混沌を引き戻す凛々しき光
こんな日が来ることを、あの晩夏の夜会の時から覚悟してきた。
オリヴェルは、ただ見舞客用の椅子を並べて腰掛けているだけで恋の成就の喜びを漂わせる二人から目を伏せて、言葉にできる限りの冗談をまぶして尋ねた。
「んで、おふたりさん、なんのために来たの? 婚約しましたって、あっつあつのバカップルを見せつけに来ただけじゃないよね?」
「あら、他の用があるってどうして分かったの? ゲリデルお兄様」
「あっ! お腹くだってんのバレちゃった? 二人の婚約がオレの繊細な胃腸にショック与えちゃってぇーって! うそうそ、それはない! 姫さんさぁ! さっきの悪口を微妙に名前に寄せてブラッシュアップしてこないでくれますぅ?? 」
唇を尖らせてみせたオリヴェルにソフィアが言い返す前にリアムが口を挟んだ。話が進まないからか、それとも嫉妬か。まあ、両方だろう。
「意識ある状態で最後に会ったのがあれだったから、心配だったのもあるよ」
「殿下ちゃん、そういういい子ちゃんなお気遣いはいいから本題はよ」
先を促すと、気まずそうにリアムは咳払いをする。
「アッシェンのことを聞きたかったんだ。彼が最期に言葉を交わしたのが貴方だったでしょ。それに……」
そこでまた言い淀んだリアムの言葉を掬って、オリヴェルはさらりと続けた。
「そう。オレの兄貴だったんだヨ。あの時変装といた姿を見てビックリしちゃったぁ! 殿下ちゃんもそっくりって思ったデショ? あの死体。よくも上手く隠してたもんだよね。で、なにを聞きたいの? オレだってたいして知ってることないケド」
「交流祭で旧ディアーラ王国出身の少女がライモンドに毒を盛った。その指示をアッシェン経由で出した疑いでレジーナが拘束された」
そう始められた話にオリヴェルは腕を組んで眉間に皺を寄せる。
『あ……ああ、そうか……りかい、した。オリィ。お兄ちゃん、の置き土産、を楽しんで……それの、方が、きっとおまえ、この……みだ』
あの時、喘鳴と共に吐き出された言葉の意味はこれだと、オリヴェルの中で繋がった。
ノーザンバラへの恨みを抱えたまま彼の国の走狗となり、滅ぼされなかったメルシア連合王国への僻みを拗らせたあの根暗男は、ノーザンバラとメルシアの両国が最も乱れる置き土産を仕掛けて逝ったのだ。
今回の襲撃事件は、メルシア連合王国に正攻法で敵わなくなったノーザンバラ帝国が周到に糸を張り巡らせ、庶子あがりのリアムの王太子即位とノーザンバラの血を引く王女レジーナの帰国を盤面をひっくり返す大きな勝機と見て、満を持して動かした計画だった。
このノーザンバラの企みが成功していた場合、リアムを筆頭としたメルシアの将来を担う生徒達の命は失われて王都は灰燼と帰し、国内神殿は分裂していた。そうなれば、連合王国は大きな問題を抱える結果になっていただろう。
だが、企みは失敗に終わった。
本来ならばノーザンバラは実行犯を切り捨て、メルシアも実行犯と内通する貴族を断罪して終わる場面だ。
だが、アッシェンはそこに置き土産を残したのだ。
元々関係性に問題のあった赤狼団の継嗣を被害者に、現ベルニカの少女を実行犯に、そして被害者の逆鱗に触れるレジーナを黒幕として、不和の種をばら撒いてメルシア連合王国の一体感を削ぎ落とす。
その過程で巻き起こる混乱、悲嘆、不幸の連鎖はさぞ見応えがあろう。
「何か思い当たる節があるならおっしゃい」
黙り込んでアッシェンの思考に想いを巡らせていると、すかさずソフィアが詰めてきた。
幼馴染なだけに、自分が何かを察し、逡巡している事を見破ったのだろう。混乱を眺めたいという本能的な欲望に袖を引かれながらもオリヴェルは素直に自分の予想を口に出した。
「アッシェンは、レジーナ姫さんが傀儡になっても、死んでも、黒幕として冤罪に問われても構わなかったんだヨ」
これはそうならなかった『もしも』にすぎないが、文化交流祭の前にレジーナがアッシェンに渡された茶を飲んで飲んで死んでいれば、ノーザンバラ帝国の野望はその時点で頓挫し、彼の国は今度こそ国家存亡の危機に立っていただろう。
「あくまでも推測だケド。あいつの根底にあるのは破滅願望と加害欲がごった煮になったようなもの。気質だと思うんだけど、オレも誰かの困り顔を見ると心躍る」
彼と兄弟として対峙したのはわずかな時間。
それでも、鮮やかに生々しくあの男の思考を読むことができるのは自分が似たようなモノを腹に飼っているから。
「ああ、あなた、そういうところありますわよね」
幼い頃から今までのあれこれを思い返したのか、目をいからせたソフィアを見てオリヴェルは小さく笑った。
そう、あの男は最後の最期までオリヴェルの事を見誤った。
理解した顔をして何一つ理解しないまま逝ってしまった。
確かに自分はあの男がそう見極めた騒乱を好む心根を持っている。
だが、自分はそちらへはいかない。
こうやって自分をさらりと理解して、明るい方へ手を引いてくれる、かけがえのない存在がここにある。
ディアーラの継承権のために国に残されたアッシェンは、そんな存在を持ちようがなかったのだろう。
オリヴェルはアッシェンにはじめて同情し、心から哀悼し、彼に対して憐憫をもった。
そうしてアッシェンの思考をすべて腹に落としたオリヴェルは、リアムとソフィアに彼の思惑について予想を交えながらもう少し詳しく説明をした。
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