リアムの嘘
細い道をリアムとソフィアは小走りに走り抜け、敵影が無くなったのを確認して足を緩めた。
「リアム、目が赤くなっていますわ」
「ソフィアこそ。って、生まれつきか」
これ以上目が赤くなっていることに触れられたくなくて冗談で返すと、ソフィアは驚いた顔をする。
「案外余裕がありますわね。最後の護衛を手放して身を守る術もないのに」
「誰よりも心強い君がいるじゃないか。檻の中と違って自由に動き回れるし、虫入りの堅パンを食べた時よりずっといいと思わない?」
「あらいやだ、どなたの影響かしら。すっかり口が上手になって。あの時の風に吹かれて吹き飛びそうだった野花ちゃんが恋しいですわ」
「か弱い雑草野郎は嫌いだったよね」
「あら、わたくしそこまで言っていませんわよ」
軽口を叩いていれば、押し潰されそうな現実がほんの少しだけ軽くなる。
学園内に残された人達の安否には触れられず、この後の未来を楽観的に話すことも出来ない。
だから、二人でリベルタ行きの檻の中でそうしたように、たわいない言葉を交わすしかなかった。
そうやって歩くことしばし、二人はライモンドと合流予定の西門側の厩舎裏に到着した。
「まだライモンドは来ていないね」
あたりを見回してリアムは眉根を寄せた。
ライモンドは寮からこの場所までの距離を把握している。彼のほうに問題がなければ、リアム達の到着に合わせてその姿を見せるはずだ。
だが、その姿はまだここにない。
「今のうちに馬に鞍をつけておきましょう。先生がここに来たらすぐに逃げられるように」
厩舎に向かったリアムは中の様相に呆然とし、棒立ちになった。
敵がやったに違いない。普段なら綺麗に並べられている筈の馬装具は留め金を壊されて床に落とされ、馬房の柵は壊され馬は逃がされていた。
「どうどう。ここから出ずにいてくれて、お前はいい子ね」
ソフィアは手慣れた様子で、荒らされた敷き藁を所在なさげに踏みしだいている老馬の顔を軽く叩いて宥め、リアムに向き直る。
「そこの轡は使えそうですわ。他の馬具も使えるものがないか確認してくださる?」
「この手綱は切られてないから、それと合わせれば使えると思う。でも、鞍と鐙は丹念に壊されててどれも使えそうにない」
そこには学園から自分達を逃がさない、という意思があった。この厩舎に自分達がやって来る可能性を敵が把握しているのなら、彼らが戻ってきて足止めされている自分達を殺そうとするかもしれない。
あまり猶予がないと察したリアムはソフィアに向き直った。
「とりあえずここから出よう。厩舎の中で敵と遭遇したら逃げられない」
リアムの提案にソフィアも頷き、馬を引いて厩舎の裏に移動した。
「ソフィア。ベルニカは馬の名産地だし、ベルニカ公は騎兵としても有名だ。君は鞍がなくても手綱だけで馬に乗れるよね。僕はここでライを待つ。君はこの馬で一足先に脱出して王宮に赴き、応援を呼んできてくれないか?」
リアムはライモンドを待たずに、ソフィアを学園の外に出すと決めて頼んだ。
一人で先に逃げろと言ってもソフィアは絶対に聞かないと分かっているからこその口実だ。
だが予想通り彼女はそれすら是としなかった。
「は? 何を馬鹿を。ならば私をここで捨てて、王太子の貴方が逃げるべきです。馬でならば王城までいけるでしょう?」
長い付き合いで性格も知っている。ソフィアはそう答えるような気はしていた。リアムに逃げるように言い、この場に一人留まろうとするだろうと。
ソフィアはいっぱしの使い手だが、男性に比べれば体力と膂力はない。ユルゲンのように長時間敵と戦い時間を稼ぐことはできない。
さらにソフィアはアネットに自刃用の隠し短剣を渡していた。そんなものを何本も用意しているはずがない。
そのことで時間稼ぎの最後の手段として、彼女がその身をためらわずに投げ出すつもりがあると分かってしまった。
アネットに対する慈悲として渡したのも理由だったろう。だが、あれはリアムの護衛役になった以上どんな辱めに遭っても自刃せずに時間を稼ぐという気持ちの表れでないかと思う。
だからこそ、なんとしても、自分よりも先に彼女を安全なところに逃がさないといけない。
だが、そんな気持ちがバレればソフィアは絶対に是と言わないはずだ。
「鞍のない馬に乗れないんだ。口実をつけて乗れない馬を譲っただけって、察して欲しかったな」
自然な口調を装ってリアムは嘘をついた。
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