動かぬ証拠
「父上! なぜ、レジーナまで牢に入れたんですか! 彼女はメルシアの王女として立場を示したじゃないですか! 敵だって捕えることができた。父上の望んだ通りに! それなのになんで!」
レジーナの拘束を知って三日。
事件の後始末を理由につかまらなかったヴィルヘルムの在室を狙って執務室に乗り込んだリアムは、父のデスクに両の拳を叩きつけた。
普段声を荒げることのないリアムの怒りに驚いた侍従の手が揺れて、金彩のソーサーにコーヒーがわずかにこぼれ、美しい彩色を覆い隠した。
それを一顧だにせず、リアムに視線を合わせたヴィルヘルムが眉間に皺を寄せたまま口を開く。
「俺がシュナイダーに命じたのは、学園内で起きた事件の全容解明。特にアッシェンの手引きによるナザロフの襲撃の件と、赤狼団との関係性を保つためにうやむやには出来ないフィリーベルグ公爵令息に毒を盛った実行犯の捕縛だ」
「ライに毒を盛ったのはアッシェンの息のかかった元ディアーラ王国出身の学生で、レジーナとなんの関係もなかったですよね。ライは毒茶を渡した生徒の顔を覚えていたし、女生徒はライモンドの証言ですぐ逮捕できた」
「その女生徒が『アッシェンはレジーナに命じられ王太子の暗殺を狙っていた。自分は実行犯で本当は王子を毒殺するつもりだったが、飲食物を口にしていなかったので護衛のライモンドを狙った』と供述した。シュナイダーがレジーナの部屋を捜索したところ、ライモンドが飲んだ毒と同じ成分を含んだ茶葉を発見したそうだ。動かぬ証拠、というやつだ」
「そんな?! レジーナはなんと?」
「『茶葉は学校で困っていたアッシェンを助けたらくれたものだ。飲む気にはなれなかったが、辛い時に好意的に接してくれた人からもらったものだから、なんとなく捨てられずに棚に入れておいた』と、言っている。それを誰が信じるというのだ」
証拠まで見つかってしまえば庇いだても出来ないと怒るヴィルヘルムに反論できずリアムは押し黙った。
そんな分かりやすく物証を持っているのはいっそおかしいと思うし、学園内で敵意に晒されて追い詰められたレジーナの行動も納得の範疇だ。
だが、これは学園で蔑まれていた事がある自分だからこそ分かる感覚で、王である父には理解できないだろう。
「学園内の事件については裁量をいただいていますよね。レジーナの件、僕の方でも調査を行わさせてください。父上が納得のいく理由を見つけて彼女の冤罪を晴らします」
アプローチを変えて提案すると、ヴィルヘルムは不機嫌に頷いた。
「出来るのならばな。俺も兄貴と揉めたくない」
「そこはレジーナを心配するところじゃ……いえ、失礼します」
父の眼光に気圧されて口を噤み、リアムは形式的に礼を取って王の執務室を出る。
すると前室の扉のさらに向こうで執務室の厚い扉越しでは聞こえなかった、父の護衛と誰かの争う声が聞こえた。
前室の扉を開くとアレックスと扉の前を守る護衛騎士が言い争いをしていた。
アレックスの太陽の輝きのごとき美貌は今、目の下に出来た隈でくすんで妖華の陰を帯び、やつれた顎には微かに無精髭が浮かんでいる。
「ヴィルヘルムに今すぐ会わせろと言っているんだ!」
「陛下はご多忙なのでお通しすることはできません。レジーナ殿下の件でしたら捜査中で、審理が始まるまでは陛下はその件について閣下と話す気はない、他の報告も宰相府に報告をするよう伝えるように申しつかっております」
「レオンのやつもグルか!」
「伯父上、こちらに」
怒り心頭といった様子のアレックスの袖をリアムは引き、先程聞いたレジーナの状況を伝えて言った。
「父と交渉して調査権を得ました。レジーナを放免できるように証拠を集めさせています。安心してください。ところで、ケインさんは?」
「ライモンドの祖父と両親がフィリーベルグから出てきていてね。元々の確執もあるし、ライモンドはベネディクトが一番可愛がっている孫だから今回の件で大層ご立腹だ。だから、そちらに行ってもらっている」
怒りを押し殺していつも通りの空気をまとい、眉間の皺を揉んだアレックスは唇を歪めた。
「押しつけられた神殿との調停はこちらの有利で全部片をつけた。レジーナの冤罪を晴らす調査に私も加わろう」
「……お休みになった方が、いいのでは?」
事件から十日経ったが、レジーナが拘束された三日前までそこまで進展がなかったと記憶している。
神殿の神官反乱の件で交渉の主導権を握り、不眠不休で解決に導いたのだろう。
倒れるのではと危惧して提案すると、臈たけた白さを超えた青白い顔色でアレックスは眦を吊り上げた。
「大切な娘が冤罪で裁かれそうな時に呑気に眠れると思うのか? さっきのは調査に関わらせてくれというお願いじゃない。調査に加わるという宣言だ。いいね」
「不利な証拠が出てきても隠さず握りつぶしたり、不法行為をしないのであれば。もちろん、彼女がそんなことをするとは僕も思っていませんが」
そう尋ねるとアレックスは躊躇なくフォルトル神と自らの地位にそれを誓い、リアムは全く信用できない誓いと共にアレックスを受け入れた。
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