Green-eyed monster
小さな蝋燭とランプによって薄ぼんやりとした複数光源のオレンジの光が部屋に広がっている。
土を掘り石組みして作られた地下遺構の櫛型の小さな一室でレジーナはぼんやりと目を覚ました。
二人並んで寝られる程度の大きさの寝台に寝かされていたが、その手は戒められてベッドボードに留められていた。
アッシェンに殴られた鳩尾の痛みと手を伸ばした状態で縫い止められた不快感でレジーナは身をよじる。
「ああレジーナ。すぐに目を覚ますと言っていたのに、なかなか目を覚まさなくて心配してた」
レジーナの真正面から響いたその柔らかな声には不愉快なことに自分に対してのいたわりがあった。
視界いっぱいに広がった美しいグリーンアイズと金の髪、テオドールが横たわったレジーナの隣、その肩口の辺りに腰をかけ、逆肩のところに手をついて至近距離から自分を覗き込んでいた。
「……テオ! 外して! なんで!」
『何故』という問い。
それが愚問であると自分でも分かっている。
聞くまでもない。
テオドールはどれほど乞うてもレジーナの話を聞きはしなかった。それだけでなく耳障りのいい言葉を自分の都合のいいように受け取って、それを事実にするために敵国の手先であるあのナザロフやアッシェンに手を貸すことにしたのだろう。
だが、それでもレジーナは口に出さずにいられなかった。
人が死んでいる今、手遅れだとしても不器用ながらもやり直そうとしていた彼に戻ってきてほしかった。
そして、それを口にした瞬間テオドールの瞳が怪物の緑に覆われた。
「なんで? なんでだと! 僕はお前のことをこれ以上なく大切にしていたのに、僕の理解者で恋人だと思っていたのに、僕を裏切ったからだ!」
「は??」
裏切ったと言われてレジーナは当惑した。裏切ってなどいない。
あなただけがいればいいと言ったレジーナのささやかな希望を聞かず不要な物を抱え込んでこちらの手を離したのはテオドールではないか。
「あの薄汚い私生児のリアムに与してリアムの腰巾着の糸目野郎と二股してるんだろ! それが裏切りじゃなくてなんなんだ! 僕の耳に入ってないと思っているのか??」
「リアムは正嫡として認められた。それに糸目……? ジョヴァンニのこと?! 彼は学生会の先輩よ!」
「その割にはずいぶんと親しげな様子じゃないか。食堂で食事をしたのを皆見ている。それにほら! 今だって名前呼びだ! 語るに落ちるとはこういうことだ!」
「学生会の役員同士なら普通でしょ! 学生食堂で食事したのだって、転んでしまった私を助けてくれた親切からで、やましいところなんて何もない!」
「言いわけがましいその姦しい口を閉じろ! あんな冴えない醜男と天秤にかけられただけで一生の恥辱だ。ああ、先生の言う通りだ。この恥知らずの淫売に自分が誰のための籠の鳥なのかわからせないといけない」
テオドールの嫉妬に狂った翠瞳に欲情が燃え上がる。拘束されて身動きの取れないレジーナの腰を挟むようにテオドールが馬乗りになった。
「いっ……いや!! やだ!! やめて!」
腕が拘束されている時点で陸にあげられた魚のようにのたうつしかないのだが、上に跨られそれすらも封じられ、視界がテオドールの影で暗く翳る。
レジーナの育った海亀島はアレックスが再開発の辣腕を振るうまでは海賊諸島と揶揄される群島で、その中でも奴隷島と並ぶ悪徳の島としてその名を轟かせる存在だった。
アレックスはそんな中でも気を遣って自分の面倒を見てくれていたが、彼の手の回らない間はラトゥーチェ・フロレンスの娼婦達が明け透けな知識を吹き込んでくれたし、そもそもの場所柄もある。
自分がなにをされようとしているのか明確に想像がついて身体中に鳥肌が走った。
「僕のことしか考えられないようにしてやる」
「い、いや……やだ!! やめて、助けて!! 助けて!!」
「助けなんかきやしない。ああ、レジーナ。本当はずっとこうしたかった」
熱に浮かされた吐息が口許にかかり、こなれた動きで顎を押さえつけられ持ち上げられて唇が重なった。
彼のことを愛していた。
唯一だと思っていた。
障害は多くてもいつか周囲の理解を得られて結ばれる。そんな日のことを夢見たこともあった。
だが今、唇を奪われて感じるのはテオドールへの嫌悪だけだ。
半開きに固定された唇の間を割るように舌が入ってきて怖気が走る。がむしゃらに口を閉じると危険を察したように男の舌がレジーナの歯から逃げて唇を舐めながら離れ、優美だが間違いなく雄の手が胸元に伸びる。
我慢の効かない幼児が贈り物の包みをそうするようにその手がレジーナのシャツの身頃を乱暴に開き、白蝶貝のボタンが飛んだ。
「きもち、わるい! 触らないで!」
涙がこぼれ落ち、乱れて張りついた髪を濡らす。必死の拒絶はテオドールを止めるどころかその嗜虐心と陶酔を煽っただけらしい。
「レジーナ、僕がお前のことをどれだけ愛しているのか。お前のその美しい体に刻もう。愛している。レジーナ」
「っ!! ———!!!」
恐怖が体を強張らせ、言葉にならない絶望の叫びが喉を灼く。
だがレジーナの心が闇に飲まれる寸前、テオドールの身体が崩れ落ちた。
「えっ……?!」
視線を飛ばすとトイレ用の壺を持った人影が立っていた。
テオドールはどうやらそれで殴り飛ばされたらしい。
『お前にピッタリの鈍器のお味はどうだ。メルクソ野郎』
冴えわたる怒りをたたえたジョヴァンニがインテリオ語で悪態をついた。
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