告発と告白
回想です
「面談の時間を作っていただきありがとうございます」
いつも通りのお手本のような礼をとった少女にリアムは戸惑いながら尋ねた。
「決済書類に二人で話をしたいから仕事にかこつけて、人払いの上呼び出して欲しいと手紙が混ざってて驚いた。ライモンドも同席させてもらって構わない?」
「もちろんです。ありがとうございます」
上品な物腰でもう一度頭を下げたアネットはリアムの向かいの席に腰掛けると手紙の束を差し出した。
すでに開けてある封筒から手紙を取り出し目を走らせ、リアムは眉間に皺を寄せた。
それは文化交流祭の妨害工作をアネットに行わせることを条件に、アネットとノーザンバラ帝国の侯爵家と婚姻を内密に結んで傾きかけた侯爵家への支援をおこなうという覚書の手紙だった。
二通目以降も問題しかない内容だったが、特に、婚姻を禁止されていない伯爵位の親戚と養子縁組をさせて法をすり抜けノーザンバラの貴族と縁を結ぼうとしている件は悪質だと受け取られるだろう。その親戚が鉱山の採掘権を持っているのならばなおさらだ。
「父から私に宛てられた手紙と、両親の留守にうちの金庫から拝借してきたノーザンバラと父のやりとりです。タウンハウスの方に置いてあって助かりました」
「アネット、これを僕に渡す意味は分かっているの?」
「もちろんです。私が彼らから話を持ちかけられる前にこの手紙をお渡しすれば、爵位を失ったとしても処刑は免れるのでないかという見通しでお渡ししています。またノーザンバラの手の人間が接触してきた場合は、殿下の指示に従って動くと誓います」
アネットの伸ばされた背は崩れない。
以前彼女の微笑みをエーデルワイスのようだと思ったが、今の姿はまさしく急峻にひっそりと咲く高貴で可憐な一輪の花のようだった。
「わざわざこんな証拠まで持ってこなくてもノーラザンバラ貴族との婚姻が組まれそうだと告げるだけで充分だったのに。そうすれば表向きは罪に問われない可能性もあった。なのにどうして?」
「私は幼い頃から家のために、後継の兄のため、また、結婚をしたら夫の役に立つようにと言い含められて育てられてきました。母もそうやって生きていて不幸そうにも見えませんでしたし、性分にも合っていて何も疑問を感じていませんでした」
そこで言葉を切ったアネットは苦いものでも飲み込むように口角を下げた。
「ですが、兄の問題が起こりエリアス殿下……身分を隠したオクシデンス男爵に『過ぎたる従順は美徳ではない』と言われ、また学園に入り学生会の皆様と過ごし、私の常識は打ち砕かれました」
「常識?」
「家長や継嗣の意思が大切で、女は自分の意見を主張してはいけない。遠回しにお願いをして男性の気分を害さずすべてを上手く回すように立ち回れと。ですが学生会の皆様は私の意思を確認してくれますし、もしも私の意見が正しければそのあやまちを認めて対応してくださいます」
「そんなの当然だろう?」
「うちの家族は違います。私が指摘したところで父は認めません。生意気な口を聞くな、お前のためにマシな嫁ぎ先を選んだだけだと罵られるのが関の山でしょう」
アネットは机の上に置いた手紙をリアムの方に押して寄せる。
「私は学生会の皆様を大切に思っています。何度考えても、この学園の方々が害されるような企みには手を貸せないという結論しか出せませんでした。それにこの国の貴族の一員としてそれが実の家族だとしても……いえ、家族だからこそ、正しい方法でそのあやまちを糾さなければならないと思ったのです」
アネットの決意を見せつけられたリアムは逡巡した後、それを受け取った。
「君が事前にこの手紙を僕に渡してくれた事も付け加えて、穏当な処分となるように働きかける。最終的な決定は陛下の掌だから約束はしかねるけれども」
「充分です。お心遣い感謝します。やっと肩の荷がおりました」
晴れやかに笑ったアネットが続けた。
「リアム様、わたし、あなたの事が好きでした。侯爵令嬢でなくなるからこの気持ちをまっすぐに言えます」
その告白にどう反応するのが正解か分からず、リアムはとまどいながら理由を訊ねた。
「えっと、その。どうして今?」
「父に王太子妃の座を狙えと言われていたから、言えませんでした。あの夜会の前までは殿下を侮蔑しテオドール殿下におもねっていたのに王太子妃におさまれと平然と命じるなんて、王太子殿下を軽んじているも同然で我が父ながら失礼極まりないと思ったのです」
そこで言葉を留めてアネットは宝箱の中身を見せるように続けた。
「なのに、貴方のことを好きになってしまった。カールマン・ロスカスタニエの妹としてではなくアネットとして私のことを見て役員に選んでくれた。それに持っていったお菓子を捨てずに、皆で食べようって言ってくれたことも嬉しくて」
「そんなことで?」
「私にとっては特別なことだったんです。ただ、殿下に想いを告げれば、家の思惑がつきまといます。ですから絶対に言葉に出来ないと思っていました。そのしがらみがなくなった。だから、正直な気持ちを伝えようと思ったんです」
清々しく好意を伝えられて、あの組紐の剣護のことがよぎって胸が痛む。
アネットはあの時そんな事を思って、それでもなおリアムの事を慮ってあの組紐のお守りを心をこめて作ってくれ、無私の親愛の証として渡してくれたのにひどい事をした。
だが、だからこそリアムははっきりと告げなければいけないと思った。
「ありがとう。アネット。正直に答える。気持ちは嬉しいけれど……」
「ソフィア様の事がお好きなんですよね」
自分の気持ちを言う前にそう確認されてリアムは頷いた。
「うん。僕は他の誰でもなく、ソフィアの事が好きだ。だからごめん。君の気持ちにはこたえられない。それと剣護のことも謝らないとと思っていた。ソフィアの前で受け取れないと思ったんだ。でも君の気持ちを蔑ろにする、本当に失礼な行いだった」
「いいんです。剣護の事は少しショックでしたけど、ユルゲン先輩が殿下の守護を担っているのは事実ですし。あの、リアム様。ソフィア様のどこがお好きか、伺ってもいいですか?」
「えっ……うん……」
ソフィアの好きなところを言葉にするのは難しい。気がついたら好きになっていた。恋に落ちたとも言う。
「情に厚いところも口が悪いところも即断即決の性格も、それに破天荒なところも好きなんだ。でもそうだね……。一つあげるのならば、どんな困難な状態でも真っ直ぐに顔を上げて立ち向かうところ。ソフィアは心折れる状況に甘んじない。僕は悲観的ですぐ動けなくなるから、彼女の不撓不屈のあり方にどうしようもなく惹かれてしまう」
「それは……私には真似のできないところですね。でも、納得できました」
「思いにこたえる事はできないけれど、君のことは学生会の役員として、この国の一端を担う優秀な臣下として、そして友人として信頼している」
「過ぎたお言葉です」
これで未練はないといった様子のアネットに、リアムは微笑んだ。
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