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開けられない包紙

「馬鹿が下手な策を弄するから、こういう事になるんだ」


 ソフィアが馬車の中でアレックスとケインの二人に状況を説明すると、アレックスはそう吐き捨てて、我に返ったように小さく笑みを作った。


「おっとすまない。馬鹿はヴィルヘルムのことだ。今それを言っていても仕方がないし、そんな暇もないな。ケイン、大至急学園に向かって、皆を助けてくれ」


「貴方を置いていくわけには」


「帰る予定はなかったんだ。誰も首都にいるとは思ってないから刺客に狙われる事はない。万が一があってもソフィアも御者もいる。そうそう危険な目にあわないよ。そうだな……俺達は王宮ではなく、避難場所の大学校に移動する。そこで合流だ。出来るな。ケイン」


 ため息をついたケインが、物入れから鞍のついでに毛布を出してソフィアに差し出した。


「マントと交換してくれ。それは武器をあれこれ仕込んである特別製でね」


「それでこの重さでしたのね」


 マントを返すと、その重みを感じさせない動きでケインはそれを羽織った。


「さっさと片をつけて合流する。物入れの中に携帯食料や着替えも何種類か入っているはずだから使ってくれ」


「頼んだぞ。ケイン」


「任せてくれ。ソフィア、彼を頼む」


「おい! 逆だろ!」


「ソフィアの方が強いからな。じゃあ、後で。そうだな……三刻後というところか?」


「わかった。二刻後に」


 わざわざ時間を短く言ったアレックスにケインが肩をすくめ、馬車から出ていく。

 ほどなくして馬車の馬を繋ぎ変える気配がした後に、扉が叩かれた。ソフィアが窓を開けるとケインは先ほどまで馬車を繋いでいた馬に乗っている。


「貴方の乗ってきた馬はうちの馬と入れ替えて馬車に繋いである。後で労わってやるといい」


「ありがとうございます。ご武運を」


 それに片手を上げてケインは答え、馬首を返して見事な技量で馬車の間を縫いながら先ほどソフィアが辿った学園への道を遡っていった。


「身を乗り出すのは危険だ。心配な気持ちも分かるが君も疲れているだろう。暖かい物は出せないが、まずは飲みなさい。少しは違う」


 アレックスが木製のハンドルつきのカップに入れた水を渡してくれた。

 なんの変哲もない水だったが、食器を使える状況がソフィアの張り詰め昂った心を日常に引き戻す。

 喉の渇きを自覚して勢いよくカップを空けるとアレックスは二杯目を注いでくれた。

 今度はゆっくりと飲み干し、小さい声で礼を言ってカップを返すと、目の前に鑞引の包みが差し出された。

 それは、狭くて汚い檻の中でリアムと二人で泣き笑いしながら食べたあの飴に似ていて、ソフィアの胸は押しつぶされそうになる。

 手の中に納めたまま逡巡するソフィアに、アレックスの優しい声がかかる。


「レジーナに食べさせたくて持ってきたチョコレートだ。美味いから食べてみなさい」


 だがソフィアはどうしても包み紙を開けることが出来なかった。


「わたくし、学生会の皆を、リアムを置いて、逃げてきたのです。リアムと王宮から助けを呼んでくると約束したのも果たせていないのに、皆はまだ学園内で戦っているのに、こんな風に落ち着いて座って、ましてや菓子など食べるわけにはまいりません。ケインさんがいくら強くても一人ですし」


「大丈夫だ。ソフィア。君はすでに最良の札を引いた。ケインは言葉通りの一騎当千だ。到着まで持ちこたえられていれば、彼は必ず全員救う。ケインが赤狼と呼ばれる存在だったと知っているだろう? 今でもその強さは健在だ。サムよりも強いぞ」


「お父様よりも?」


 ソフィアの父サミュエルはいまだにベルニカの誰よりも強い。大剣を持って一人先陣を切り、百人を瞬く間に斬り捨てる。

ノーザンバラの悪名高きナザロフ将軍も父となるべく戦わないようにしていたし、避けきれぬ戦いで刃を交えた時もついぞ決着がつかなかったという。


「サムは認めないと思うけどね。安心しなさい。君は役目を果たしている。第一、ライモンドがすでに王宮に人員を求めているなら、王宮の方で助けを出せない、もしくは遅れている理由があるんだ。だから王宮ではなく、避難先に行くように指示を出した」


「でも……」


 アレックスがチョコレートをもう一つ箱から出して、包み紙を解くとソフィアに差し出す。


「いいから食べなさい。ベルニカの理は常在戦場だったはずだ。ならばこの何もできない隙間の時間に栄養補給をして休息を取るべきだと分かるだろう? 避難所にいる不安な気持ちの生徒達に本当の意味で寄り添えるのは、同じ立場で逃げ、彼らより長く学園に留まった君だけだ。今のうちに少しでも体を休めなければ身が持たない」


 義務感で口に入れたチョコレートは滋味深い甘さと共に舌の上で蕩けて消え、ソフィアにいいしれない罪悪感だけを残した。


「リアムも、君をどうしても護りたかったんだろう。君がリアムに対してそう思い、今、そうして気に病んでいるように。けれどね、護れる時に大切な人を護れるのは幸福な事だ。リアムは君を護り、逃すことを望んだんだ」


「う……っ。あ、ああ……」


 耐えきれず、顔を覆ったソフィアの背中をアレックスがさすってくれる。


「ケインがなんとかしてくれるから、大丈夫だよ。ソフィア。よく頑張ったね。避難先で君らの無事を待つ生徒たちがいるだろう。彼らに元気な顔を見せるためにも、今は少し休みなさい」


 ソフィアは返事をする事もできず、肩を震わせ、ただ泣きじゃくった。

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