赤狼
暴力表現があります。ご留意の上お読みください。
「ライモンドさん。河を渡ってはいけません! 見てろってケインさんに言われてたでしょ!」
「………ぁ…あ」
「先生! しっかりしてください! なんか先生が意識を保てるはなしっ!!」
「ライモンドさん! 貴方がた赤狼団の人は懺悔せずに河を渡ったら地獄行きですよ! いいですか! 地獄にはエリアス殿下がいないんです! いいんですか、そんな場所に行って!!」
「馬鹿っ! それはあんたにとっての地獄だな?! 天国にだっていないし、別に居なくても良くないか!」
「最悪ですよ! エリアス殿下はおらず、いるのはおっぱいとお尻の大きな素朴な顔の子ばかりで……!! あっ! 両目を閉じちゃ駄目です! しっかり! しっかりして! ライモンドさん」
「それ先生のどタイプじゃん! それがあの世だって聞いたら先生ふらっと行っちゃうってば! 馬鹿!!」
「戻ってきてください! そうだ! 貴方の地獄にはきっとケインさんがぎゅうぎゅうにいますよ! あっ、戻ってきた! ライモンドさんそうです、そのまま意識を保って! そうだ、給料! 給料を上げるように手配します! ライモンドさん、お賃金大好きでしたよね!?」
意識の怪しいライモンドの手当をしながら騒がしくしている執行猶予リスト二位の男とその息子を尻目に、ケインは一躍リストの一位に躍り出た男に躊躇なく殴りかかった。
剣を抜いてかかってくると思っていたのだろう。
無防備な腹に不意打ちで入れた一撃に男は咳込んだが、さすがにその一打では沈まず、バックステップでケインから距離を取った。
「剣を抜きなさい。赤狼の男。どうせ死にかけのあの男と同じハリボテだろう?」
「貴様は生きたまま断頭台まで案内する必要がある。ここで剣を抜いたら殺してしまうからな」
「そんな口を聞いてられるのも今だけだ!」
ナザロフはケインに向かって斧を振り下ろし、当たらないと見るや横に薙ぐ。
どれもこれも先ほどライモンドがなんとか剣でいなした強い一撃だったが、ケインはそれを全て紙一重で見切って避けた。
「怯えもせずに動けるのは大したものだ」
「攻撃をちょろちょろよけられるだけで傲るなよ」
ナザロフがフェイントを入れたその小さく作られた隙をケインは逃さない。
綺麗に入ったケインの蹴りの一撃をかろうじて耐えてみせたナザロフは受けた動揺を隠しきれなかった。
フェイントだと分かったとしてもピンポイントに反撃など出来ないはずだと顔に書いてある。
また攻撃を当てたケインも小さく眉を上げてナザロフに言葉をぶつけた。
「体力と膂力だけは父親譲りのようだな」
「父を知っているのか? 名を名乗れ」
「名乗る必要が? 名乗る前から知っていたじゃあないか。先程、貴様が口にしたのが俺の名だ。そこの男がお前の父を吊るす協力をした赤狼だよ」
そう言って元リベルタ総督であるガイヤールを指差した瞬間、ナザロフが浮かべた憤怒と絶望と恐怖。
それは心の中に押さえ込んでいる狂獣の糧となり、知らずケインの顔に愉悦の微笑みが浮かんだ。
「まさかそれを聞いて、戦意喪失したりなどしないよな」
「するものか!!」
怒号と共に嵐の激しさでナザロフが攻撃を仕掛けてきた。辺りの植栽の葉が散り、斧の一撃は地面を抉る。
だが、肩で息をするほど手を変え品を変えて攻撃を続けてもナザロフの攻撃は当たらず、ただ動きのキレだけが落ちていく。
ナザロフは常に蹂躙する側でその暴力性で成功体験を積み上げてきた男だ。この国に来てからもそうだった。
だが圧倒的強者であるケインに、それは通じない。
渾身であろうナザロフの一撃をいなしながら受け止め、相手の力を利用して投げ飛ばし、その自信と矜持を叩き折る。
地面に倒れた男にケインは声をかけた。
『もう終わりか? 絞首刑で晒されたお前のパパが、ハンバー港で応援のダンスを踊っているぞ』
ナザロフは跳ね上がるように立ち上がって、斧の横薙ぎの一撃で返す。刃先で斬れたのは皮膚一枚。
よろめいたナザロフから斧を奪い取ったケインは跳ね上げる動きで斧の先端のスパイクを使ってナザロフの眼球を抉ると斧を投げ捨てた。
先程ライモンドに対して行った暴虐を息一つ乱さずきっちりと返されて、ナザロフは生理的な涙を流しながらのたうち絶叫した。
だが、それになんの痛痒も覚えずにケインはさらに傷口を抑えた手を傷口ごと踏みにじり、その血と涙と土埃で汚れたナザロフの顔の横にしゃがみこんで、マントの裏からナイフを取り出した。
『これであいこってところだな。意識を飛ばさず覚醒したままでいてくれて良かった。待つ時間がもったいない。さて、満身創痍のうちの子相手に色々おしゃべりをきかせてくれたんだろう。同じように俺にも囀ってみろ。その時間ぐらいは与えてやる。早くしろ。ノーザンバラ語で構わない。お前の父がお前達に喧伝したように言ってみろ』
『うぁ……』
完膚なきまでにその矜持を叩き潰した後に優しい声で話しかけても、それは恐怖しか産まない。
それを百も承知でケインはこれ以上なく優しく男に話しかけ、震えるその顎を掴んだ。
「囀れない金糸雀の舌は切り取ってしまおう。死なない程度に調整してやるから心配するな」
「あ……」
「命を取らないんだ。充分に優しいだろう? ほら、早く言え。さあ、時間の無駄だ。はやくはやくはやくはやく」
怒りと狂気で瞳孔が開いて暗く翳ったケインの眼差しにナザロフは怯えを見せ首を縦に振る。
喋れるように顎から手を離すと早口でナザロフは告白する。
「みじめに! いろっぽく、いのちごいしたとだけ!」
「万死に値するな。もう二度とそんな事を囀れないよう処置しておくか」
ケインはナザロフの舌を引き出してそこにナイフを当てる。涙目で暴れるナザロフの汚らしい舌を離すと男は小さな声でやめてくれと懇願した。
「お前らはそうやって命乞いをし涙を流した人間をどれだけ踏み躙ってきた? 今まで大人しくしていたから目溢していただけだと理解せず、こうして俺の大切な物に手を出し侮辱し傷つける。度し難い。だが、そうだな。貴様には今回の件の全貌を話してもらう必要がある」
パッと手を離し、ナザロフが安堵の表情を浮かべた刹那を狙って、ケインは逃亡を防ぐためにその足の腱をナイフで切り裂いた。
あたりに再び響く絶叫も腱を切った時に浴びた血飛沫も意に留めず、ついに意識を失った男に向かって唾を吐きかけたケインはライモンドの手当てを済ませたガイヤール親子に視線を流す。
「これも死なない程度に手当てしてやれ」
「あっ! あの! な、なんでうちの父親は……十年あなたのリストに載って無事なんですか?」
怯えを帯びた上目遣いで、それでもしっかりとした口調でガイヤールの息子がケインに尋ねた。
「つまらない事を聞く。アレックス……エリアス殿下がそう望んだからだ。小僧」
当然の答えに小動物のよう震えながら抱き合って頷く親子を置いてケインは地下遺跡へと向かった。
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