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リアムの嘘2

前話からの続きと分かりやすくするため、この話の最初の一文と前話の最後の一文は重複させています。

 自然な口調を装ってリアムは嘘をついた。

 剣の才能は乏しく、メルシア最強の剣士であるケインに早々に匙を投げられ、代わりに護身のためのあらゆる技術を叩き込まれた。

 その中の一つに乗馬があって、一応裸馬にも乗れるようになった。

 だが、それをソフィアは知らない。

 身を守るための技術とともに、師匠のケインとライモンドの二人に、何をどこまで身につけたのか言う必要がないなら口にするなと言われたからだ。

 だからこの嘘はバレない。


「ライモンド先生が来るまで一緒に待ちます。裸馬にも乗れない、戦闘能力もないポンコツ王子を一人残していけませんわ」


「頼む、ソフィア。乗馬は得意だろう? ここに残された皆のために助けを呼んできてくれ。それが一番、皆が生き残るのに合理的だ。僕は大丈夫。空気になるのが上手だから、ライが来るまで隠れていられる」


 合理的。

 大丈夫。

 隠れていられる。

 残された皆のために。


 どれもこれもソフィアを納得させるためだけの偽りだ。


 自身で馬に乗れるのだから、合理的なはずがない。

 一人置いて行かれて大丈夫なわけがない。

 子供の頃と違うから、隠れても見つかるだろう。

 逃亡の場において、家臣の命を考えるな。自分の命を一番に考えろと言われている。


 国の全てを背負うために身近な人間を犠牲にしても、最後の最後まで生き延びろと何度も繰り返し教えられた。

 そうあるべきだと言い聞かせ、他者と自分の命を天秤に乗せて、自分の命へと天秤を傾けるポーズを取り続けて、ここまで逃げた。

 けれども、ソフィアの命と自分の命を天秤に乗せる時が来てはっきりと自覚した。

 それは無理だと。

 自分はソフィアの命だけはそこに乗せられない。

 どれほど愚かと謗られようと、王太子として失格でも、ソフィアの存在だけは自分のそれよりも自分の中で重かった。

 ソフィア本人が望まなくても、彼女だけは助けたかった。国のことなら父と伯父達がなんとかするだろう。

 そもそもこの国は連合王国なのだから、ヴィルヘルムの子供が跡を継ぐ必然はない。連合する五公の誰かの子供が王位を継げばいい。

 武を重んじるベルニカ公爵にはなれなくても、連合王国の王位は女性でも継げる。

 それこそソフィアが継げばいいのだ。


「……ソフィア。君が頼りだ」


 万感を込めての頼みの返事には、長い長い間があった。

 頭を振ってため息をついたソフィアは、無言のまま馬の轡と手綱の具合を確認し、制服のスカートの端を引き裂いてスリットを作る。


「分かりました。その役目、お受けします」


「ありがとう。頼む。ソフィア」


「これを受け取ってくださる?」


 ソフィアはおもむろにポケットに手を入れてそこから何かを取り出し、リアムの手に握り込ませた。


「私、あなたのことが好きよ。リアム。この組紐があなたを護りますように」


 赤い石を銀の糸で組んだ組紐細工。

 それはオリヴェルが持っていってしまった剣護によく似ていた。


「これは……?」


「あなたのことを思いながら改めて作りました。あの時の習作よりもずっと出来がいいはずです」


 リアムは組紐細工をそっと撫でた。きっちりと強めに糸が編まれた御守はソフィアらしかった。

 それを見た瞬間、ここまでなんとか浮かべていた笑みが崩れて、組紐にぽたぽたと涙が吸い込まれていく。


「ありがとう。ソフィア、僕も、君を……君だけを愛している。この件が片付いたら僕と」


「それ以上は駄目。戦場でそれを言った人間の九割は死ぬ呪いの言葉ですわ」


 真面目な顔で言われて、涙が止まる。


「えっ? なにそれ、怖……!」


「続きは無事に再会できたら聞きますわ」


 ソフィアは小さく笑って、落ち着かない様子の馬をもう一度なだめる。


「だから、それまでなんとしても逃げて。必ず生き延びて。私が必ず助けを連れてまいります」


「うん。約束する。ソフィア」


 ソフィアがリアムに急に近づいて、なにか柔らかいものが唇の端を掠め、すぐに離れる。

 呆然としているうちに、ソフィアはひらりと身を翻して、馬にまたがっていた。


「あなたが生き残るためのまじないです。じゃあ、また後で」


 赤く染まったソフィアの耳は、先程感じたソフィアの唇が本物だったと示している。


「うん。また後で」


 あえて普段通りの挨拶を口にしたであろうソフィアに、リアムは同じように返す。

 巧みに馬を操って、あっという間に遠ざかっていくソフィアを厩舎の前で見送ったリアムは、組紐をハンカチに包んで胸のポケットに入れると、気合を入れるように自らの頬を叩いた。

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