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死者に未来は作れない

「……思った以上どころじゃない。かなりの人数が投入されていると見ていい。生徒達を狙いにいくかと思ったが、こちらに集まっているところを見ると、王太子であるリアムを狙っているのか、それともベルニカ公女のソフィアか……」


 ジョヴァンニとオリヴェルが地下遺構の方面に移動したあと斥候として周辺を確認してきたライモンドの言葉にリアムは息を呑んだ。

 ここに残された教師達そして学生会の役員達も先程ジョヴァンニがオリヴェルに言ったように非戦闘員ばかりだ。

 全員がどうやったら無事に生き残れるか、考えあぐねていたリアムが口を開く前にライモンドがきっぱりと告げた。


「先生方、オリヴェルにも道中の敵の排除を頼みましたし、俺も敵を間引いて機会は作りますので、ご自身で逃げるなり隠れるなりの判断をしてください。申し訳ないが先生方の脱出のお手伝いはできません」


 彼らを見捨てるに等しい判断に教師達は怒るでも絶望するでもなく、衒いのない笑顔を見せる。


「機会を作っていただけるだけでありがたい」


「そりゃそうでしょう。殿下を守るのが貴方の仕事だし、子供を守るのが教師の仕事だ」


「老いぼれと若者、どちらを優先させるかなんて自明ですよ」


 そう口々にいう教師達の中、神学と神聖皇国語を担当する老教師がリアムの前で微笑み、年輪を刻んだ手でリアムの手を取った。


「リアム殿下。貴方は神聖皇国語も神学についても大変優秀な生徒でした。ミドルネーム(神名)を与えると決定した際の問答の話を神殿長から聞きましたが、彼も感嘆していた。不遇な産まれ(庶子上がり)でありながら真摯に学び続けた貴方には原初の信仰があると。貴方に与えられたオディールという名は繁栄・富といった意味の他に、神の光という意味もあるのはご存知ですか?」


「はい。エリアス伯父上から伺いました」


 リアム・オディール・トレヴィラス。

 神聖皇国語と神学を修め神殿と対等に交渉できるエリアスの口添えがあって神殿がリアムに王の継子として名乗ることを許した名。

 秘されたリアムの実母由来の名だが、エリアスから神から与えられた光という意味があると教えてもらっていた。


「神殿は、あなたに善行と真摯さを以て民を導く輝きがあると認めその名を与えたそうです。名に恥じぬよう立派な王におなりください」


「先生! いえ、先生方にはまだ教わっていないことがたくさんあるんです。必ず生き延びてまた色々僕の知らない知識や学問を教えてください」


 リアムは教師達に向かって頭を下げる。自然に頭が下がった。それに教師達はもう一度、明るく笑って重い空気を軽くした。


「我々は連合王国成立前の混迷期を生き延びた人間ですよ。戦う力はさしてありませんが、逃げるのは得意です」


「我々のことはご心配なく。殿下こそ必ず生き延びて、民を照らす光におなりなさい」


「頭を下げられ、教えを請われるのは教師冥利につきますね。さ、別れはすみました。学生会の皆さんも必ず生き延びてください。貴方方の肩にはこの国の未来が乗っている。いかに人品が優れていようとも、手腕があろうとも、死者に未来は作れません。あなた方に未来を託します。必ず生き延びるのですよ」


 こぼれ落ちそうになる涙をリアムは抑えて微笑んだ。


「肝に銘じます」


 学生会全員で頭を下げたところで、ガイヤールがリアムに話しかけた。


「リアム殿下、私は校長室に戻ります。敵方の手に渡したくない書類を持ち出して隠さないといけません。ディオン、私1人では持ちきれないので手伝いなさい」


「なんでボクが?!」


「私の息子だからです。マルファさんに不仲を利用されかけたでしょう。ここにある書類をノーザンバラ側が手に入れれば生徒の少なくない人数は弱みを握られ、あの時の貴方のように誘惑され、何人かは実際に獅子身中の虫となるでしょう。絶対になんとしても隠し切り、無理であれば燃やさないといけない。揉めている時間はありません。ついてこないのであればガイヤール伯爵家当主として、今ここで貴方を勘当します。母親の手伝いも出来なくなりますがどうします?」


「……わかり、ました」


 父親の高圧的な態度に、困惑と反発そして憎しみなど抑えきれない感情をその顔に浮かべたディオンだったが、小さく頷いた。

 ライモンドがそれを受けて事務的に言う。


「リアム、俺は先行して校舎方面に行き、そこから南西方向の敵を間引いていく。北東の敵を片付けるよりは脱出路を作る助けになるだろう。しばらく身を隠して、西門手前の厩舎の裏あたりで合流して馬で脱出する。敵からの身の隠し方は大丈夫だな。ユルゲン、殿下の守りはお前にかかっている。ソフィア、当座の武器だ。どこかで長剣を手に入れるといい」


 短剣を渡されたソフィアが頷くと、ライモンドはリアムの頭を軽くぽんぽんと叩いて離れていく。ずっとリアムの事を守ってくれた彼が自分を守ると言わず別行動することに不安と懸念を覚えたが、それを口に出せるはずがない。口をへの字に曲げたところでガイヤールが慇懃に言った。


「殿下。ご無事をお祈りいたします。では御前失礼致します」


「……この学園の校長として、責務を全うしてください」


「求めていた激励です。行きますよ。ディオン」


「で、殿下!」


「ディオン、よろしく頼む」


「っ……! がんばります!」


 ガイヤールに腕を引っ張られながらも、大きな瞳を潤ませたディオンはリアムに返事をする。


「クソ校長! 引っ張んなよ! バカ! クソ親父! 歩けるっての!」


「時間がありませんからね! きびきび歩いてください!」


 ライモンドとガイヤール親子がライモンドに続いて離れていって、アネットがぽつりと呟いた。


「校長先生、ディオン先輩に父親呼びされても気にも止めていませんでしたね」


 ガイヤールが一言たりともエリアスの事に触れず、彼宛の伝言すら残さなかったという事実は重すぎて誰も触れることができなかった。

お読みいただきありがとうございます。

今回の隠れ副題は総督がアレックスの事を話さないのはテ⚪︎東の台風特集と同じです…

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