己の無力に打ち震える時
GWのため、更新時間を変更してお届けしています。
GW後は今まで通り、朝の時間を中心に更新の予定です。よろしくお願いします。
明日も更新の予定ですが、時間未定です。
西門の方から呼び子の高い音が聞こえる。
ソフィアは無事に逃げることが出来たのだろうか。
リアムは厩舎の裏手の植栽の影に身を潜めて、辺りの様子を伺った。
足を止めてしゃがみ込んだせいで、疲労感が身体に泥のようにまとわりついているのを自覚した。
息を殺して周囲を探るが、ライモンドはまだ来ていない。
時間の感覚が希薄になっているが、日の傾き的に放課後の時間。普段ならば学生会室で間食を取っている頃合いだ。
リアムは湧き出す不安に蓋をし、心の底に押し込めて、バラバラになった皆の無事を心の中で祈る。
『私の勘だとこの辺りにいるはずだが』
不意にノーザンバラ語が聞こえて、リアムを身を縮めた。
『人の気配は感じませんが。閣下、私は厩舎の方を捜してみます』
『ああ、それはここに置いていきなさい。どうせ殺すんだ。燻り出しに使います。枯枝みたいで、焚き付けにちょうどいい』
そっと覗き見てリアムは青ざめた。屈強な男に後ろ手に拘束されているのは少し前に別れた神聖皇国語の老教師だった。
部下と思しき男が離れたところで先程閣下と呼ばれた男は声を張り上げた。
今度はノーザンバラの訛りの強い大陸共通語である。
「さて、隠れている野鼠共。姿を表しなサイ。さもなくばこの老人を殺しマス」
リアムは口を押さえてぐっと身を潜めて息を殺した。
こういう時は絶対に出てはいけないと知っている。出たら最後、自分も彼も殺される。
自分が出ない事で教師にもまだ生存の機会がある。
「仕方ありませんネ。まずは指からにしましょうか」
隠れている人間に聞かせるように、大きく朗らかな声を男が張り上げた直後老人の口から絶叫があふれた。
あの男が何をしたかなど明白だ。
えずきそうになるのを堪えて、リアムは両手で口と鼻を覆って小さく小さく丸まった。
手がもう二つあるならば、耳も抑えられるのに、自分の両手は声を抑えるのに使わざる得ない。
男の前に飛び出して恩師を救いたい衝動を抑え、心の中で謝罪を繰り返しながらリアムはただひたすら身を伏せた。
自分が出ても彼を助ける事など出来ない。
俯いた先の地面に水滴が落ちて土の色を濃く変える。
「次は足にしまショウ。ほら、『出てきて私を助けてください』と惨めに命乞いをしてください。ただの悲鳴じゃ物足りない」
「いるのか……いないのか、分かりませんが、私のことなど見捨てなさい! 決してこのおいぼれを助けようなど思ってはいけない!」
普段は美しい神聖皇国語を話す教師の声が、掠れ痛みをこらえるように痛々しく、しかしはっきりと辺りに響く。
「私は命乞いなさいといったんですヨ!」
何かを蹴る音がしてリアムは身を震わせた。痩せた老人があんな男に力一杯に蹴られたら、それだけでただでは済まない。
己の無力さに腹が立つ。
目の前で起こる圧倒的な暴力になす術もなく、こうして隠れている事しか出来ない。
「ああ……だが、効果がないわけじゃなかったみたいだ」
笑み含んだ男の声がして、足音がこちらに近づいてくる。
地面を踏み締める音が近づくにつれ、リアムの心臓は激しく脈を打ち、手足が冷える。
「みぃつけた。茂みを揺らした子鼠ちゃん」
男が藪を掻き分けた瞬間、状況を正しく認識したリアムは、身を翻した。
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