僕らはその手を離さない
「その鎖……!」
耐えられないといった様相でアレックスが半腰になると、レジーナが首を振った。
「普段過ごしている部屋ではつけられていないわ。やる事がなくて暇は持て余しているけれど、拘束されたり酷い目に遭ったりはしていない。身の回りの世話をしてくれる侍女もついているし、学園より快適よ」
冗談めかしていうその口調は不自然すぎるほど自然で、アレックスの眉がさらに下がって、長いまつ毛が下を向いた。それを無理に上にあげたアレックスはレジーナに向かって話しかける。
「レジーナ、調書を見た……あんな」
だがアレックスがレジーナに真意を尋ねる前に、レジーナが淡々と謝罪の言葉を被せた。
「そう……ごめんなさい。迷惑をかけて。アレックス、書かれていることが全てよ。話をすることは何もないわ。リアムとジョヴァンニも来てくれてありがとう。私のためにこれ以上時間を使わないで。それだけ言いに来たの」
レジーナの態度はとりつく島がなかった。唇の両端をほんのわずか持ち上げた静かな顔は綺麗に感情を覆い隠し、対話を拒否している。デイジーの家に滞在していた時に彼女から教わったのだろうか。
そうやって自分達を柔らかく拒絶し、見張りの騎士に合図をして部屋を去ろうとするレジーナに対して真っ先に行動を起こせたのは、リアムでもアレックスでもなくジョヴァンニだった。
ジョヴァンニの手がレジーナの手に伸び、そのてのひらを掴んで握った。
「あなたになくてもオレ達にはある!」
ぎゅっと手を握られて、くしゃりとレジーナの顔が歪んだ。
「どうして!」
ジョヴァンニはそのままレジーナの手を引き、熱のこもった口調で言った。
「あなたが好きだから。このままじゃあなたを待つのは死罪かそれに近しい扱いだ。そんなことオレには耐えられない! 生きていて欲しいし笑っていて欲しい。手に負えない時は頼ってって言いましたよね。忘れてしまったんですか?」
「……な、なんで……」
必死に泣くのをこらえているその表情は、リアムのよく見知ったレジーナで、彼女が無理をして先ほどの態度をとっていたのだと見てとれた。
「言うつもりなんてなかったんです。地下遺構で繋いで逃げたあの手の温もりを思い出に、この恋はゆっくりと終わらせると決めていた。オレは田舎の子爵の息子であなたは王族。将来、実家の葡萄畑で働きながら、ふと思い返す輝かしき青春の一頁。そういった物だから。身分違いの不遜な想い。打ち明けたところで、あなたの心を煩わせるだけでしょう」
でも、と、ジョヴァンニは真剣な顔で続けた。
「あなたが生きることを諦めないでいてくれるためなら、オレは道化になります。あなたの育ての親の前で、こうして胸の内を明かします。お望みなら似合わない愛の詩だって捧げましょう。もちろんオレの思いに応えて欲しいなんて言うつもりはない。ただ、知って欲しかっただけだ。あなたに生きて欲しいと希う路傍の石の存在を」
それ以上は言葉を重ねず、ジョヴァンニはただ一方的に掴んだ手を組み直し解けないように組み直す。
「でも……罪人の私には過ぎた……ものだわ」
ついにこらえきれなくなったのか、子供のようにぼたぼたと涙をこぼし、レジーナはしゃくりあげた。
「冤罪でしょう。何が罪だというんです」
「生まれて、来たこと。私の存在が皆に迷惑をかける。だから……」
「だから、自分を消そうと思って、あんな三文小説にサインをしたの? レジーナ」
リアムはそこで口を挟んだ。
涙をこぼして小さく頷くレジーナの頭をそっと撫でる。
「レジーナ。オクシデンス商会で君は僕に、お兄ちゃん助けてって言ってくれた」
「うん……」
「僕は助けるって応えた。今でも同じ気持ちだ。君を助けたいんだ。レジーナ」
「でもっ! 私が生きている限り、ノーザンバラは私を利用して周りの人間を傷つけようとする。運命を狂わせられる! だから、いない方がいいの! もう、そんなの耐えられない」
「レジーナ。君が生きてようといまいと、彼らは僕の命を狙い、この国を狙うだろう。それにきっと、君が死んだらその死を利用する。彼らはそういう事をする」
その可能性は考えていなかったのだろう。絶望に顔を歪めるレジーナを力付けるように、リアムは二人の手の上に自分の手を重ねた。
「レジーナ。僕らは君の手を離さない。だから……人生を投げ捨てないで。皆、君を助けるために駆け回っている。オクシデンス商会の皆も、ケインさんも、総督とディオンも。ソフィアも。それに伯父上だって文字通りの不眠不休で君を助けるために奔走していた」
「……どうして、私なんかのために」
それはリアム達に向けられた言葉ではなかった。
今まで、しいて避けていたであろうレジーナの視線がやっと、三人の様子を無言で見つめていたアレックスとあった。
「大切な子供のために、できることをするのは親として当然のことだろう」
声をつまらせながらそう答えるアレックスにレジーナは頑なに首を振る。
「もう責任を感じる必要はない。薄汚い鳲鳩の雛に情けをかける必要はないの」
「レジーナ。話をさせてくれ」
アレックスはリアムとジョヴァンニを視線で動かすとレジーナの前に立ち、その両手を支えるように持ちあげた。
「お願いだ。この十年歩んできた毎日に、紡いできた関係に、ほんの少しでも情を覚えていてくれているのならば」
レジーナは涙に濡れた眼差しを、切実な光を宿すアレックスの視線とあわせた。
そして、取られた手を振り払うかどうかの逡巡を見せながらも、震える指を丸めるように握り、小さく首を縦に振った。
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