永遠を超えて君を愛す
大学校の馬車溜まりにリアムとケインを乗せた馬車は到着した。護衛として先に馬車を降りたケインが扉を塞ぐ形で立ち、誰かに話しかける。
「どうしてここに?」
「レジーナを見送りに。避難所は彼女がいられる雰囲気ではなかったのでアレックスさんの手配でサンドーロ子爵邸に向かいました。ケインさん、あの……リアムは?」
少し硬質の澄んだ声はソフィアのものだ。
安否を憂いて震える響きを聞いて、リアムはケインの隙間からなんとか身体を捻り出そうとしたが、うまくいかなかった。
「もしかして先程すれ違った馬車か。アレックスも一緒に行ったのか?」
「こみいった事情があって向こうにいます。詳しくは本人に聞いてください。で、リアムは無事ですの?!」
ケインが動かず、やむを得ないと言う気持ちでリアムはケインを押した。いや、押そうとした。
その瞬間、不意にケインが前に進んで、急につかえが取れたリアムはソフィアの前にまろびでた。
「本人に聞いてくれ。やれるだけの事はしている。ほかの役員や教師も怪我はあるが生きている。君が一人でいるならここは安全だろう。俺はアレクのところに行く」
「ソ、フィア…!」
転びそうになるのをなんとかこらえて、リアムはソフィアの前に立った。
「リアム……!」
自分に向けて呼ばれた名前を耳で捉えた瞬間、ソフィアの声以外全ての音が遠ざかる。
鶴のようにすらりとした美しい立ち姿だけが鮮やかに、残照と篝火に照らされて煌めいていた。
いつもの親友としての距離感まで近づいて手を伸ばし、もう一歩さらに近しく踏み込んでリアムはそっとソフィアの頬に両手を触れた。
「けが……! 怪我はない?」
もちろん彼女の無事は聞いている。だが、リアムはそう確かめずにいられなかった。
「わたくしは怪我一つありませんわ」
頬を撫でるとソフィアが背中に腕を回した。
打ち傷に触れられ、鈍い痛みに身体を強張らせるとソフィアは慌てたようにその手を下ろした。
「リアムこそ怪我を?」
「ただの打ち身だからたいしたことない。ソフィア、君を抱きしめたい。許してくれる?」
照れや恥など忘れてリアムは尋ねた。彼女が生きている事をその温もりで感じたかった。
はにかんで頷くソフィアの背中に手を回し、彼女を強く抱き寄せ、ほんの少し埃っぽいつむじに鼻を埋める。
かつてないほど近く距離をつめると服越しにお互いの鼓動が重なって、温もりが伝わりあった。
「君が無事でよかった……」
「リアムも……」
気の利いた言葉など出てこない。素朴な言葉で無事に再会できたことを心の底から寿ぎあう。
お互いの視線を絡め合わせ、生存を確かめ合ううちにどちらからともなく唇が近付いて重なった。
別れた時に口許に感じたよりもかさついた唇は、非常事態で彼女が全力を尽くしていた証左でそれも愛しい。
啄みあって互いの鼻先を擦り合わせもう一度思いを込めてくちづけるとリアムはソフィアに告げた。
「ソフィア。別れた時、続きは再会できたら聞いてくれるって言っていたよね。皆が大変な時にふさわしくないかもしれないし、ちっともロマンティックじゃない。でも、今、聞いて欲しい。言えないまま別れるなんて一度で充分だから」
頷くソフィアの前にリアムは片膝をついて跪き、その左手を取って篝火に映える赤い瞳を見つめる。
「ソフィア。今、僕はこの身一つで指輪も持っていないけれど、君への愛だけはこの胸に満ちている。生涯君だけを心に住まわせ、一生かけて愛し抜く。だから僕と結婚を前提に……いや、結婚してほしいんだ」
「わたくしは口も悪くて、怒りっぽいし、柔軟には自分を変えられない。皆が望むような良き伴侶、良き妃とはほど遠いわ。それでも構わないの?」
珍しく自信なさげなソフィアを見て温かいものが胸に満ちる。
リアムの立場を慮って真剣に考え、正直に不安を伝えてくれることがとても嬉しい。
「僕はソフィアの感情を隠さず、信念に満ちたところが好きなんだ。卒業パーティーで僕の前に進み出て、テオドール達の理不尽に対峙した君の毅然とした姿に目を奪われた。あの時、君に惹かれたのかもしれない」
「あの時から?? 嘘でしょう? あの後野花ちゃんなんて言ったのに?」
「野花ちゃんって言われても。その言葉のセンスも好きだよ。僕が必要としているのは君だけだ。ねえ、ソフィア。返事が欲しい。今すぐに」
何度邪魔が入ったかと思い返しながら急かすと、ソフィアは優しくその目を細めた。
「……喜んでお受けします。わたくしも貴方と人生を歩みたい。あのリベルタ行きの船に囚われた時のようにままならない事がおこっても、二人なら乗り切れます。リアム、貴方を愛しているわ」
「ソフィア。君だけを恋い、永遠を超えて君だけに愛を捧げるよ」
リアムは恭しく愛情を込め、ソフィアの左手の薬指に唇を落とした。
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