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因果は巡り悪縁は絡む

この話とこの次の話はR15レーティング上限程度の暴力的なシーンがあります。お含みおきの上お読みください。

 一方、ライモンドは窮地に立たされていた。


「さきほど私を倒すなどと大言壮語をぶち上げていたのですから、もう少しまともに遊んでくださいよ。その髪と目の色、貴方、メルシア王家の犬、赤狼の一員でしょう? エリアス王子の護衛の赤毛は我が父ニコライ・ナザロフの片目を奪った因縁の相手だ。打ち負かすのを期待していたのに、歯ごたえがなくてがっかりです。リアム殿下の方がまだ面白味がありました」


 剣と斧を合わせては受け流し、なんとかその重い攻撃を退ける作業を何度繰り返しただろう。

 目の前の男のあげる嘲笑が紗をかけたようにどこか遠く聞こえる。

 ライモンドは薄れる意識を保つために強く頭を振った。

 リアムには余裕がありそうな様子を見せて彼を逃したが、強がってみせただけだ。

 正直今の体調で、普段で互角程度の実力と思しきこの男を倒せる見通しは何一つ立たない。

 そもそもリアムと合流するのが遅れたのも敵を掃討している間に普段ほとんど負わない軽微な傷を何ヶ所か受けて血を失い、また体内に残った毒も想定より強く、しばらくの間昏倒していたからだ。

 今も回った毒のせいか目が霞み、普段の半分程度しか男の動きを追えていない。

 さらに掌には力が入らず、そこから噴き出す不自然にべたついた汗のせいで剣の柄がすべる。

 男の重い斧の一撃を受けるたびに剣を取り落としそうになって身体のあちこちに無駄な力が入り、疲労が溜まり、さらに動きが落ちる寸法だ。

 毒を飲んでいなかったら、せめて毒が回る前にこの男と戦えていれば、と後悔と仮定ばかりがライモンドの脳裏をよぎる。

 気合いと共に振り下ろされた大上段からの重い一撃をかろうじて止めたものの、巨漢の体重を込めた鋼の塊()をぶつけられた衝撃で、ついにライモンドの剣は手から跳ね飛ばされ弧を描きながら飛んで手の届かぬ地面に突き刺さった。

 

「さてさてさて、武器を失いましたが、どうしますか。誇り高く自害するか、徒手空拳で戦うか、それとも、エリアス大公がかつて我が父にそうしたように命乞いでもしてみせますか? 大公を守って死んだ赤毛の護衛の骸の横で、彼は実に惨めに色っぽく媚びてみせたそうですよ」


 動かぬ足を叱咤して、よろめきまろびそうになりながら剣を拾おうとしたライモンドだったが、自分よりも大柄なその男にあっという間に距離を詰められた。

 そのまま髪を抜ける勢いで引かれ、見せつけるように下卑た笑顔を見せられて、斧を置いた大きな手がライモンドの顔に近づいた。


「なるほど。まだやる気は失っていないようで、実に結構。頑丈でないといたぶり甲斐がない。さて、まずは元本を返してもらわないとな」

 頬を撫でられながらの男の言葉を理解する前に目の横で親指が止まる。

 ぞくりと寒気が走った次の瞬間、眼窩に熱を感じ、ライモンドは反射的に男を突き飛ばして転がった。

 その熱が痛みだと認識できた瞬間、それを宥めるために顔を抑えて絶叫し、己の身を護ってうずくまった。

 泣いてなどいないのに暖かな涙が流れ落ちる感覚が左目を苛んだ。意識がさらに霞んで周りの空気が希薄になっていくのに、片目を奪われた痛みが鋭敏に命の危機を伝えてライモンドの意識をこちらに引きずり戻す。


「あはっ。なかなかいい声ですよ! 私と殿下の遊びを邪魔した分、父の目を奪った利息の分、断末魔までたっぷりと楽しませてください。丁寧に寸刻みにしてさしあげます」


 男の暴言にもうずくまったまま息を吐くのが精一杯で、悪態どころか一言も返すことが出来ない。このままなぶり殺しにされるのだと認識し、ライモンドの心が絶望に浸された。

 だが、土をにじって近づいてくる男の足音が不意に止まった。


「いいところで邪魔を入れてくる。メルシア人のこのパターンはもう十分なんだが」


 いかにもうんざりとした声音で男がライモンドではない誰かに言葉を投げた。


「安心しろ。俺で最後だ。ライモンド。死なずによく持ちこたえたな。あとは引き取ろう」


「あ……」


 抑揚の薄い喋り方の、低く地の底から響く声。

 ライモンドはその声をよく知っている。

 はじめて聞いたときは地獄の使いのようだと思ったその声は、今、本当の死の淵にいるこの時に聞くと、救世使に巡り逢ったかのような安心感がある。

 誰よりも頼りになるその声の持ち主の名をライモンドは囁くように音にした。


「ケイン、さん……」


「ガイヤール、手当を」


「ケインさん、でんかはダンジョンに……それと、その男、リヒャルトかっかの……かたきの……むすこ」


 意識が掴めなくなっていく。

 だが、それでも伝えなければいけない。ライモンドは回らない舌を気力で必死に動かした。


「わかった。さっさと片をつけよう。眠るなよ。意識を保って俺の戦いの行方を見ておけ」


「む、ちゃ……」


「たいした時間はかからない。ナーサリーライムよりも短いさ」


 ケインのなにも変わらない口調に、自分が痛みと片目を失ったショックでパニックに陥っていたと認識できて、ライモンドは少し気持ちを持ち直した。


「———エリア…………」


 唇だけをなんとか動かし先程この男が漏らした、エリアスの命乞いをナザロフ親子は寝物語代わりに消費していたようだとケインに伝える。

 その途端に膨れ上がる殺気にライモンドは意趣返しを出来たと口元の両端を持ち上げ、誰よりも悲惨になるであろう男の末路を想像して体の力を抜く。 

 ヴァンサンとディオンがぐったりと地に体を投げたライモンドに駆け寄った。

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