満たされて忘れえぬ
ジョヴァンニは壺を床に置きなおし、レジーナの上に崩れ落ちて気を失ったテオドールのことは投げ落とした。
縄をほどいて少女を助け起こし、リアムのローブを脱いで肩からかけてやる。
強張った体を震わせ、目を瞬かせてローブの前合わせをかきよせたレジーナの大きな瞳からぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。
「酷い目に遭いましたね……もう大丈夫です、と言いたいところなんですけど大丈夫じゃないんですよ、これが。ノーザンバラの刺客が学園の敷地を占拠してます。一般生徒は逃がしましたが僕達役員と教師は逃げそびれてそれぞれ脱出を図ることになっています。ここの入り口まではオリヴェル先生と来たんですけど、今オリヴェル先生はアッシェン先生とガチバトル中です。なんで、オレ達2人でなんとか安全圏に逃げないといけません」
ジョヴァンニはレジーナにハンカチを差し出して薄い唇の両端を持ち上げ、不安を和らげるように計算づくの笑みを見せる。
崖っぷちの状況をなるべく心の負担にならない重さで伝え、そしてレジーナの強さを信じて問うた。
「自分の足で立てますね」
ハンカチを手に取り涙を拭って小さく頷いたレジーナにジョヴァンニはことさら明るく言った。
声も出せないほどショックを受けている少女に酷だと分かっているが、今はそうするしか選択肢がない。
「じゃあとっとと逃げましょう。あ、でも、そのドクズを一、二発殴る時間ぐらいはありますよ」
「逃げる方が大事、でしょ」
レジーナは掠れ囁くような声で言う。
「そう言ってもらえると助かります。このゴミに三秒割くのももったいない」
そう言ったもののいつ意識を取り戻すかわからないから、ジョヴァンニはテオドールをレジーナを縛っていた縄で縛って部屋を出た。
来た道を戻った先ほどの地下に降りた入口付近にたどり着いた。
だが、その時、鋼同士がぶつかり合う硬い音が天井に反響し鼓膜を揺らしてジョヴァンニは足を止め、レジーナに止まるように言った。
広場というには狭い通路で、オリヴェルとアッシェンが激しい剣戟を繰り広げている。
二人ともお互いにお互いのことだけを見つめていて、こちらには意識を向けていないようだ。
戦いに入る前にオリヴェルからレジーナを助けてこちらに戻ってきた時、オリヴェルの状況にかかわらずアッシェンが立っていた時点でその場から逃げて別の出口を探せと言い含められていた。
人差し指で声を上げないようにシッとやってからレジーナにほぼ唇の動きだけで話しかける。
「別の出口を探します」
こちらへという気持ちでレジーナの手を取ってしばらく引っ張ったまま歩き、彼女と手を繋いで歩いていたことに気づく。
慌てて手を離そうとしたがレジーナの華奢な手に逆に握りすがられてジョヴァンニはもう一度手を繋ぎなおした。
彼女と結ばれる未来なんておこがましい望みで決して来ないと理解している。
だが今この時、繋がれた手の優しさと満たされた気持ちは一生、忘れえないだろう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっています。
まだの方はぜひ★★★★★で応援よろしくお願いします。