育ててくれてありがとう
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事件の発生から一週間ほど経ったその日、サンドーロ子爵邸に鉄靴の音が響きわたり、デイジーとの穏やかな生活で少し落ち着いたレジーナの安息の日々は再び乱された。
「レジーナ殿下。あなたにフィリーベルグ公爵令息殺害未遂の疑いがかかっています。ご同行いただきます」
「え??」
手にした刺繍枠をそのまま、レジーナは呆然と屋敷に押し入って来た数名の騎士を見上げる。
「フィリーベルグ公爵令息?? ライモンド先生の事ですか?? 殺害、未遂?? 先生が殺されそうになったんですか?」
騎士の中で一番年嵩の隊長と思しき男は、眉間に皺を寄せて吐き捨てた。
「他人の手で毒を盛り、知らぬ存ぜぬ……か。拒まれるのでしたら、力づくでお連れすることになりますが」
「お待ちください、レジーナ殿下は私共が大公閣下よりお預かりしているんです。あなた方が本当に国王の命を受けた騎士の方か分かりませんし、連れて行くと言われても是とは申せません」
海亀島で荒くれ者相手に引かなかった遣手時代の姿そのまま、また子供の頃からそうであったように、デイジーが騎士からレジーナを庇ってくれる。
「私はメルシア連合王国、近衛騎士団所属のダグラス・シュナイダー。こちらが国王陛下より託された証明です。ご確認ください」
シュナイダーが出してきたのは、彼らの部隊が学園で起こった事件の調査隊であり、国王より調査を委任されているという書類だった。
ナザロフをはじめとした一団は地下牢に入れられ、テオドールは新宮殿建設から一度も使われた事のなかった貴賓用の牢の一室に投獄された。
王都にいるすべての貴族とその関係者はもれなく移動を制限されどこにいるかを詳らかにするように強いられ、王の信頼厚い近衛騎士が今回起きたいくつかの事件について調査を開始したので彼らが来た場合は無条件に協力するよう通告されていた。
サインと御璽を確認し、王が発行した正式なものだとそれを認めたレジーナは奥歯を噛み締めた。
刺繍の木枠を机に置くと自分を庇うデイジーの横に立つ。
海亀島で娼婦として、盛りを過ぎた後は遣手として、長年苦労した末にサンドーロ子爵と出会って幸せを得た彼女が自分などを庇って罪に問われてはいけない。
「分かりました。同行します。サンドーロ子爵夫妻は大公閣下から私のことを頼まれただけで無関係です。罪に問うことはしないでください」
「それは貴方が口を出すところではありません」
ぴしりとそれを撥ねつけたシュナイダーとその部下にまわりを囲まれ、屋敷の入口に足を進めた時、玄関の扉が開け放たれてケインとアレックスの2人が飛び込んできた。
「待て。シュナイダー。大逆への関与ならば、すでに王と王太子に話が通っている」
「エリアス殿下、今回レジーナ殿下にかけられている嫌疑はライモンド卿の毒殺未遂です」
「犯人はディアーラ人の女生徒で、すでに拘束されたと報告を受けているが?」
「レジーナ殿下がアッシェンに命じ、女生徒が実行犯として毒をライモンド卿に飲ませた嫌疑が出てきました。もちろん調査が進み疑いが晴れれば解放させていただきますよ」
晴れるとは思えないが、と冷たい悪意をただよわせてこちらを睨むシュナイダーの視線に身がすくむ。
それを遮るように、レジーナの前にケインとアレックスが立ち塞がった。
「養い子が冤罪で勾留されるのを指をくわえて見ているわけにはいかない」
「レジーナにはライモンドを暗殺する動機がない」
ライモンドの養父でもあるケインがレジーナを庇って口を挟むとシュナイダーは物悲しげな表情を浮かべた。
「元王妃にあれほどの煮湯を飲まされてなお、あなたはあの女の娘に絆されるのですか」
「シュナイダー。お前こそレジーナに対して敵意を抱いているだろう?」
「抱かないとでも? 毒を盛られて苦悶の末に亡くなったユリア殿下と、生まれてすぐに縊られた弟君の亡骸を王命を受けて検めたのは私だ」
シュナイダーの言葉にアレックスとケインの表情は強張り、レジーナは打ち据えられた。
ずっと悩んでいた。
エリアスの愛を掠め取っているという自覚があったから。
凱旋門の上でそれを認識してから冷静に考えていた。いつか、そうしなければいけないと。
踏ん切りがつかなかったが、今こそ運命神が示したその時なのだろう。
だからレジーナは庇ってくれている二人をするりとかわしてシュナイダーと相対した。
「ジーナ!!!」
次の行動を悟ったのであろうアレックスが心が捩れるほどの叫びで自分の名前を呼ばわった。
そこに含まれる静止の響き。
未練がましく振り向くことはできず、床に視線を落としたレジーナは、アレックスに背を向けたまま口を開く。
「エリアス殿下。ずっと、ユリアの……本当の娘さんを住まわせるべき心の居場所を奪い、申し訳ありませんでした。これまで育ててくれて……ありがとう」
そこまで言って顔を上げ、冷たい顔をした騎士に対峙したレジーナは、かつてアレックスが教えてくれたように背中を伸ばし頭を上げて口角を上げて微笑みを見せる。
「お連れください。シュナイダー卿」
美しく伸びた姿勢から、作られた表情から溢れ出る厳粛な空気と強い意志。
その瞬間だけ、レジーナは場を支配した。
誰一人その意思に反する行動を取れなかった。
彼女を止める事ができたはずのケインでさえ、気圧され動くことが出来なかった。
シュナイダーに丁寧にエスコートされたレジーナの凛と伸ばした背中が小さくなり、上等な設えの護送馬車の中に消えて馬車が滑らかに走り去って行くのを、アレックス達三人はただ無為に見送った。
「今日こそ、ちゃんと、話そうと、伝えようと……思ってここまで来たんだ」
天を仰ぎ、絞り出すようにそう零したアレックスは、顔を両手で覆って嗚咽を殺した。
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