かけがえのない存在
更新遅くなり申し訳ありません。知らなかったのですが、注目度ランキングに載せていただいていたと友人に聞きました。お読みいただきありがとうございます。
ジョヴァンニから話を聞いたアレックスは耐えきれず己の顔を覆って俯いた。
ニコライ・ナザロフ率いる海賊団に襲われ、陵辱の限りを尽くされた忌まわしい記憶は二十年経った今でもささいなきっかけで蘇る。
錯乱するたびに自分の亡き娘とレジーナを混同し縋り付いてレジーナを深く傷つけていたと知ったのはつい先日のこと。
だがその経験があるからこそ、レジーナの怯えが痛いほど理解できた。
未遂であろうとも自分よりも屈強な人間に押さえつけられ体の支配権を奪われる経験は心傷になっただろう。
まだたいして時間も経っていない。レジーナがテオドールによく似た自分に怯えたのは当然だ。
加えて彼女の前で人が殺された。
それによってアレックスがレジーナの母親を弑した時の記憶を呼び起こしていても不思議ではない。
「しばらく顔をあわせないのがレジーナのためだろう。話してくれてありがとう」
支えもなく聞いたそれにかろうじて耐えられたのは大公としての矜持で、そのおかげでジョヴァンニの前で普通の顔を取り繕うことが出来た。
「レジーナは貴方に隠すでしょうから、風通しを良くしただけです」
「ああ、そうか、君だったな。ハーヴィーからあらましを聞いた。レジーナに寄り添ってくれたこと、感謝する」
「上級生として話を聞いただけで、その前もその後も、実際に骨を折ったのはリアム殿下ですよ」
謙遜でもへつらいでもなく、淡々と事実を述べる風情でさらりという青年にアレックスの口元が弛んだ。
ジョヴァンニとは件の夜会の準備の際、リアムによって引き合わされている。
アレックスがオクシデンス商会の商会長と知るや否や自領の新商品を売り込み、その後の交渉も学生とは思えない見事な手腕で双方良しの条件でまとめて来た。
機に聡く能力も胆力も優れていて、可能ならば商会に引き抜きたいと思っていた青年だったが、それ以上に人の心を慮る才のある実に得難い人物のようだ。
「……そろそろレジーナも戻ってくるだろう。私は仕事が山積みだからね。レジーナの事を任せたいんだが、構わないか。デイジー、サンドーロ子爵家に連絡を取っておくから、しばらくそこに泊まるようにと伝えてくれ」
仕事などとうにひと段落ついていたが、探せばいくらでもあるはずだ。
「それとこれは土産だ。皆で食べるといい。疲れが取れる」
レジーナのために作らせたチョコレート菓子を渡すとジョヴァンニの眉が持ち上がった。
彼はその顔立ちのせいか、人の思考を読むのが得意な自分からしても感情が読みづらい。
「……差し出がましく言わせてもらいますが、これはご自分で渡すべきでしょう。それに閣下と殿下は一刻も早く話をするべきでは?」
「はは……ありがとう。そうしたいのはやまやまだ。だが、レジーナの心身の健康を取り戻させるのを優先したい。だから、加害者の男とよく似たこの顔を見せたくはないんだ。これ以上あの子を傷つけたくないから」
そう言ってチョコレートの箱を押し付けると、沈黙が二人の間に流れる。
それを破るかのようにぽつりとジョヴァンニが口を開いた。
「どう、思われているんですか?」
「幼い頃からずっと成長を見守って来た。彼女の存在に心救われてきた」
レジーナの母を殺した償いを申し出た自分に『身代わりでもいいから父親と呼ばせて欲しい』と言った哀れな子供。
両親からの愛情を求めて与えられず、父親に似ているというだけで母親を殺した男に自我を殺してでもいじましく父性を求めようとした、愛に飢えた少女。
愛を与えたくとも、その存在を喪って立ち尽くしていた自分に与えられた福音。
「私の病のせいで辛い思いをさせてしまったが、かけがえのない存在だよ。実の娘を見守って来た時間よりも長く、密に、親子として暮らして来たんだ。今、己が命をかけてでも護りたい、二人しかいないうちの一人だ」
すべてをレジーナから聞かされたであろう青年のシンプルな問いに、アレックスも普段は見せない胸の裡を誠実に明かした。
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