悪役令嬢として
コロナ神回避していました。ご心配おかけしました。
牢獄やそれに近しい場所をそれなりに知っている。
つい先日捕えられテオドールに襲われかけた地下牢や、海亀島のラトゥーチェ・フロレンスでかつて使われていたという地下室、誰もが見惚れる美しい帆船もビルジと呼ばれる汚水溜に近い場所は暗くて臭く陰鬱な様相だ。
それに比べてこの部屋は日差しも入るし暖房もあって暖かい。
什器も一人なら十分な大きさの食事用のテーブルセットと、小さくはあるが質のいいリネンのかかった清潔なベッドがあって、その横には小物を入れるためのキャビネットも置かれて祈祷書が備え付けられていた。
手洗いも分けられていて好きな時に使うことができるし、見張りも兼ねているのだろうが、身支度を手伝ってくれる侍女も控えている。
彼女は一言も話をしてくれないし部屋は広くもないが、どれも囚人には過ぎた待遇だ。
レジーナは祈祷書を手に取って何ページかめくり、まったく頭に入ってこないそれを閉じて天井近くにある明かり取りの窓を見つめた。
明かりも含めて手の届かない位置にあり、逃げる事も自死を選ぶことも出来ない。
どんなに整えられていても、やはりここは牢獄。
断罪されるのをただ待つための部屋だ。
食事と丁寧だが高圧的な一刻ほどの取り調べを除けばやる事もなく、無聊を潰す物はこの祈祷書だけ。
自分は裁かれるような事をしたのか考える時間だけはたくさんあって、レジーナは祈祷書を膝に再び思索の淵に沈む。
帰国した時に、宰相は自分のことを火種だと明言した。実父も同じ気持ちだったのだろうと思う。
そして実際、戻ってきたと明らかになった途端にノーザンバラ帝国は動き出し、継承権を抹消されていてもなお自分を担ぎ出してリアムを排除しようとして、たくさんの人が傷ついた。
テオドールだってそうだ。
彼が最後に自分にしようとしたことは許しかねるし、前回罪を問われ反省を促されても実際に何が悪かったのか分かってなかったのだとは思う。
それでも、自分と関わりノーザンバラの影が彼に落ちるまではリアムに対して行ったことへの責任を取り、真面目にやりなおそうという気概は見せていた。
だからこそ彼は自分を庇ってくれたし、あの冬の庭での出来事はお互いの心の慰めになっていたのだ。
それを狂わせたのはアッシェンであり、ノーザンバラ帝国の工作員達だろうが、彼らが使ったのは自分の存在だ。それがいかに歪んでいようとも、レジーナを想った末だったことまでは否定できない。
ノーザンバラとメルシアの諍いにこれ以上巻き込まれたくはなかった。
だが、その血の呪縛がどこまでも絡んで自分を離してくれないのであれば、そして周囲を巻き込んで不幸にするのであれば、大切な人をさらなる不幸に巻き込む前に、誰もが望む悪役令嬢としてこの世界から退いた方がいいのではないか。
『異母兄に恨みのあるノーザンバラの毒婦の娘が、ノーザンバラ帝国を後ろ盾にこの国の権力を恣にするべく兄の護衛をしていた赤狼団の跡取り、フィリーベルグの継嗣の毒殺を試みた』
今回捕まった疑惑の筋書きは、物証を含めて誰にとっても分かりやすかった。
それ以外は認めてもらえないのだろうという諦観と、それに乗って裁かれてしまえばもはや大切な人に迷惑をかける事がないという思いがよぎる。
アレックスとケイン、それにリアム、デイジーにハーヴィーと親しい人の悲しむ姿が次々と脳裏に浮かんで胸につまされたが、彼らをひととき悲しませるよりも彼らが直接迷惑を被らないように自らを滅ぼした方が随分とましだと結論づけた。
暗く翳ってきた天窓を見上げると、凱旋門の上から見たのと同じヘリオトロープ色の宵闇が訪れている。
不意にあの時『辛かったですね』と言ってもらった事を思い出し、その時に感じた暖かい手の温もりが恋しくなる。
レジーナは俯いて小さく頭を振った。
未練など持つべきではない。あれは不幸を振り撒く悪役には過ぎた温もりだった。
そう覚悟を決めた翌日。
レジーナは近衛騎士に事件の概要を見せられ、彼らの望むままに罪を認める調書に署名をした。
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