親を慕う寂しさにつけこんで、お前の献身を……そして愛情を厚顔にも受け取って、幸福な十年間(甘美な夢)を貪った」


 アレックスの告白にうまく声が出ない。ただ沈黙をもってレジーナはアレックスの懺悔に耳を傾ける。


「ユリアの場所を奪い取ったわけじゃない。私がお前の親を想う気持ちを掠め取った。私は報われないのに親を思うその純粋なひたむきさにいじましさに惹かれたんだ。かつて持っていて絶対に手放したくないものだったのに、人生から滑り落ちて喪ってしまったそれが、もう一度欲しかった」


 アレックスの瞳がふ、と一瞬遠くに飛んだ。

 それはアレックスが過去に思いを馳せた時に見せる表情だ。


「お前がユリアの身代わりだと感じてしまったのなら、私の態度や言動が亡くなった娘の位置にお前を押し込めたんだろう。だが、そうじゃない。私はただ愛情を与えたかったんだ。他ならぬお前に」


 遠くを見つめたままの普段と違って、アレックスの真摯な視線はすぐにレジーナに向けられた。


「レジーナ……」


 アレックスの小さな皺と苦悩に彩られた眦から涙がこぼれて頬を伝う。


「親子になると誓ったあの日の言葉をもう一度お前に。子供が親の罪を被る必要なんて絶対にない。それとレジーナはレジーナだ。他の何者にも代えられない」


 アレックスのその言葉に全幅の信頼をもって応えられる無邪気さはレジーナから喪われてしまった。

 その心の壁がアレックスには見えてしまったのだろう。

 悲しげに微笑んだアレックスは立ち上がって、レジーナの横に立つ。


「あれから十年、唯一の娘としてずっと愛している。ああ……すまない。私ばかり話してしまった。何か聞きたいことや言いたいこと、願いがあるなら話してくれないか?」


 肩に手を置かれ、木漏れ日色の瞳がまっすぐにレジーナを射抜く。

 自分の心をうまく言葉にできず首を振るレジーナをアレックスが抱きしめた。


「レジーナ。言葉で信じてもらえないのであれば、おこないで証明するよ。お前を助けるためならば、お前がこれから笑って過ごすためならば、お前の憂いを晴らすためなら、私はなんだってする」


 その腕は先程のリアムやジョヴァンニ達の手の温もりよりもさらに暖かく離れがたい。

 これこそ断ち切らなくてはいけない暖かさだと理解しているのに、縋りついて甘えてしまいたくなる。


「だめだよ……アレックス……」


「パパと呼んで欲しいが無理強いはしないよ。君がどう呼ぼうと、どう思おうと、私は君の父親だ」


「エリアス殿下。罪人との過度な接触はおやめください」


 見張りによってアレックスとレジーナは引き放され、面談の終了を騎士に告げられる。

 それにほんの少し安堵した。これ以上揺らされたら、自らの命脈の尽きる方へと足を進めるのが恐ろしくなる。

 もう未練はない、心を暖める想い出をもらっただけだと己自身に言い聞かせ、レジーナは掻き乱された心を凪に戻した。

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