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運命の神は悪意の糸を引く

 このダンジョン(地下遺構)は小部屋状になった地下牢があるエリアまでほぼ一本道、そこを進んだ先の階段をさらに下って緩やかなカーブと勾配のある分かれ道を進みながら昇ると別の出口があったように記憶している。

 昔見たうろ覚えの地図を思い返しながらリアムが薄暗い道を進むと、牢の一つから陶器の割れる音と悪態が聞こえた。

 聞き覚えのあるその声を無視したい気持ちで先を急いだリアムだったが、運命の女神(フォルトル)はこちらの都合など考えてはくれない。

 かくして格子窓付きの古い扉を乱暴に開けたテオドールとリアムは鉢合わせした。


「リアム!!」


「テオ……」


 お互いを認識して名前を呼ばわりあって距離をあけて相対すると、テオドールが口を開いた。


「僕のレジーナはどこだ! 子飼いの下級貴族に襲わせて彼女を連れ出すなんて、妾の息子はやることが薄汚い。邪魔さえ入らなきゃ今頃レジーナに僕が彼女をどれほど愛しているのか刻み込めたはずなんだ。ああ、まだ頭がズキズキする」


「は??」


 まくしたてるテオドールがなにを言っているのか本気で理解できず、腹底からその声が漏れた。


「えっ?? レジーナ? 邪魔??」


「レジーナと僕が結ばれて男児をなしたら、お前はその正しい血筋を前に、偽りの後継者の座から転がり落ちる! それを防ぐのにジョヴァンニ・ダスティに僕とレジーナの間の邪魔をするように命じたんだろう! あいつは僕に暴力をふるい、レジーナを連れ去った!」


 テオドールに断定口調で言い切られ、意図せず変なところから声が出た。


「はっ……??? はぁあああああ!?」


 ジョヴァンニは友人で、思いやりと侠気にあふれた男だ。子飼いなどという失礼な呼ばわりをされる関係ではない。

 そしてそれ以上に、この混乱の一端を担ったテオドールの無自覚さ、邪悪な無邪気さに、リアムのはらわたは煮えくりかえった。

 皆が命の危険を抱えるこの状況で色恋の、しかも妄言に等しい思い込みで自分をなじるこの男はどこまで愚かで呑気なのだ。

 生徒達の情報を守るために校舎に戻った校長親子。

 命の覚悟を決めて別れ、敵に捕まろうとも出てくるなと叫んだ神聖皇国語の老教師。

 血まみれで明らかにいつもと違う様子で、それでもいつも通りを装って、強敵の顎から自分を救って逃げるように言ってくれたライモンド。

 親の過ちを正しく認識してリアムに協力し、さらに自らを犠牲にしてでも時間を稼がんとしたアネット。

 人を斬った時にあれほど動揺していたのに、そうせざるえない状況に、敵の前に立ち塞がる決意を固めたユルゲン。

 それにこのダンジョン(地下遺構)の入口で亡くなっていた警備兵と、アッシェンを屠るも意識を朦朧とさせていたオリヴェル。

 そして怯える生徒達。

 彼らを鼓舞して寄り添い力づけたソフィアは、命の危険も顧みずに不安定な裸馬を駆り、皆を助けるために学園の外へと出て行った。

 一人一人の決意を、ありさまを、一つづつテオドールの鼻面に突きつけ、全員に土下座させてその頭を押さえつけ、地面にめり込ませてやりたい。


「分かってるのか? 今の状況を! いや、分かってないよな! あの婚約破棄の時から悪知恵だけ回る馬鹿じゃないかと疑ってたけど、やっぱり掛け値なしの馬鹿だよ。お前は!」


「は?! お前はいつだってそうだ! 人畜無害を装って卑屈にへりくだりながらもその実、賢しらぶって人のことをいつだって見下してる。買収した神殿から嫡子と認められたとたん、その本性を表して、堂々と人のことを馬鹿呼ばわりだ!」


「こんな言葉は使いたくもないけど言わせてもらう。馬鹿を馬鹿と言って何が悪い! その小さな頭蓋骨につまってるのは脳味噌じゃなくて糞だよな。空っぽの方がまだマシだ。その糞頭でもわかるように言ってやる! お前の馬鹿な行動のせいで人が死んだ! お前は神輿に担ぎ上げられ、ノーザンバラ帝国の工作員が学園に侵入した。お前はど真ん中に大逆の片棒を担いだんだぞ。それとな、レジーナは自身の意思でお前を見限った! その自分にばかり都合のいい妄言を引っ込めろ!」


「僕達は愛し合っていた! お互い分かり合っていた! その彼女が心変わりなんてするわけがない。お前が裏で糸を引いたんじゃなけりゃな!」


「確かに少し前までレジーナはお前を信じてた。静かに二人で愛を育んでいる。お前は反省した。他の誰よりもお前のことが好きだと言っていた! だが、お前は一途にお前を信じる彼女の話を聞かずに、その信頼を裏切ってノーザンバラと手を組んだんだろ! だから見限られたんだよ! なんでよりにもよって帝国の手を取った! レジーナは止めたよな? あの子は見てられないほど憔悴して悩んでいた!」


「奴らと手を結んだつもりはない! 利用してやったんだ! この間違った状況を糺すために! 王は愛人に産ませた私生児可愛さに、王妃の正嫡のレジーナを虐げて蔑ろにし、リベルタに捨てて、汚れた血の庶子(お前)を後継者の座につけた! レジーナが女王になるべきなんだ!」


「そのゴミ以下の陰謀論、ノーザンバラ帝国の工作員にいいように吹き込まれてるだろ! 醸されてもないこやし頭でよく考えろ! メルシアは男子優先継承だ。レジーナに本来の継承権があったとしても慣例で僕の継承順が上になる」


「それだよ! そうやって知識をひけらかして自分は間違ったことは言いません、理性的ですって、正論ぶったことを言うところも嫌いなんだよ! 下賎な赤犬の腹から産まれた父も分からぬ私生児の分際で偉そうに! 身の程をわきまえて卑屈に小さくなってろ!」


 それはリアムの心の堤防を怒りで決壊させる最後の一押しに十分以上の威力をもった悪態だった。


「ほんっとうに!! 本当に、本当にほんとうにっ!! 僕だってお前のことが大っ嫌いだ! ずっとずっと嫌いだった! 僕の両親が正しく僕の両親だって認められないのはお前だけだ! 本当は気がついているくせに、認めたくないと目を逸らして、それを正当化するために無理な屁理屈をこねまわすのもいい加減にしろ! ちゃんと現実を見ろよ! テオドール!!」


 テオドールもそこが限界だったらしい。

 怒りの雄叫びと共に二人の拳が交錯した。

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