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陰鬱な決断

「ね。だから私のことは捨て置いてください。もう時間がありません。三人とも早く逃げて」


 視認できるところまで屈強な男達が近づいてきていて、リアムは逡巡した。

 ユルゲンが彼女を背負って逃げたとして、追いつかれたら戦えない。護衛役に専念させるならリアムがアネットを背負って逃げた方がいいだろう。

 だがリベルタに売られて帰ってきた後人並みに体力もついたとはいえ、いまだに女性一人背負って長い時間逃げられるほどの筋力はない。


 アネットは冷静だ。冷静に自分の人生を諦めている。

 アネットを犠牲にすることで想定以上の時間を稼げる可能性があるし、逆に捨て置かなければ逃げきれずに一連托生となると分かっている。


「分かった。アネット……。君を置いていく」


 リアムは三人にそう告げた。


「リアム!!」


「殿下!!」


「リアム様……」


 三人の視線が刺さる。二つは非難、一つは諦観。

 これからの人生はおそらくこういう選択の連続だろう。

 国を統べるために何かを犠牲にしないといけない。人間に順位をつけて駒のように扱わなければいけない。

 それどころか踏みつけにしていることすら気がつかずに、誰かを踏みつけ犠牲にすることを日常にするしかなくなるのかもしれない。

 それはひどく気が重く陰鬱で投げ出したい仕事だ。何かを選択すれば、それらすべての命運と結果が自らの肩に乗ってくる。


「……アネット。すまない」


「いえ、殿下。貴方が正しい選択をしてくれて誇らしく思います」


 諦念と共に覚悟を決めたアネットの表情は儚く、しかし強かった。


「リアム!」


 赤い目をさらに赤く怒りに染めたソフィアの視線が刺さる。


「ソフィア。君だって分かっているだろ?」


 ソフィアも彼女を連れていけないと分かっているはずだ。

 だがソフィアは実際にどう扱われるかを知っているから友人に対してその選択を選べないというだけだ。

 諦めたくないと彼女の全てが自分に訴えかけている。それこそがソフィアだと思う。


「それが、殿下のご決定であれば……」


 ユルゲンが普段のうるさいほどの明るい大声と違う、小さく沈んだ声で応えた。

 その顎が軋んで、額にいくつも小さな小さな赤い斑点が浮かんでいる。人間は怒りで本当に血管が切れるとリアムは知った。


「決定だよ。ユルゲン・リッツ。そしてお前に主人として命を下す」


 リアムは横柄に威圧的に聞こえるように意識して声を作った。


「我々は敵に追い付かれつつある。だから僕はソフィアを護衛役にして彼女と二人で逃げる。お前はこの場に留まり、敵の足止めをしてこの場を死守しろ。退くことは許さない」


「リアム!」


「殿下! それは駄目です!」


「アネット、勘違いするな。僕は僕が逃げ切るために、ユルゲンにこの場で足止めをさせるだけだ」


「でも……!」


「僕の決めたことに口を出す権利はない! ユルゲン、任せたぞ」


「拝命! つかまつります!!」


「ソフィア、行くよ」


「待って。アネット、これはベルニカの女性が持つ自刃用の刃です。万が一、一人残される羽目になったらここを刺しなさい」


 ソフィアは手のひらほどの大きさの薄い刃を服の隠しから取り出してアネットに手渡すと、喉の一点を指し示した。


「いいわね。ここよ。でもこれは最後の手段だから、早まって使っては駄目。いいわね」


 アネットは返事をせず、それでもソフィアから渡された短剣の柄を握りしめた。

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